婚約破棄からの逆プロポーズ
「残念だよ、ソフィア。ソフィーリア・バルドー公爵令嬢。まさか、こんなかたちで君と終わるなんて。」
艶やかに整えられたオールバックから溢れた前髪を指先で払い、皇族の証のミルキーブロンドとミルキーアイが美しいジャック・ギデオン第一皇太子殿下。その傍には彼の手が腰に回されたストロベリーブロンドにストロベリーアイのキャンディス・ノラック男爵令嬢は、くす、と笑んだ。
時はギデオン魔法学院修了式及び任地授与祭典。優秀な成績を残して卒業を迎える生徒の皇宮での任命を讃える為の祭典。
四年制の学院のソフィアは四年、ジャックは三年、キャンディスは一年。
ソフィアの卒業に合わせてジャックと正式に婚約発表、結婚行事予定発表、それに伴う第一皇太子派閥の政党変更など、目紛るしく国が生まれ変わる、まさしく、今日は、この国にとって転換点となる日である。
そのような歴史的祭典の真っ只中、ソフィアが壇上で修了証書を受け取り、学院長長官が任命証書を読み上げている最中に、ジャックはそれを遮るように発言したのである。
「ど、どうしたのかね、ジャック・ギデオン皇太子殿下。座りたまえ。」
学院長長官が狼狽えつつ、賓客席の貴族達をチラチラ見ている。高位貴族はサプライズは大好きだがハプニングを嫌う。これはどちらなのか品定めのような視線が飛び交っている。他人のハプニングは大好物だからだ。
「学院長長官。すまないが、この時を逃せば私は不本意な相手との婚姻を発表されてしまうのでな、それだけはどうしても受け入れ難いのだ。ソフィア、誓って私は君を嫌いになったわけではない。そうではないが、私は、真実に愛する者と出会ってしまったのだ。」
三年の席に立ち上がるジャックとキャンディス。
式場は静まりかえっている。高位貴族がヒソヒソと囁く以外、皆誰もが俯いて口を閉じていた。
学院長長官は任命証書とソフィアとジャックを二度見して、ソフィアが「困った坊やでしょう?」と長官に微笑みかけると、長官はポケットからハンカチを取り出して汗を拭った。
「聞こえているのか、ソフィア。私が話しているのだぞ、こちらを向かないか。」
ソフィアは壇上で長官に向いたまま、ジャックはソフィアの背を睨む。
「私の目を見られないか、、そうだろう。それだけのことをしてきたのだからな。嫉妬に狂った数々の恥ずべき行為は全て報告を受けている。、、いつまでそうして背筋をのばしていられるかな?」
「ジャック、私、怖いです。今日も机に脅迫状が入っていました。」
「キャンディ。大丈夫だ。私が側にいる。」
何やら二人の世界に浸っている様子。
「ひとつは脅迫状だ。毎日キャンディの机に「しね」だの「消えろ」だのというメモを入れているらしいな。」
「今日のは「絶対許さない」って書いてありました!」
「この一年分の証拠がある。言い訳があるなら聞こう。」
「、、、。」
「はっ。後ろ姿だけは美しいな。では次だ。私がキャンディに贈った指輪やネックレスを盗んだそうではないか。見せて欲しいと言われて渡したら返してもらえないとキャンディが涙を流した事、心苦しくならないのか。」
「ジャックが愛の証に私にくださったんです!返してください!」
「キャンディ。これからは堂々とキャンディに指輪をプレゼントするよ。だから泣かないで。ね。本当にキャンディは泣いてばっかりだな。ふ。」
「ジャック、、キャンディ悔しい。」
ジャックの胸にしなだれ、見上げるキャンディス。
「、、、。」
「ソフィア。ガッカリだよ。悪女の背中を見つめ続けなければならない私の心の痛みがわからないか?、、まだ私の口から言わせたいのか?君は。キャンディの友達を買収、脅迫しキャンディを孤立させ、買収した元友達を使って私を誘惑しキャンディを泣かせた。更にキャンディの、、口にするのも躊躇われるが、、淫乱、二股女などという悪評を流した。」
