魔女を嫌いな国3
本日2度目の投稿です。読み飛ばしにご注意ください!
さて、何から話したものか。
ルネッタはトゥレラージュと違って話し下手だ。いや、上手い下手の前に、話をすることが苦手なのだ。なにせ、生まれてからヴァイスに会うまでの間、まともに会話をしたことすらない。ハイとかイイエとか、まあそんくらい。そりゃ、たまには文章で喋ることもあったけどね。んなの、お話ってほどでもない。まさに、お話になんない、ってやつ。わはは、笑うところだぞ。
「陛下とはいつ会ったの?」
トゥレラージュからぽんと寄越されたそれが、人の世を知らぬルネッタにも、話しやすいようにと促すための一言だとわかった。
そういえば、「話し上手は聞き上手」という言葉をルネッタに教えたのはヴァイスだったな。そんで、「話が上手いやつには気をつけろ」と。「気づいたら喋らされすぎるぞ」と。怖い顔で言ったのだ。あの顔は怖かった。まじで。
しかし、トゥレラージュ相手に持ち出す話ではなかろうと、ルネッタはこっくり頷いた。
ほんの一年。たった一年。それまでに生きてきた時間や得た知識とは比べものにならないほどの、わずかな時間。
なのに、比べものにならないほど、多くの言葉と思い出と知識を授けた、ルネッタの唯一の王。
「……へーかと初めて会った日のことは、とてもよく覚えています」
忘れようもない。
生涯ルネッタの魂を照らすだろう研ぎ澄まされた光を思えば、ルネッタのほっぺたの上の方、目の下に力が入る。
ルネッタは、それを「笑顔」というのだと喜んでくれたヴァイスの顔を思い浮かべ、今はもうどこにもない部屋を思い浮かべた。
これといって感情が動かされることはない、波も山もない、面白みのない日々。その延長線上で、ただ一人の王に出会った、尊い日。
それはルネッタが、世界の縁に立った、その日へと続く一歩。
その日、ルナティエッタは床で目が覚めた。
いつも通り、慎ましやかながらもやかましい朝の気配に瞼を上げ、代わり映えのない石の天井を見上げる。
そして身体を起こそうとして、うまくいかないことに気づいた。
痛い。
え、ものすっごく痛い。おやまあと瞬いて、ルナティエッタはずきずきと痛む身体を床に戻した。冷たい石の硬いことよ。よくもまあこんなところで寝たもんだ。
いや、違った。
寝たんじゃない。気を失ったんだった。
ルナティエッタは、ふう、と息を吐いて、吸う。
目を閉じて、魔力を全身に行き渡らせながら、痛みのない身体をイメージする。
血液が滞りなく流れ、ほころびのない魔導力が己の身体をつくり魔力を生み出し、世界の一部となって循環する美しさこそを、魔女は愛しているのだという。いうが、さて愛ってなんだろな。ルナティエッタは知らぬが、とても良いものらしい。いつかお目にかかれるかしら。なんてね。
床に伸びた長い髪が、ふわりと浮き上がると同時に、炎症が引くのがわかり、ルナティエッタは目を開けた。
起き上がり、問題なく身体が稼働することを確認すると、溜息が漏れていく。床と机に転がる本の山を片付けなければならないのだ。
あーあーったく。無駄だってわかっていることを、どうして無駄だという実感を得るまで体験しないと気がすまないのだろうなあ。大事な本なのに馬鹿らしいのなんの。はあやれやれと、もひとつ溜息をついて、ルナティエッタは本を手に取った。
魔法でひょひょいっとやっても良かったが、本には魔力が込められている。ルナティエッタの魔力と混ざり、思いもよらぬ反応が起きる可能性があるので、横着はできない。
あとはまあ、こんなことに使っておいてなんだが、大事な本なので。ごめんなさいの気持ちを込めて、ルナティエッタは一冊一冊、本を拾い上げた。
「……みんなにも、見せてあげたかったんですけどね」
つぶやきは、本に吸い込まれるように落ちていく。
それだけだ。意味はない。意味のない行動をとる己への不可解さは気持ちが悪いが、それが人という生き物だと魔女たちが言うので、ルナティエッタは気にしないことにしている。
と。
ふいに、足音が響いた。
こつりこつりと、同じスピードで繰り返される足音が、少しずつ大きくなる。
誰かが近づいてくる足音に耳を傾けるのは、ただの習慣だ。決まった時間に、決まった足音。それを聞くのは、ルナティエッタにとって日が昇ることを確認するようなものなのだ。
