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第八章 元聖女の過去回想ー2 

 長めです!

 アンジーが婚約破棄された時の話です!


 アンジーは婚約してからというもの、王太子からも王宮からも何一つ婚約者として扱われる事はなかった。

 お妃教育どころか一般常識やマナー、ダンスさえ教えて貰えなかった。舞踏会やお茶に呼ばれた時でさえ、ドレスやアクセサリーを贈って貰えなかった。

 元婚約者で側妃候補には豪華で美しい、ドレスや靴やアクセサリーを贈っていたのに。

 

 だからアンジーはいつも地味な聖女の黒い服装で参加していた。そう、彼女は婚約者といってもそれは形式上のもので、王宮が彼女に求めているのは聖女の癒やしの力だけだった。だから、聖女の服を着ていればいいだろうという事らしい。

 

 王都に着いた時点で夢から醒めていたアンジーは、特段豪華なドレスを着たいとは思ってはいなかった。

 それにコルセットであんなに身体を圧迫されては苦しくてたまらないだろうし、何にも食べられない。

 

 舞踏会に置いてる食べ物は、飾りのような物だという事は知っていた。

 しかしアンジーは今まで見たことのない豪華な料理を目にして大喜びすると、手当たり次第にそれを腹に詰め込んだらしい。

 

 この料理に使われている食材を提供するために、農家がどれほど苦労しているのか、ここにいる連中はわかっているのか? わからないのだろう。わかっていたら食べないで残すなんて事はしない。

 農家はここに並べられている料理のたった一品だって、一生のうちで口にする事は出来ないのだ。ここにいる連中はそれを平気で捨てているんだ。ふざけてやがる。

 

 アンジーはドレスの事より、この無駄にされている料理の事に腹を立てていた。

 自分達がいらないなら、せめて貧しい家や孤児院の者にでも分けてやればいいものを。建物の中でなくてもいいから、せめてガーデンパーティーにでも招待してさ。

 こいつら好きでしょ、奉仕活動が…

 


 アンジーが今まで見た事も食べた事もない、もちろん名前も知らないデザートを食べていると、背後から声が聞こえてきた。

 

「全く平民は卑しくていやね、あんなに下品に食べるなんて!」

 

 その声の持ち主は王太子の元婚約者で、未来の王太子の側妃予定者のシルビアだった。彼女は取り巻きのご令嬢達と共に、アンジーをさらに取り巻いていた。

 

「王宮がケチってマナー教育もまともにしてくれないので、食事の仕方がわからないんです。文句なら王宮に言って下さいね」

 

「エッ? そもそもお飲み物だけで、淑女はこのような席ではあまり物を食べないのが、暗黙のルールなんですのよ。ご存知ないかも知れませんが!」

 

「あら、嫌だわ。それくらい私も知ってますよ。でも、私は淑女ではなく聖女ですの。もちろんご存知ですよね?

 もし私が普通の淑女だったら、きちんと婚約者からドレスを贈って頂けたでしょうし、エスコートもしてもらえた筈ですからね。

 それがなかったのですから、私は淑女ではありません。ですから淑女のルールなんて関係ありませんわ」

 

「で、でも…聖女様がそんなにガツガツされてはみっともないのではないですか? 大聖堂に仕える方は清貧をモットーにしているのではないのですか?」

 

 この言葉にアンジーは元婚約者である侯爵令嬢に真正面から顔を向けて、軽蔑の眼差しで見つめてこう言い放った。

 

「常日頃から貴女は私を見下していますが、そちらの方がよっぽど非常識、世間知らずですね」

 

「なんですって! 私は王立学園を上位の成績で卒業しましたのよ」

 

「それがどうしたんですか?