「残念でした!ジャックはそんな噂信じないわ。キャンディはジャックの事、信じてるもん!ジャックがキャンディの事信じてくれるって、わかってるから!ソフィア様はジャックを信じられないの?だからこんな嫌がらせするんでしょう?ジャックに愛されてるって信じていれば何も怖くないはずよ!、、かわいそうなひと。こんな事をして、自分からジャックに嫌われるなんて。」
「、、、。」
壇上でオロオロするのは長官ばかり。
ソフィアはスッと美しく背筋を伸ばし、凛として揺るぎない気品を漂わせている。
ぶるぶると握った拳を震わせるジャック。
「ソフィーリア・バルドー公爵令嬢!私、ジャック・ギデオンは第一皇太子の名において、君との婚約破棄をここに明言する!、、私を見ろ!」
キャンディの手を握ると、
「いい加減にしないか!往生際が悪いぞ!」
とガツガツと歩き出し、壇上のソフィアに詰め寄り、腕を掴んで振り向かせた。
「ソフィっ、あ?」
「ソフィア様!謝ってください!そんな冷たい目をしたって怖くありません!謝って!」
プラチナブロンドに青い碧眼。碧空の輝石と呼ばれるソフィーリア・バルドー公爵令嬢の瞳はバルドー公爵家の女系のみに現れる。ベイビーブルー。
「キャンディ、、。」
ジャックはキャンディスを黙らせようと手を強く握り引っ張るが、
「大丈夫です、キャンディにはジャックがいてくれるもの、負けません!さあ、謝ってくださいソフィア様!」
「キャンディ、、。」
ジャックはソフィアとキャンディを見比べ、とうとう、キャンディの手を離し、一歩、二歩と、後ずさる。
そうしてやっと、ジャックの様子がおかしいと、ジャックの視線がソフィアに釘付けになっていることに気付いた。え?なに?とソフィアの顔をマジマジと見るがキャンディスにはわからない。
目の前で美しい仕草で挨拶をする令嬢を見つめる。
「初めましてお目にかかります。ジャック・ギデオン第一皇太子殿下。ソフィーリア・バルドー公爵令嬢の従姉妹であり、影武者を務めさせていただいております、隣国王家五女、ルフィーリア・カヌカにございます。以後お見知り置きくださいませ。」
プラチナブロンドに濃く青い碧眼。
「か、げむ、しゃ、、。」
「は?え?ソフィア様、、じゃないの?え?」
青ざめる頬をぐっと握るジャック。
狼狽えてジャックに走り寄るキャンディス。
「あらあら。まあまあ。どうされたのです?殿下ともあろう方が。挨拶の仕方をお忘れになられたご様子。先程から私の後ろでソフィア、ソフィアと、騒がれて居られましたのは殿下と、、(嘲るような薄い笑み)、ノラック男爵息女でらしたのね。なるほど。」
ルフィーリアは淑女たらんと両手指を軽く合わせ腹部に添え置き、凛とした気品を背負った肩をわざとガックリと落として見せて、チラリとキャンディスを見た。
「ようございましてよ。そちらがお望みのようですし、観客もいらっしゃいますものね。この茶番、乗って差し上げますわ。さあ皆さん、覚悟は宜しくて?」
ルフィーリアが壇上から生徒達に視線を向けると、
「「はい。」」
とその中から数名立ち上がって顔を上げた。
ジャックとキャンディスは呆然と成り行きを見守る。
「事の発端は一年前、キャンディス・ノラックが学院に入学してからでした。ソフィーリア様の私物が無くなり始めたのです。不審に思われたソフィーリア様がご学友に相談なされたところ、一年の制服姿の女子生徒がソフィーリア様の机を物色されている現場を見た、という証言が集まりました。」
ルフィーリアは淡々と述べていく。
「そんなの嘘よ!私じゃないわ!」
「、、キャンディス・ノラック。発言を許可しておりませんよ。先程からの貴方の言動、行動は看過の範疇を逸脱しています。口を閉じていなさい。」
ザッと会場にいる生徒達が視線を動かした。
ルフィーリアの発言と同時に生徒達が一斉にキャンディスを睨み付けたのだ。
「ひっ」
キャンディスは堪らずジャックの腕にしがみつく。
