第六章 魔力開花の直し屋と元聖女の再会
しもネタが少しありますのでご注意下さい。
うーん。
これって修理をしたというより、魔力による再生?
難しい修理になると無意識に魔力を使っていた気がするが、これは本格的だな。魔力が覚醒したのか? 母親の葬式の日にアンジーが聖女に覚醒した時みたいに。同じ様な金色の光が出たし……
俺は酷く冷静になろうと何度か深呼吸をした。それから現状把握しようと、宿の部屋の中を見渡した。
古いベッドと古い鏡台と俺の前にはサイドテーブル。そして今俺が座っているスツールがあるだけだ。
ん? 鏡台の上に置かれてあるランプのガラスに少しひびが入っているな。あれなら形状を思い浮かべるまでもないな。
さっきと同じ様にランプを見つめながら両手を向けた。するとやはり金色の小さな光が放たれて、ランプのひびは瞬間で直っていた。
俺は意識的に魔力を使えるようになったようだ。しかし、嬉しいという気持ちはさっぱり湧かなかった。
この力を使えばどんなに難しい修理だって、あっという間に直せるだろう。楽だし、時間はかからないし、金は儲かるだろうし、今まで以上に人から感謝されるだろう。いい事尽くしだ。
しかし、それじゃ面白くない。
俺は自分の腕で物を直す修理屋であって、魔法で再生や再構築をする魔法使いに成りたかった訳じゃないんだ。
そりゃ、全く同じに再生してもらった方が客は喜ぶだろう。そして俺はその客が喜ぶ顔が見たくて修理屋になったんだから、その力を活用すべきなんだろうけど、なんか釈然としないんだ。
俺はムシャクシャして宿を出た。リュックには例の図鑑を入れ、上着のポケットには懐中時計を入れて。
まだあの男の所へ行くつもりはないが、宿屋に置いておいて盗まれでもしたら大変だから持って出た。
重い……なんでこんな思いしなくちゃいけないんだ……
適当に歩いていたら、例の男が泊まっている宿屋の近くまで来ていた。しかもちょうどその宿から赤い髪の男が出てきて、俺の進行方向に向かって歩き出した。俺には気付いていない。
別段目的のなかった俺は、なんてことも無く、その男の後を追った。
すると男は、五百メートルほど進んだ先にあった喫茶店の中へ入って行った。
そして俺も何気ない振りをしてその店に入った。そして、愕然とした。
何故ならは、赤毛の男の前に座っていたのが、なんとずっと探し続けていたアンジーだったからだ。
「アン・・・」
と思わず俺が呟くと、アンジーは瞠目し、真っ青になった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あの後、喫茶店の中は大騒ぎだった。いや、騒いでいたのはアンジーだけだったが……
おかげで、俺はまるで自分を捨てた女の後を、未練がましく追いかけ回している情けない男みたいに思われてしまった。
まあ、どうせこの町の奴らにどう思われようが構わないのだが、やはり事実と異なる事は否定せねばねらない。
「いい加減泣き止めよ。俺はお前に未練があるわけでも恨みがあるわけでもない。今更謝って欲しいとも思ってない。
ただ一言も無く家を出したお前を心配して、おばさんが体調を崩したから、お前の暮らし振りだけでも確認しようと探していただけだ!」
アンジーは泣きやんだ。それでも涙が溜まっためを大きく見開いて言った。
「ずっと風邪一つひかなかった母さんが? どうして?」
「どうしてだと? 娘が突然いなくなって二年も音沙汰無しじゃ心配するに決まってるだろ!」
「えっ? 私毎月手紙を出してたわよ。一年経っても返事がないから諦めたけど…」
「一通も届いてないぞ! それにおばさん達だけじゃなく俺も何度も手紙を出してた」
「えっ? 受け取ってない。誰からも……」
俺とアンジーは目を合わせ、そして頷きあった。大聖堂の奴らめ…… 王太子だけじゃなくて、あいつらもろくなもんじゃないな。
結局、俺とアンジーは赤毛の男に連れられて、その男の宿へと向かった。何故この男と?とは思ったが…
喫茶店では目立ち過ぎて、俺はいたたまれなかった。その上興奮しながらでも互いに聖女の事や何やら隠し、気を遣いながら喋るのはしんどかったので内心ホッとしていた。
宿の部屋に入ると、赤毛の男はバージルアブロー=クラフトフリートと名乗った。しかし偽名だろうと俺は思った。
だって、さっきの懐中時計はクロスリンク侯爵家の家宝だと図鑑に書いてあったから。この赤毛、懐中時計は実家の物だと言ってたし……
なんて思っていたら、男は俺の考えを察したらしく、ニヤリと笑った。
「偽名じゃないよ。確かに元々はクロスリンク家の出身だが、十二の時にクラフトフリート家の養子になったんでね。
俺の事はバージルと呼んでくれ、レイ!」
勝手にもう俺を愛称呼びしやがる!