 聖女が一日に一体何人癒やしているのかご存知ですか、優等生の侯爵令嬢様。

 ただボーッと毎日暮らしているご令嬢様達と違って、私は毎日物凄いエネルギーを身体中から放出し続けているんですよ。

 そのエネルギーがなくなれば人を癒やせません。

 わかりますか? 癒やしの力を得る為には食事を取らねばならないのです。

 もし食べるなと皆様がおっしゃるのなら、私は食べなくても構いませんよ。ただし、貴女や貴女のご家族、知人の方々がもし倒れられても、今後私は癒やしの力を出せなくなるでしょうから、その時は私以外の方を頼って下さいね」

 

 アンジーの言葉にシルビア侯爵令嬢は涙目になった。

 これまで彼女がどんな嫌味や蔑んだ言葉を投げかけてもアンジーは黙っていた。それ故に彼女はアンジーを見下し馬鹿にしてきたのだ。

 

 しかし、いくら元は平民だろうと、今アンジーは聖女という立場にいて、たとえ高位貴族の娘であろうと、彼女はシルビアより身分は上なのである。

 

 しかも彼女は五十年振りに誕生した本物の聖女で、彼女の力は計り知れないほど強い。彼女が本気になったら彼女に敵う訳がないのである。

 しかも彼女を怒らせて聖女の役目を果たせなくなったら、王族や貴族、いや平民達から怒りを向けられてしまう。その上いざとなった時に、聖女に救ってもらえなくなったら大変だ。

 

 ようやくその事に思いが至って、シルビアはゾッとした。強い恐怖が彼女を襲った。

 

 怖い。しかし、このまま下手に出ては侯爵家の負けになり、両親に叱られるし、他の令嬢達に対しても示しがつかない。

 どうにかして妥協点を見つけなければならないと、気丈にも彼女は踏ん張った。

 

「どうも私は勘違いをしていたようですわ。

 私は治癒魔法を使う時に必要な対価が、治癒者のエネルギーの素になるのかと思っていました。けれども違ったのですね。

 どうぞ困っている方々をお救いする為にも、たくさん召し上がって下さいませ」

 

 さすがは侯爵令嬢、さすがは次期王太子妃(絶対に自分はならないつもりでいるから…)だと、アンジーは感心した。謝罪せずともこの場を上手く乗り切るとは。この辺りで手打ちにしておこう。

 ただし、この際だから誤解だけは一応解いておこうとはアンジーは思った。そしてこう言った。

 

「ご理解して頂けて良かったです。ただまだ一つ勘違いをされているようですが、対価の品は天がお決めになっているので、私がそれを望んでいる訳ではありません。

 でなければ私が裸婦画や(かつら)を望んだりする訳がないでしょう? (むち)だとか、金の総入れ歯とか、女性用下着とか… 思い出すだけでもゾッとするわ。

 もちろん、天にいらっしゃる方の好みでもありません。

 癒やされる方にとって、それが無くなった方が良いというのものを天が選んでいるだけなのですから。

 そのところは誤解のないようにお願いします」

 

 それを聞いて、シルビア嬢とその取り巻きご令嬢は青褪めて離れて行った。

 

 それからというもの、パーティーでアンジーが一人で黙々と食べていても、ご令嬢達は誰も何も言ってはこなくなった。おかげで、アンジーはとても気が楽になった。

 もっともご年配の御婦人や紳士諸君はとても嫌そうな、軽蔑の眼差しで彼女を見ていたが、アンジーは一向に気にならなかった。

 


 そしてとうとうあの日がやって来た。今から半年ほど前の舞踏会で、アンジーが王太子から婚約を破棄された日である。

 

 その日は国王夫妻が隣国へ出かけていて、王太子が国王の代理人として、その権限を委任されていた。

 王太子が馬鹿をやるなら今日かな?とアンジーは予想していた。

 国王がいたら、国の、いや王族の不利益になるような下手な事をさせる訳がないものね。

 

 案の定馬鹿王太子は、舞踏会の開始早々ダンスホールより数台高い場所にあるロイヤル席から、大きな声でアンジーを呼んだ。

 

 これが食い納めとばかりに皿に取り分けたローストビーフを、アンジーが急いで咀嚼していると、再び苛つく大きな声で名前を呼ばれた。

 アンジーはゴクンと口の中のものを飲み込んで振り返った。すると、王太子は眉を釣り上げ、目を怒らせてこちらを睨んでいた。そして彼はこう言ったのだった。

 

「人にとって大切な物を平気で壊すような、残酷で無慈悲な女が聖女のはずがない。

 そんな真の聖女ではない女を王太子妃などには出来ない。

 しかも側妃候補の侯爵令嬢シルビアに嫉妬し、苛め、いらぬ事ばかり吹き込むとは笑止千万。

 また、その他の品性下劣で卑しい言動の数々を皆も知っていると思う。

 故に私はこの場において貴様との婚約を破棄し、ここにいるシルビア侯爵令嬢と婚約する事にした。

 彼女は元々私の婚約者であったが、国命により致し方なく破棄をした。私達は深く愛し合っていたのに、泣く泣く別れさせられたのだ。

 しかし聖女というあの女が偽物だとわかった以上、この国命は意味をなさない!」

 