「では続行します。証言者の発言を許可します。」
「はい!私はプローライト伯爵家次女ジョエリーです。私はソフィーリア様と同じクラスで、あの日は移動教室の授業でした。ロイド先生に頼まれて、教室に忘れたロイド先生の魔法の杖を取りに戻った時に、一年の制服のピンク頭の女子がソフィーリア様の机を覗き込んでいたので声をかけると、脱兎の如く逃げ去りました。」
「デタラメよ!私じゃない!証拠だってないはずよ!」
「、、犬に論語。、、暫くそうしてなさい。」
ルフィーリアは右手を上げて人差し指で何かを摘む仕草をとると、「ん!!んー!んー!」キャンディスの唇が開かなくなった。
「では続行します。他に証言は。」
「はい!私はフィッシャー子爵家一女ジョアンナです。キャンディス・ノラックと同じクラスです。キャンディス・ノラックは授業中にお手洗いだと言って抜け出す常習犯です。」
「はい!私はベイル男爵家長女マリーです。キャンディス・ノラックは私の幼馴染みで、キャンディス・ノラックがお茶会で話すのはいつもバルドー公爵家令嬢ソフィーリア様とジャック・ギデオン皇太子殿下のことです。バルドー公爵令嬢のドレスやアクセサリーを、私の方が似合う、もったいないずるいっていつも言っていました。」
在学院生による国歌斉唱の為に来ていた一年生席から立ち上がって証言したジョアンナとマリーが、ふふん、とキャンディスを見て笑う。
「んー!んー!」
「これらから連想されるのは、一年のピンク頭がソフィーリア様の私物を盗んだということでしょう。そしてそれは、今後も続くことが予想されました。ソフィーリア様はバルドー邸に帰られ家族に相談され、お怒りになられたバルドー公爵様がソフィーリア様の隣国への留学を即断。」
ここでチラと長官を見るルフィーリア。更に汗が噴き出る長官。
「代わりにソフィーリア様と背格好が良く似た私が影武者としてこの国に参った次第にございます。ここまでで何かご質問はございますか。殿下?」
「んー!んー!」
ジャックの腕を掴んで強く揺さぶり何か言ってくださいジェスチャーのキャンディスを無視し、ジャックは青から白くなった頬を力なく支えている。
「では続行します。先程、、(蔑む冷めた目をジャックに向け)、ジャック・ギデオン皇太子殿下から発言のあった矛盾と真相を解明して参りましょうか。まずひとつ、嫉妬に狂った君、とありましたが、ソフィーリア様は隣国に留学し嫉妬の仕様がございませんので無実、ということで宜しいですね、殿下。」
「、、、はい。」
「んんんー!」
「では次に。殿下がキャンディス・ノラックに手渡した贈賄品について。散財癖である殿下には貯金はございません。にも関わらず高額なジュエリーを横流ししている証拠がこちらです。」
ルフィーリアの視線を受けて賓客席から立ち上がる紳士。
「はい!私は皇宮御用達として認定を受けまして、豪商と名高いレアルダイアモンドの皇宮御用聞きを務めさせていただいております、ロニー・スミス、子爵位にございます。私が手にしておりますのは、ここ一年のジャック・ギデオン皇太子殿下の取引記録に付け加えまして、キャンディス・ノラック男爵息女がレアルダイアモンドに持ち込んだ転売品記録も、僭越ながら私独自の判断で持参いたしました。」
ジャックは口をポカンと開けたまま、点になった目で立ちすくんでおいでです。
キャンディスもまた、驚愕の目でロニー・スミスを見つめています。
長官の顔が赤くなる。怒りに震えているようだ。
「こちらと同じ文書はご要望通り皇帝陛下並びに皇后陛下の元へ、実際に取引されたジュエリーと合わせて献納させていただいた次第にございます。」
「まあ。ロニー・スミス子爵。流石は豪商と名高くレアルの名に相応しい配慮に感謝いたします。」
「いえいえ、滅相もございません。全ては国を思っていたしましたこと。今後ともご贔屓に宜しくお願いいたします。」
にこにこと、探り合う笑顔が交わされました。