「聖女様もそろそろバージルって呼んでくれ!」
バージルはアンジーに向かってこう言ったので、俺は仰天した。
「アン、もう新しい恋人作ったのか?」
「「違う!!」」
二人は同時に叫んだ。
「バージルアブローさんと会ったのは今日で二度目よ。先日この方のお兄さんの治療をした時に会って、お礼が言いたいからって言うからまた会っただけよ」
ああそう言えば、あの懐中時計を持っていたバージルさんの兄さんをアンジーが治癒魔法で治してやったんだっけ? それでその対価として懐中時計があんな事になったんだ……
「そうか、それはすまん。婚約破棄されてヤケになって、こんなチャラい男に騙されたのかと思っちまった」
「「酷い!!」」
二人は同時に叫んだ。会うのが二度目という割に息が合っている。
「大体あんな男に婚約破棄されたってヤケになるわけないじゃない。寧ろこっちから破棄されるように仕向けたのに」
アンジーは酷く不満気に眉間に皺を寄せて言った。負け惜しみかな? あんなに王太子と結婚したがっていたくせに。たとえ婚約者から奪い取ってでも……
「女って必ずそんな風に言うよな。素直に自分はふられたんだと認めて相手を恨んだ方が早く忘れられるのにさ」
本当はふられたって認めたって、そう簡単に忘れられる訳が無いんだけどさ。
「ち・が・う! 本当にあんな奴好きじゃなかったし、結婚なんかしたくなかったわ。王太子の婚約者になれるって喜んでいたのは初顔合わせする前までよ!」
アンジーが怒ったように叫んだ。
「なんで? 顔がイマイチだったのか?」
「いや、王太子はなかなかのイケメンだぞ」
「あれがイケメン? レイと比べたら月とスッポンじゃない!」
「「えっ?」」
俺とバージルが驚いた顔をすると、アンジーはハッとして、誤魔化すように、とんでもない発言をした。
「あの王太子、下半身に伝染病を患っているのよ! それに足は水虫! きっと不衛生でいかがわしい店に通っているんでしょうよ!」
「「・・・・・・・」」
「そんな場所へは平気で通っているくせに、
『平民、しかも農民の娘となんか夫婦になれるか! 国の決まりで正妃にはしてやるが、死ぬまで白い結婚だ! お前には指一本も触れぬ!』
って、会った瞬間に私に言ったのよ。
冗談じゃないわ。こちらこそ願い下げよ。触られて病気を移されたらたまったもんじゃないわ」
確かにそれはたとえ百年の恋でも冷めるわ。
それにしても見ただけで人の病気まで見えるんじゃ大変だなと、俺はアンジーに同情した。
すると意識して見ようとしなければ大丈夫だと彼女は言った。
二年前、聖女様だと周りにおだてられていい気になっていた。本当に馬鹿だったとアンジーは言った。
それに当時流行っていた王子様と平民の少女の恋物語にちょうどはまっていて、自分も王子様と結婚出来るかも、なんて夢物語の世界にはまっていただけだったと言った。
「私、大聖堂に最初っからだまされていたのよ」
「最初?」
「ほら、私の警護団五人組! あれね、別に私の親衛隊でも崇拝者でもなかったのよ。大聖堂から派遣された奴にお金で勧誘されて、命じられた通りに動いていただけ。
レイ、あいつらに酷い事言われなかった?」
言われたよ。
「幼馴染みだからって馴れ馴れしくするなよ。今じゃ聖女様とお前では天と地ほど身分が違うんだからな」
「お前は元々父無し子のよそ者で、聖女様とは釣り合わねぇんだ。今まで優しくしてもらったからって、勘違いするなよ」
「お前、少しばかり顔が良くて女にもてるからっていい気になるな。
聖女様はそこら辺の尻軽女とは違うんだからな」
って・・・
「酷い……
それ、あいつらのやっかみ、妬み、嫉妬だよ。
町どころか近隣の若い娘はみんなレイの事好きだっから、あいつらはレイが美少年だったからモテてると思ってたのよ。
確かに人間は最初は姿形から入るかもしれないけど、付き合ってみて中身がない人だったら絶対に好きにならないわよ。
レイは仕事が好きで仕事に誇りを持ってて、人の役に立つ事ばっかり考えてた。みんなそんなところが好きだったのよ。それをあいつらはわかってなかったんだ」
アンジーは腹立たしそうにこう言ったが、俺はシラけた気分になってこう言ってやった。
「アン、お前も所詮あいつらと同じだろ。お前だって俺に…
『確かにあんたも天才と呼ばれる修理屋だけど、私は聖女で治しているのは人間よ。それに比べてあんたが直せるのは物だけじゃない。
私と同等だなんて間違っても思わないでね!』
って言ったじゃないか!」
するとアンジーは唇をグッと噛みしめて下を向いた。そして徐にこう言った。
「ごめんなさい、酷い事言って。でもあんなの本気じゃないよ。腹立ち紛れでやけくそで言ったのよ」
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