「ちっ」
だから、いつも通りに白いローブの男が、空の魔法石がどっさり入った箱を床に置くのを、ルナティエッタはなんの感情もなく眺めた。魔力が込められていない、つるりと透けたまあるい玉が、がしゃりと揺れる。
男は、ルナティエッタの何倍も背丈がある、ながーい鉄柵の前に立つと仰々しい鍵を取り出し、うにゃむにゃと長ったらしい詠唱を始めた。
そこ短くできるのにな、とか、そこの術式もっとシンプルにできるのな、とか思ってもルナティエッタは口に出さない。それこそ無駄だからね。
ルナティエッタが生きる意味はたしかにこの国に在るけれど、ルナティエッタの存在はこの国には無い。
棚にしまっていく本と同じ。彼女たちと同じなのだ。
ぎい、と耳障りな音が響いた。
牢をぱっくり切り取ったような四角の中から、空っぽの魔法石が入った箱が押し込まれる。
がらん、と箱から球体がひとっつ転がっていくのをなんとなく目で追いながら、ルナティエッタは再び響く詠唱を聞き流した。真面目に聞いちゃうと、気になってしょうがないんだもの。なーんでこんな無駄なことやってんのかしらって、これはもうこういうものだから仕方がないそうだ。
本棚の魔女たちが口を揃えて言う。
彼らは私達の魔法が嫌い。
彼らは私達の魔法が怖い。
口をつむぎ術式を紡ぎ魔法を終わらせて。
──それは、全ての魔女の、ただ一つの願い。
ガシャン、と封印が落ちる音にルナティエッタは、はっとして顔を上げた。
「待ってください、なんの魔法石をつくるのですか」
あれはいつだったか。
魔法石を運搬するローブの男がなんにも言わないもんだから、ルナティエッタちゃんは好きなものを好きにつくればいいのかなあと好き勝手やった。んで、それはもう大層しかられた。
思いついちゃったらやってみたいと思うのは、魔法を使う者ならばあって当然の衝動だとルナティエッタは思っているのだけれど、許しなき魔法は大罪であった。
じゃあ最初っから教えてくださいよ! とツッコミを入れる口を持たされていないルナティエッタは、仕方がないのでこうして毎回確認しているのに、毎回嫌そうな顔をされるのだ。いやいやルナティエッタだって、聞きたくて聞いているわけじゃないのにね。聞いちゃったら、絶対にその魔法石をつくらないといけないんだもの。おもしろくねーったらないんだけど、それを言える口も持たされちゃいないのだ。
「回復系統のものだ」
舌打ちと一緒に吐き捨てられた言葉に、ルナティエッタは頷く。
ローブの男たちは、ルナティエッタが声を出す度に舌打ちをする不思議な生態をしているのだ。なので今更、舌打ちくらいルナティエッタはどうでも良いのだけれど。舌打ちで気が済まぬ時は怒鳴られる。この怒鳴り声ってのがルナティエッタは好かんので、不必要に声は出さぬに限るわけだ。どうせ、返事など求められちゃおらんしな。
いつも通り、さっさと背を向ける男からルナティエッタもさっさと視線を剥がす。
本を片付けなくっちゃならん。ただでさえ、冷たくて硬い石の上で一晩過ごさせてしまったのだ。早く本棚に戻してあげないと。
「ごめんなさい」
もう一度、謝罪を乗せてから、本をしまう。
背を撫でると少し温かい気がしたのは、きっと気のせいだ。
床に比べたら本の方があったかいしね。
ようやく全ての本を戻し、さて魔法石をつくりましょうかとルナティエッタは床に腰を下ろして、はたと動きを止めた。
音が、する。
こつりこつりと、靴音が、近づいてくるのだ。
ルナティエッタが知らない階段を、一段一段、降りてくる音がする。
それを、ルナティエッタはじっと見詰めていた。
今日はもう、夜まで誰も来ないはずなのに。
黒い穴みたいな入口から、ぬ、と白いローブが揺れてそれで、そこに現れたのは────男だった。
はじかね本編の今月のコミカライズは、ご覧いただけたでしょうか。
和気あいあいとしたガールズトーク&ボーイズトークを…!!
毎度のことながら、活き活きした表情のキャラクターたちが可愛くて、1コマずつ舐めるように見てしまいます。
特にお気に入りはリヴィオのいじりを受けながら、後ろのお姫様チームを見るヴァイスのお顔です。キメ顔とのギャップ…!
迫力あるシーンや森の美しさなど今月も見どころがいっぱいなのでお見逃しなく!!!
プレミア版ではあのギャップシーンがついにお披露目です……!