ジャックは既に膝を床につき、ゆっくりと尻を下ろし、異国の正座のようにペタリと座った。
キャンディスはジャックの腕を掴んで引き上げようとするがジャックはビクリとも動かない。
「これらの証拠により、現在殿下に預けられているソフィーリア様の支度金の預金額を調査中ですので、追ってご報告します。では次に。買収、脅迫、誘惑、破廉恥な噂の真相について究明して参りましょう。私には全く身に覚えがなく、またソフィーリア様も同様であると思われます。このことについて証言の出来る者の発言を許可いたします。」
「「「はい!」」」
一年の席から立ち上がる三人の淑女。
「バーチ伯爵家次女サンドラです。」
「クレイグ子爵家一女レアです。」
「ドガ男爵家八女エヴァです。」
会場から、わっ、という声が上がる。
「静かに。」
ルフィーリアの一声で鎮静化する。
「ドガ男爵家といえばバレエ界では名門、社交界でも人気のレアルバレエ団の新星プリマ・バレリーナのエヴァ様の名を知らぬ者などいらっしゃらないかと。会場にいる皆様もエヴァ様のファンのご様子。勿論、私もですわ。」
「勿体なきお言葉に感無量にございます。」
「そのエヴァ様が、証言をなさっていただけるのですか?」
「はい。実はジャック・ギデオン皇太子殿下から、買収、脅迫、誘惑について問い詰められた事がございました。でも私は潔白にございます!」
「詳しく話してくださるかしら。」
「はい。あれは、半年前のコンクール直後でした、、
最優秀賞を受賞し、控室に戻るとそこに、ジャック・ギデオン皇太子殿下が両手に溢れんばかりの花束を抱えて待ち伏せていらっしゃいました。
「エヴァ。会場で何度も目が合ったね。君に見つめられてとても恥ずかしかったよ。」
とおっしゃられましたが、正直申しますと、ライトアップされた壇上からは客席はとても暗く、人の顔など判別できかねます。」
キッと鋭い眼光でジャックを睨みつけるキャンディス。
ジャックは灰のようにただただ白く、丸まった背中で座り込んでいます。
「そして嫌がる私の腕を強引に引き寄せ、腰に手を回して殿下のお側に押し付け、「女の力で男に敵うと思ってはいまい?ポーズの拒否はいいから、大人しく言うことをきいていればよいのだ。」と耳元で囁いたのです。正直に申し上げまして、あの時ほど嫌悪と畏怖に襲われましたのは初めてにございます。うっぷ。」
吐き気をもよおすエヴァ様の背中を優しく撫でていたサンドラ様が顔を上げます。
「殿下は気付いておられませんでしたが、私もその控室におりました。その控室は二人部屋で、カーテンで仕切った反対側で全て見ていました。エヴァ様の証言は誠にございます。、、ごめんなさい、エヴァ様、、私は怖くて、すぐに助けに入れなくて、、ぐす、、」
「いいえ、サンドラ様、あの後すぐにお父様が助けてくださいましたし、サンドラ様が危ない目に合わなくて本当に良かったと思っていますの。サンドラ様に何かあっては、サンドラ様の婚約者様に申し訳のしようもございませんもの、、」
「エヴァ様にも最愛なる婚約者様がいらっしゃるではございませんか、、エヴァ様を慴伏なさろうとするなんて、殿下は酷い方です!」
サンドラとエヴァは二人同時にキッとジャックを睨むが当の本人の魂は浮遊中のようです。
「お父様から後日正式に抗議文を皇室に届けましたが、殿下からのお返事には、
「君がソフィアに買収されているのは知っている。抗議文など書く為にわざと私を誘惑したのか?君の為に貴重な時間を費やしたのがわからない?キャンディがそのせいで寂しいと泣いていたよ。君のせいだよ?、、まさか、ソフィアに脅迫されたのか?そうなのだろう?君のような可憐な乙女が抗議文など、可笑しいと思ったのだ。もう大丈夫だよ。私が守ってあげるから。安心して私の側妃におなり。愛してるよ、私だけのエヴァ。」
