女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール⑤/インセクトキング
エルクとソアラは、ダンジョンの奥に進んでいた。
ただし、無自覚。本人たちは帰り道を探して彷徨っているだけなのだが……なぜか、奥へ奥へと進んでいく。
道中、魔獣も多く現れた。
だが───やはり、エルクの敵ではない。念動力で押しつぶし、叩きつけ、ねじ切り……とにかく、現れる魔獣は全て、エルクは倒していた。
そして、出てくる出てくる……大量の魔石。
エルクは、巨大なカマキリから回収した濃い緑色の魔石を手に言う。
「いやー、いっぱい取れたなぁ」
「うんうん。財宝もいっぱい。お金もち」
エルクのアイテムボックスには魔石、ソアラのアイテムボックスには財宝がぎっしりだ。容量が大したことがないので、もう何も入らないくらいパンパンである。
エルクはアイテムボックスに魔石を入れようとしたが、入らない。
「もういっぱいだ。ソアラの方は?」
「……むり。いっぱい」
「そっか。ま、ポケットに入れておくか」
エルクは魔石をポケットへ。
ちなみに、エルクがたった今倒した魔獣の名前は『デスエッジ』という超危険な巨大カマキリ。過去の討伐件数は二件、それもA級冒険者が二十名集まり、討伐後の生還者は三名しかいなかったという最悪の昆虫系魔獣の一体だ。
だが、エルクは容易く『ねじ切った』……いつもと同じく、作業のように。
ソアラも、だんだんと感覚がマヒしてきたのか、巨大すぎるカマキリが現れても特に怯えたりしなかった。
そして、二人は『蟲毒の巣』最深部へ。
「わぁ……」
「ここ……最深部か?」
エルクはフードを脱ぎ、マスクを外す。
そこは、とても広い空間だった。
地面は土で、雑草が生えている。木々は生えておらず、入口の反対側に大きな神殿のような建物があった。まるで、何かを守っているような。
と、ここでエルクは気付く。
「って、出口探してたのに最深部かよ!?」
「あらら……どうしよ」
「どうしよ、って……引き返すしかないのか?」
「そうだね。でも、せっかくだしここも探してみよ。秘宝あるかも」
「秘宝……」
授業で習った。
秘宝は、国に提出義務がある。
さらに、発見者の名前が歴史に刻まれる。莫大な報奨金がもらえる。などなど。
面倒くさいのはゴメンだが、お金がもらえるのは悪くない。
「秘宝を見つけてお金もらったら、アイテムボックス拡張するのもいいな」
「わたし、お菓子いっぱい食べたい」
「はは、それもいいな。じゃあ、あそこを調べてみるか」
二人は、奥の神殿へ向かって歩きだす───……と、エルクは右手をかざした。
「え?」
何かが飛んできた。
エルクの念動力が防御壁となり、飛んできた何かがエルクの半径一メートル手前で止まり、ぽとっと落ちた。
それは、歪な短剣のように見えた。
驚くソアラ。
「な、なにこれ」
「……何かいるな。ソアラ、ここで待ってろ。片付けてくる」
「だ、大丈夫?」
「ああ。任せておけ」
エルクはソアラの全身を念動力の膜で包み込む。
ソアラを置いて、エルクは一人で神殿へ向かう。
大きな扉が自動で開いた。まるで、エルクを誘っているように。
エルクは神殿内へ。中に入ると、そこら中に蜘蛛の糸が貼られていた。
「なんだ、ここ……「ようこそ、ふひひ、ふふひ」
そして、部屋が一気に明るくなった。
神殿は一部屋しかなかった。なので、天井がとんでもなく高く、広さも学園の訓練場よりも広い。
明るさの原因は、天井からぶら下がる巨大なシャンデリア。
そのシャンデリアに、誰かが立っていた。
「ひひひ、ぶひひひ……」
「……お前、何なんだ? なんか用か?」
シャンデリアから飛び降りた『男』は、あまりにも『醜悪』だった。
歪んだ頭蓋骨に、三歳児が粘土をくっつけたような歪な輪郭。髪の毛がほとんど生えておらず、口が裂けたように大きい。鼻も大きく、顔じゅうにイボができていた。そして、目が極端に小さい。
身長も低く、猫背のせいでよけいに小さく見える。
「ぼく、バルタザール……女神聖教、七人の神官の一人」
「……!」
「ね、ね、きみ……エルクでしょ? 『死烏』のエルク。ふひひ、まっくろ。カラスみたい」
「俺の趣味じゃないけどね……」
女神聖教にも『死烏』の通り名らしい。
エルクはもう諦めることにした。
「ね、ね。一回だけ確認しろって言われたから、確認するね」
「……なんだよ」
「ぼくたちの、仲間にならない? エルクは、『八人目』なんだって。女神さまの使徒、選ばれし人間だって、ふひひ」
「嫌だね。ってかお前ら、攫った人はどこにやったんだよ。返せよ」
「さらった人? ああ、信者ね。もう無理。ピアソラが洗脳しちゃった。つよいのは部下にして、弱いのは信者にして。えへへ……でも、ぼくに部下、できなかった。うぅぅ」
「…………」
「ね、エルク。聞いていい?」
「……なんだよ」
バルタザールは、ニヤリと顔を歪め、エルクに聞いた。
「ぼく、すっごく……『醜い』よね」
「……は?」
「顔、ひどいよね。女の子みたいにツルツルスベスベだったらよかったのに。ね、ね、そとにいるよね。女の子」
「……お前」
「エルク、エルク。エルクが仲間にならなかったら、邪魔だから消しちゃえって言われてる。エルク、ぼくの『チートスキル』で、エルクをやっつけちゃう」
バルタザールが口を開けると、大量のバッタが吐き出された。
スキル『昆虫精製』……バルタザールが与えられたスキルの一つ。
バッタはバルタザールの周りでぴょんぴょん跳ねている。
さらに、バルタザールの背中から八本の触手が生え、腰から蜘蛛のような脚が生え、身体を支えた。
両手が伸び、口から牙が生え……完全に、人間を辞めていた。
「ま、マジか……」
チートスキル、『蟲王』
昆虫系最強スキル。自らの身体を『蟲』とすることができる。
さらに、今のバルタザールはダンジョンの秘宝『魔蟲石』を取り込んでいる。ダンジョン最深部に、ダンジョン中の『昆虫系魔獣』が集まりつつあった。
巨大化し、昆虫化したバルタザールの触手がウネウネ動く。
「エルク、エルク───……消化してあげるね!」
「やなこった」
エルクは、眼帯マスクを付け、フードを被り、両手を広げる。
歪な黒い案山子にも、翼を広げたカラスのようにも見えた。
敵は、女神聖教の神官バルタザール。
エルクはバルタザールに言った。
「お前が女神聖教だっていうなら、容赦しないからな」
「えへ、えへへ───……いただきまぁぁ~~~っすぅ!!」
バルタザールの触手が、エルクに襲い掛かってきた。