 こうしてアンジーは、一方的に王太子から突然婚約破棄をされた。

 

 しかしこれはアンジーにとっては既定路線であった。

 というのも、前回の舞踏会に参加させられた時に、アンジーはシルビアに以前と同じ忠告をしたのだ。

 成婚前の健康診査をするまでは、絶対に貞操をお守り下さいと… それが貴女の為ですからねと…

 

 以前はアンジーを毛嫌いして見下していたので、シルビアは彼女から自分が既に処女ではないと脅されたと受け取ったのだが、今回は違った。

 最初の舞踏会以降、お互いの距離が縮まり、アンジーとシルビアは、今では悪友のような関係になっていたからである。

 

 それ故に、このアドバイスは本当に自分のためのものだ、そう彼女は思った。

そこでシルビアは、今度は素直にアンジーに尋ねた。何故そんな事を言うのかと。

 だからアンジーはシルビアに本当の話をしたのだ。

 

 王太子は女遊びが好きで、市井のいかがわしい風俗店に出入りして、ちょくちょく下の病気をもらってくるのだと。

 そしてその度にアンジーを舞踏会に呼び出して、治癒魔法を使って治させているのだと。

 あと王太子は水虫も持っているわね、とアンジーが教えるとシルビアは震え上がり、「うそ……」と涙目になった。そりゃそうだろう。

 お前だけだよ、と言って関係を強要しておきながら、その実風俗通いをしている、単なるやりたがりのスケベ男だったのだから。

 

「貴女、不思議に思わなかったの?  私が舞踏会なんかに何故参加しているのか…

 建前上は私が婚約者だというのに、殿下は私にドレスや飾りも贈らず、しかもエスコートもダンスもする気もない。それなのに、王太子が何故わざわざ舞踏会に私を呼び出すのか…

 私に対する嫌がらせにしてもおかしいでしょ? 

 私は毎日大聖堂で長蛇の列を作っている治癒希望者のために、王太子に会いに行くための時間などないわ。

 だから、聖女である私から治癒が受けたくて、王宮へ来させようとして、毎回舞踏会の招待状を送り付けてきていたのよ」

 

「それじゃあ、前に私に言ってくれたのは本当に私の為だったの? 脅す為じゃなく?」

 

 シルビアが意外そうにポツリと独り言のようにこう呟いたので、アンジーは笑った。

 

「これでも聖女ですからね、女性が病気をうつされそうな事が予めわかっていたら、それを防いであげたいと思うでしょ。

 あれから貴女も王太子の魔の手から逃げているんでしょ?

 これからも王太子殿下に病気無しという診断結果が出ないうちは、絶対に関係を持たない方がいいと思うわ。

 私が定期的に治癒させていても必ず間が空くわけだから、いつ又病気に罹っているのかわからないのだから」

 

 アンジーが詳しくこう説明してあげると、彼女は真っ青になって何度も頷いていた。

 恐らく彼女は私の忠告通りに王太子のアプローチを断るだろう。自分の身を守るためには当然だ。

 しかしこれによって好きものの王太子は、腹立たしく思う事だろう。風俗店にも近頃ではなかなか行くのが難しくなってきているようだし。

 実はアンジーがこっそり噂を流してやったのだ。王太子は風俗好きだと。嘘の噂を流されたお返しに。

 

 王太子はそのうち欲求不満になってイライラして、何かきっと行動を起こすはずだ。そう思っていたアンジーは既に準備万端だった。

 

 王太子はこう考えるだろう。

 シルビアが自分の誘いを断るのは、二人にまだ正式な関係がないからに違いない。

 それならば、あの大嫌いな聖女と婚約を破棄してシルビアを正式な婚約者に戻せば、きっともう彼女は自分を拒否しないだろうと。

 そして国王夫妻がいない時を見計らって、婚約破棄を告げてやろうと。

 

 アンジーからしてみればしてやったりだったのだ。

 

 

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