とあり、このように話の通じない妖怪になってしまわれたのかと思いました。そしてこれが、その文にございます。手元に置いておくにはあまりに不気味にございますので、どうかそちらで処分していただきたく存じます。」
エヴァは、侍女が出した文を人差し指で摘み、、遠心力を使って振り抜き、ビシッとジャックの頬に命中させました。ジャックはピクリ、と一瞬全身を震わせましたがすぐに魂が口から抜けていきました。
長官の顔は青くなる。心の叫びが顔に表れている。
「はぁ、、(想像以上ですわね)。」
ルフィーリアは重くズンと頭にのしかかる瘴気のような気味悪さに、こめかみを押さえる。
そこへ申し訳なさそうに手を上げるレア。
「ああ、そうね、もうひとりいたわね。では、どうぞ。」
ルフィーリアが気持ちを奮い立たせ、レアを見る。
「私はキャンディス・ノラックと同じクラス、隣の席ではありますが、彼女の友達ではありませんし、買収されて友達を辞めた事実もございません。事実無根です。」
「んー!んんんんー!」
「宜しい。キャンディス・ノラック。発言を許可します。」
パチンッとキャンディスの唇に電気が走って口が開く。
「いったあ!もう!なんなのよ!」
「それより!はあ!?はあああ?!あんた私といっつも話してたじゃん!」
「一方的に貴方が話しかけ続けていただけですー!私が話しかけようと「あ」とか「き」とか一言発するだけで延々と貴方だけが機関銃のように話し続けるので話しかける気にもならず、出来れば二度と話しかけないでいただきたいですわ!本気で!」
「嘘よ!」
「、、牛に経文ですわ。」
レアは無表情で呟いた。
キュイッ
ルフィーリアが摘む。
「んー!んんんんー!」
「一生そのままの方が平和な気がします。」
レアは静かにキャンディスを見据えた。
「控えなさい、キャンディス・ノラック。発言はもう結構。サンドラ様、エヴァ様、レア様、貴重な証言、ありがとうございました。これにより、ジャック・ギデオン皇太子殿下が正常な精神状態にあらず、強力な洗脳による支配下にあらせられる可能性が出て参りました。」
チラリ、と長官に視線を向けるルフィーリア。
学院内での不祥事である。長官の失態であることは明らかなのだ。
青くなったり赤くなったり忙しい長官の顔はもうドス黒く変色していらっしゃる。
「皇族は幼き頃から帝王学を学びますが、その中で洗脳と自己暗示への対処も厳しく教え込まれます。なので、はあ、、(おおげさに溜息)、殿下の弱さが利用されたのであればそれは、殿下の資質によるものでございましょう。まあ、それはそれ、使いようによってはいくらでも利用価値はあるというもの。皆様も、おわかりでございましょう?」
ルフィーリアが生徒達に向かって微笑めば、生徒達全員が、
「「はい。」」
と頷いています。
「貴族たるものが何たるかを理解されており何よりですわ。これも学院の学びあっての事、感謝致しますわ、長官。」
「王女様、、勿体なきお言葉に、、うぉぉぉ。」
呆然からの涙目、そして号泣に至る長官。
「では。なぜ殿下であり、どのように、誰が、何の為に洗脳と自己暗示を用いたのか。解明して参りましょうか。、、ロバート・シャクター卿、どちらへ?」
「ひっぁ、、いえ、別に、、。」
賓客席から立ち上がろうとしたロバート・シャクター侯爵家当主、歳の頃は六十前半か、学院理事も務める皇宮医学博士である。
「ロバート・シャクター卿は代々医学畑であるシャクター侯爵家を継いで皇族派としても高位におられるお方、お若い頃は心理学にハマっていたとか?是非後ほど意見を伺いたい。」
ニッコリ(ルフィーリア)。
「は、、ハハハハ。優秀な探偵をお持ちで、、。」
ゆっくりと座り直すシャクター卿。
「あら。シャクター卿。隣国の諜報員をお褒めに預かり光栄ですわ。おほほほほ。」
「ハハハハ、、。」
「さて。場も和みましたので、いよいよ核心に触れて参りましょうか。、、まずは、キャンディス・ノラックの淫乱疑惑について発言があれば許可いたします。」
