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魔女を嫌いな国4

 男は、フードを外して、金色の髪と金色の瞳を当たり前みたいにルナティエッタに晒している。

 それから、ルナティエッタが知る男たちとは違い、身体が大きい。ローブが窮屈そうで、ちょっと不格好だ。

 ローブに顎を埋めているので、顔の全体が見えているわけではないが……さて、なんだろうなこの違和感。見たことがないくらい眉間に深い皺を入れているのに、今にも怒鳴りつけられそうな鋭い目が、ちっとも怖くない。まじまじとこちらを見る瞳に、一体どんな感情が込められているのかルナティエッタにゃわからんので、男が何を考えているのかよりも、この国では当たり前の金色の髪と瞳が、妙に()()()()()()()ことが気になってしまう。


 ──へんなひと。

 

 首を傾げたルナティエッタは、魔法石に向き合った。

 男の存在はたしかに異質であったが、だからといって「何見てんだよ!」と怒鳴られちゃ面倒なので、しかられる前に仕事をしようと箱に手をかけたわけだが、男が「おい」と声を上げた。

 こちらから声を掛けることはあっても、向こうから声を掛けられるなど、いったい何事だろう。驚いて顔を上げたルナティエッタに、男はひょいと片方の眉を上げた。


「誰か待ってんのか」


 待つ?

 誰かを?

 おかしな事を言う。こんな、薄暗くて寒々しい場所に、誰が好き好んで足を運ぶというのだ。


 ──へんなひと。


「いいえ?」


 しん、と静かな空気に溶けていくルナティエッタの声に、男は「へー」と聞いたわりに興味のなさそうな声を上げた。

 魔法石みたいにからっぽの声は、「で?」と続ける。


「何すんだ」


 何って。

 ん? え? ルナティエッタに聞いてるのこれ???? 毎日の日課なのに何って何???? さっきの質問の以上に、まるで意味がわからん問いに、ルナティエッタは恐る恐る口を開いた。


「……回復系の魔法石をつくるのでしょう?」

「へえ」


 へえって。へえって。何、その、さっきと違う声、違う顔。

 眉が上がって、目がちょっと見開かれて、なんだそれ???? ルナティエッタが見たことがない顔で男は「見たい」とさらに続けた。ん? え? 見たい? 見たいって? 「見たい」にルナティエッタが知る以上の意味があるのかしら。


「どういう意味ですか」

「あ? そのままだよ。魔法使ってんのが見てぇ」


 そのままの意味だった。

 え? ふーん? へぇ? なるほど?

 ぱちんと瞬いたルナティエッタは、傾げた首を元の位置に戻し、静かに目を閉じた。


 いつもの朝。

 いつもの時間。

 いつもの仕事。

 何一つとして変わらない一日のはずだった。


 だけども、いつもとは違うタイミングで現れた見たことがない男が見たことがない表情で差し出した言葉は、ルナティエッタの知らない言語みたいだ。

 そわそわと落ち着かない心をなだめるように、ルナティエッタは魔力を錬る。


 ルナティエッタのつくった魔法石を手にするのはどんな人で、どんな傷を負って魔導石を使うのだろう。

 わからないけれど、穏やかな朝が迎えられると良いとルナティエッタは願う。

 痛みが消え去り、魔力が軽やかに身体を巡り、美しい魔導力が命を動かす。その豊かさを、ルナティエッタは願う。


 ふ、と息を吐いた。


 すると、ルナティエッタの身体から魔導力が走り出し、魔法石の中でぐるぐると術式を組み上げていく。

 自分の魔力が、自分の手から離れたところで駆け回るように魔法をつくると、ルナティエッタはいつも不思議な気持ちになる。心臓がかゆいような、もっと奥の方がくすぐったいような。

 

 本棚の中にもない答えはいつかわかるのだろうか。

 わかると良いな、といつものようにルナティエッタは目を開けた。


「!」


 目を開けた先で、男が自分を食い入るように見詰めている。

 そのあまりに強い視線に、ルナティエッタはびくりと身体を固くした。

 

「魔法を使うと、髪と目が赤く光るのか」


 目を見開いて、男はそう言う。そうですよ、とルナティエッタは口には出しゃしないが、うんざりした。

 続く言葉を、ルナティエッタはようく知っているのだ。何度も言われた。何度も怒鳴られた。

 当たり前の事実をわざわざ教えてくださる声を、ルナティエッタは幾通りも知っている。こんなことは、しょうがないと仕方がないと知っているんだ。


 なのに、ああ、なのになぜだろう。

 それは何度聞いても、気持ちの良いものではないから困る。嫌だなあと思ったルナティエッタの気持ちなんざ知らん顔で、男は言った。


「魔法をこんなに綺麗に使うところを初めて見たぞ!」


 ………………ん?

 ん? あれ? え?? 今、なんて???? 聞き間違えたかな???


「赤い光が消えていくのも綺麗だな。お前みたいな魔法を使う奴は初めてだ!」


 お、おお? また言ったな。綺麗って。あれ? 綺麗って褒め言葉だよな? もしかしてルナティエッタの知らぬ国では違う意味があるのだろうか。けれど、男の目には嫌悪感なんぞ、どこにもない。

 あれれ??


「しかも詠唱も杖もいらねぇのか! 凄いなお前!」


 ルナティエッタが聞いたことのない言葉を、男はぽんぽんと投げつけてくる。

 ぽかん、と口を開けたルナティエッタを置いて男は「良いな」「まずは」「それから……」と何やら一人で呟き始めた。なんぞ魔法でも使ってんのかとルナティエッタは気配を探るが、男から魔力が漏れる気配はちっともしない。

 ならば一体、と混乱を重ねていくルナティエッタの前で、男はすっくと立ち上がった。思わずびくりと肩が跳ねるのを見て、男は肩を揺らす。なんだろ、と思う間もない。


「また来る」

「え」


 来るの? また? なんで??? 投げられた言葉に、ルナティエッタは盛大に混乱した。

 男が使う単語が何一つとして理解できないのだ。これは矢張り異国の言葉なんだろう。


「あの」


 どうしたことか、自分の口から転げていった音すら意味がわからなくて、ルナティエッタは、瞬いた。

 男の瞳が、まっすぐと、ルナティエッタを見ている。

 ルナティエッタが知らない顔で、知らない眼差しで、ルナティエッタを見下ろす対の金色に、またしてもルナティエッタの口から勝手に言葉が転がっていった。


「魔法石、持っていかないんですか」

「……お前」


 思わず口を押さえると、男はくつりと不思議な音を出した。眉間に皺を入れて目を細めるこの顔は、はてなんと言っただろうか。


「さては俺がこの国の人間じゃねぇって、わかって言ってんな?」

「……この国で、私が魔法を使っているところを見たいと言う人はいませんから」

「うっせーな、俺の国じゃまだ魔法は珍しいんだよ」


 そういう意味じゃない、と訂正しようとして開いた口を、ルナティエッタはきゅっと閉じる。

 言ったところでどうなる、と思うし、知られたくない、とも思う。

 

 ……なぜ?

 自分のことなのに。まるで自分のものではないかのように、心があっちにこっちに転がっていく。


「また明日な」


 男はそう言うと、あっさりとローブを翻し背を向けた。

 真っ白い背中が黒い穴に吸い込まれていくのを、ルナティエッタは唖然としたまま見詰める。


「……あした」


 聞いた事のない響きの言葉を舌で転がしながら、「あ」とルナティエッタは閃いた。

 男がルネッタに見せた、不思議な表情。



 そうだあれは、笑顔と呼ぶのだ。

 ルナティエッタにそれを教えたひとは、もういないけれど。





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