「はい。東の華園、大輪帝国から特待交換留学生制度に選ばれ、ワイズ伯爵家にホームステイしています、父は代々礼曹を輩出するパク家当主が四女パク・ソアにございます。オリヴィア・ワイズ伯爵令嬢には大変恩義があり、誠をもって証言しますことを誓います。」
「礼曹とは外交の要。パク・ソア様、はるばるようこそお越しくださいました。友好国との交流に対する謝辞の代わりに、このルフィーリア、誠意をもって究竟(最高)の正義の鉄槌を奮いますことを誓います。」
「ありがとうございます。私にとって慣れない土地での生活は不安しかありませんでした。ホストファミリーのワイズ伯爵家の温かさ、オリヴィア・ワイズ伯爵令嬢の優しさは生涯忘れる事はないでしょう。そんな素晴らしい御令嬢ですから、婚約者のロビン・スチュワート伯爵子息との仲も良好でございました。ですが、ロビン・スチュワート伯爵子息の妙な噂が立ち始め、オリヴィア様が日に日に気を落とされ、遂には低木の陰で涙されているのを目撃し、私は居ても立っても居られず、ロビン・スチュワート伯爵子息を観察(粘着)する事にしました。ええ、勿論、噂の真相の証明に皇宮記録官を大金で雇い、日時に天気、服装まで事細かに記録致しましたわ。噂通り、ロビン・スチュワート伯爵子息と、そこの淫乱悪女キャンディス・ノラックが、庶民が情事に使う安宿へと絡みながら入って行きました。それからは標的を淫乱悪女に絞り、ゲイリー・ハボット伯爵子息、カルヴィン・ボブ・レナード・ジュニア侯爵子息との情事の証拠もここに!」
バアアーン!とソア様の手自ら分厚い書類の束をロビン・スチュワート伯爵子息の足元に叩きつけました。
「はあっ、はあっ、はあっ、、ふ、ふふふ、これでお終いですわねロビン・スチュワート。スチュワート伯爵家からの婚約破棄申請、取り下げていただけますね?」
「、、、はい。」
危機迫るソアの迫力にロビンは項垂れて承諾するのみ。
「オリヴィア・ワイズ伯爵令嬢から発言はあるか。」
ルフィーリアが会場席を見る。
「はい。ワイズ伯爵家一女オリヴィアにございます。ワイズ家はロビン・スチュワートの不甲斐なさに心底幻滅致しました。ですが情も残っています。ですので、ロビン・スチュワートには婿として再教育し、ワイズ伯爵位を私オリヴィアが継ぐ事に致しました。今後はオリヴィア・ワイズ女伯爵と相成ります。」
「そんな!」
ロビンが青ざめてオリヴィアにまだ何か言おうとしたが、それを制してルフィーリアが
「なんだ。ワイズ家とスチュワート家の合意だと報告を受けているぞ。ロビン・スチュワート、異議を申し立てるならば除籍やむなし、とスチュワート伯爵家当主からの伝言だ。異議があるのか?」
「、、そん、な、、」
ガクンッ ポスン、と沈み座り込むロビン。
「ふん。ロビン・スチュワートに問おう。オリヴィア様との婚約破棄を望んだそうだが、なぜだ。君の浮気相手キャンディス・ノラックは殿下の愛人だろう。浮気相手の為にワイズ伯爵位を捨てたのか?」
「キャンディが、、本当に愛しているのは俺だと、殿下がキャンディを妃に召し抱えた後に、キャンディが、、俺を殿下の側近に、推薦、してくれると、約束、をしてそしたらいつでも好きな時に二人っきりで」
そこまで言って不敬である事に気付いたのか、
「申し訳ございませんでした!まさか、こんな、二心のつもりは、、なんて事だ、、こんな大それた事だとは、、」
床に頭を擦り付けて震えるロビン。
「どうやら暗示が解けたようだな。これからは心を入れ替えてワイズ女伯爵に仕えなさい。オリヴィア様に感謝を忘れるなよ。」
「オリヴィア、、オリヴィアすまない。こんな情けない俺ですまない。俺なんか、俺なんかもう、、」
「ロビン様、、ロビン様は情けなくなんかありません。悪い夢を見ておられたのです。悪い夢で、悪い女に騙されていたのです。」
「オリヴィア、、こんな俺でも見捨てないでいてくれるのか、、ああ、、オリヴィア、君の瞳がこんなに美しかったなんて、、もっとよく、見せてくれないか。」
「ロビン様。」
ぺしっ
オリヴィアの頬に伸ばされたロビンの手を払い落とす。
「早計ですわ。悪女のせいで地に落ちた倫理観の再教育が必要ですね。」
「う、、うん。」
「ソア様、ありがとうございます。貴方のおかげよ。」
「オリヴィア様、こちらこそいつもありがとうございます。親友ですもの、当然の事をしたまでですわ。」
「うふふ。親友です。これからも宜しくお願いしますソア様。」
「こちらこそ宜しくお願いしますオリヴィア様。」
「美しい光景です、これこそが貴族たる有るべき姿。心が洗われますわ。」
パチパチパチ
ルフィーリアはソアとオリヴィアに拍手をと、すると会場全体から拍手喝采が。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
ルフィーリアがここで扇を開く。
バチン
ピタリ、と拍手が止む。
「キャンディス・ノラックはロビン・スチュワートに暗示をかけ手駒にしようとした。ゲイリー・ハボット、カルヴィン・ボブ・レナード・ジュニアについても調査済みであり、ほぼ同様の報告を受けている。そして彼等が推薦を受けるはずだった職は、第二皇太子派にとって喉から手が出るほど欲しい決議権を持った職へ出世する一番近い職だ。」
ルフィーリアがシャクター卿に薄い笑みを向ける。
シャクター卿のこめかみがヒクつく。
「甘いなシャクター卿は。甘くてとても美味しいよ。実を言うとね、シャクター卿とキャンディス・ノラックの関係性がまだ解き明かせていないのだよ。」
「!、、何の事かわからんな。疑われているようで不快だ。失礼する。」
立ち上がろうとしたシャクター卿だったが
「ああ、言い方が悪かったかな、マルティネス男爵?」
「!、、謀ったな。」
「人聞きが悪いな。私は二人の関係は知らないとは言ったが、シャクター卿の悪事を掴んでいないとは一言も言ってはいないよ?ただ貴方がこの場から逃げられるチャンスを窺っているようだったから、逃げても無駄だと言っておきたくてね。」
ニッコリ(ルフィーリア)。
浮いた尻を下ろすシャクター卿。
「架空の男爵を作り上げ資金横領、隠匿、反皇族組織への資金援助、いや、その親玉かな?まあいいや。時間はいくらでもある。ゆっくりと聞き出すとしよう。とても楽しみだ。」
くるりと身を翻し、ただ白く座り込むジャックに歩み寄るルフィーリア。
「ジャックが私に目もくれずキャンディス・ノラックを追いかけていてくれたおかげでこの一年は楽に過ごせたよ。よーく見なければソフィーリアと見分けがつかないと言われているのに、君はひとめ見て別人だと気付いたね。ジャック?」
ルフィーリアが屈んで膝を抱え、ジャックと目線を合わせる。
だが目線は合わない。ジャックの意識はここにはない。
「キャンディ、、僕はここにいるよ、、」
小さな声で呟いている。
かくれんぼかい?、、でておいで僕のキャンディ、、
「そうか。君はかなり深く洗脳されているんだね。暗示は自発的に考え方を変えるよう仕向けるものだから、暗示にかかっている事を自覚させれば解ける。対して洗脳とは、物理的・社会的圧力による操作により思想や価値観を強制的に改変させる。だから洗脳を解く事はとても難しいとされているんだ。」
ルフィーリアが語る横で、キャンディスがジャックを揺さぶって、私はここよ!、とアピールしている。
「ん!んん!」
「キャンディス・ノラック。無駄だよ。殿下が見ているのは理想のキャンディさ。淫乱悪女のきみじゃあない。」
「んんん!んんんん!(失礼ね!誰が淫乱悪女よ!)」
「ジャック。私を見て。ジャック。一度でいい。私の目を見るんだ。ジャック。ジャック、、。」
ルフィーリアはジャックの頬を両手で包み、ジャックの名を呼び続けた。
ジャック、、ジャック、、ジャック、、
そうして刹那。
ジャックの瞳に光が戻ってくる。
「、、だれ?」
「ルフィーリアよ。ルフィーリア・カヌカ。」
「ルフィーリア・カヌカ。」
「そうよ、いい子ね。貴方とソフィーリアの婚約は白紙になったわ。婚約していた事実さえ消えたから、貴方はソフィーリアに対して罪悪感を抱く必要はないの。ソフィーリアは今後、私の祖国の王子と結婚して幸せになるわ。素敵でしょ?」
「素敵だね。」
「ジャック、、貴方のミルキーブロンドはとても柔らかくて甘くて素敵、、透き通るミルキーアイを見ていると食べてしまいたいくらい愛しい気持ちが溢れてくるの、、私ね、貴方が好きよ。貴方の顔、声、仕草、少しバカなところも可愛いわ。ジャック、、私にしなさい、ジャック、、私と結婚しましょう。」
「結婚するよ。ルフィーリア。君と結婚する。」
「安心して、ジャック、私達は既に婚約済みよ。学院を卒業したらすぐに式をあげましょうね。可愛いジャック私の可愛いひと。」
「可愛いルフィーリア。僕の可愛いひと。」
頬を染めた夢見心地でうっとりとルフィーリアを見つめて、ルフィーリアから差し出された手をギュッと握るジャック。
「ん、、んん、、(何を、、したの、、)」
腰を抜かしてひっくり返るキャンディス。
「教えてほしい?簡単よ。貴方の洗脳よりも強力な洗脳をかけたのよ。私がただソフィーリアに似ているだけで選ばれるわけないでしょう?私はね、この魅了の魔法のせいで隣国の地下牢に一生閉じ込められて終わる運命だったの。こんな強力な魅了魔法、怖いでしょ?私だって怖いもの、皆が私を怖がって閉じ込めるのはしょうがないと思っていたわ。倫理観は人並みにあるから暴れる気にもならなかったし。そうしたら、この国の使者がいらしてね?ジャック皇太子殿下を救ってくれたらジャック皇太子殿下の皇妃に迎えてくれるっていうじゃない?おまけにジャックって私の好みドストライク。」
「んん、、んんんんんんんん、、(やめて、、ジャックは私と結婚するのよ)」
「私、貴方みたいなおバカさん、嫌いじゃないのよ。でもね、貴方、殿下の心、壊してしまったでしょう?殿下に理想のキャンディス像を植え付けて操り、実際のキャンディスは淫乱悪女と知って殿下の心は壊れてしまった。洗脳は拷問よ。キャンディス・ノラック、貴方はノラック家から除籍、除名され、たった今から、反逆者キャンディスとして裁かれます。ね。どうやるか知りたい?魅了ってね、あまりにも強力だと、心が消えるのよ?」
「んん、、んん、、(いや、、ごめんなさい、ゆるしてください、、)」
「残念だわ、キャンディ。こんなかたちで貴方が終わるなんて。」
くす。
後の調べで、シャクター卿が、マルティネス男爵の名で産ませたのがキャンディスであり、ノラック男爵家を洗脳し、ノラック男爵の子として育てさせた事が明らかになる。
洗脳された貴族は全て洗い出され、爵位は親族に譲渡された。
ルフィーリアが洗脳したのはジャックが最初で最後であり、ルフィーリアは生涯、私の天使ちゃん、と言ってジャックただ一人を愛し続けた。
「そうそう。言い忘れてしまったけれど、長官が任命証書とジャックとソフィアを二度見する場面がありますでしょう?任命証書には影武者ルフィーリアがジャック皇太子殿下と結婚する、と書かれています。そして脅迫メモについて、ソフィーリアは留学中で嫉妬の仕様がないと言ってジャックを黙らせますが、「しね」「消えろ」「絶対許さない」はソフィーリアの直筆です(てへ)。キャンディスに愛称呼びを許してもいないのに馴れ馴れしくソフィア呼ばわりされているのが許せないと言うので、ソフィーリアに書かせて、私が置いてやりました(にゃは)。ではでは。これで最後になります。人間って、魅了などなくても簡単に暗示にかかるものですよ?最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。」
くす。(ルフィーリア)