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第五章 直し屋の客は古物商

 王都ではアンジーの名誉を回復しようと言う動きが平民達から湧き上がっていた。

 そりゃそうだろう。以前は彼らは大聖堂に行って並びさえすれば身体の悪いところを治してもらえた。しかも体の調子を悪くしているその原因まで見つけ出して、それを壊してもらっていたんだから。

 ところがそれを王太子のせいで聖女に癒やしてもらえなくなったと、今頃文句を言っている。

 

 みんな調子がいいよな。

 まあ、悪女だとか、がめついとか、壊し屋だのとか、それが嘘だってわかってもらえるなら、まあありがたいけどさ。

 

 だけど、レストランでアンジーを庇う発言をしてくれていたお姉さんの言葉を聞いて、俺はのんびりしてられないなと思った。

 アンジーの居場所が分かったら、本当に王城に監禁されてしまうかも知れない。そうしたらもう手出しが出来なくなってしまう。

 

 俺は最初に王都を目指した時にはなるべく早くたどり着きたくて、賑やかな人通りの多いところで目立つ仕事をして手早く金を稼ぎながら先を急いだ。

 しかし、アンジーが王都を離れてどこかに隠れ住んでいるんだとしたら、それは賑やかな場所ではないだろう。かと言って僻地過ぎると却って悪目立ちする。

 そこそこ人通りはあるが、平々凡々で地味な場所だろう。

 

 俺は今度は故郷の町の方向に向かって取って返した。アンジーが選ぶとしたら、やはり故郷へ向かう方角だろうと思ったからだ。

 今度は町の大通りではなくて、裏通りをや寂れかけた飲み屋街を選んでアンジーを探し歩いた。

 

 そして王都を離れて二か月後、とある町の裏通りにある飯屋に入って注文を待っていると、一人の男に声をかけられた。

 二十前後だろうか……何か行商人でもしてるのか? 旅人みたいな動きやすいやすい服装をして、赤い髪と濃紺の瞳をした派手な顔付きのいい男だ。

 

「あんちゃん、修理屋だろう? 二、三か月前にもこの町で商売して、結構稼いでいただろう?

 町長の懐中時計や、警邏隊の折れたサーベル、御婦人の日傘、子供の玩具まで直してたよな」

 

「ええ、そうです。貴方も何か私に ご依頼ですか?」

 

「ああそうなんだ。これだ、直せるかな?」

 

 男がカウンターの上にハンカチで包んだ物を置き、その結び目を解いた。俺はそのハンカチの中身を見て息を呑んだ。

 それは細かな金属の破片の塊だった。歯車のような物も見えるから恐らくこれは……それにしても……

 

「これって懐中時計ですか?」

 

「よく分かったな。これ直せるか?」

 

「直せるかって、元々の形がさっぱりわからないのに直せる訳がないじゃないですか。これは壊れたというレベルじゃないですよ。ただの金属の屑ですよ。

 それに、これ、何かの呪いでこんなになったのでしょう? そうでなければこんなに粉々にはなる筈がない」

 

 俺は声を潜めて男にこう言うと、彼はニヤリと笑った。

 

「当たり! 聖女様の癒やしの対価にされた物のなれの果てだ。だが内緒だぞ」

 

 聖女って、アンジーの事だよな。えっ? この辺にいるのか? それとなく探りを入れてみるか…

 

「聖女様はその癒やしを必要とする人にとって不要な物、いや持っていてはいけない物を破壊していると聞いています。

 いくら今は体調を癒やしてもらって良くなったとしても、それを修理して元凶のそれをまた持つのはあまり良くないのではないですか?」

 

 大きなお世話だと思いながらも俺がこう言うと、男は怒る訳でもなく、ウンウンと肯定するように頷いた。

 

「俺もそう思う。兄貴にまたこれを持たせたら、また人に催眠術をかけて悪さをしてしまいそうだ。詐欺するような奴の性分ってさ、そう簡単には治らないらしいからな。聖女様でも性格を矯正するのは無理みたいだし。

 そして次にまたやったら、今度こそ恨みをかって毒じゃなくて、心の臓一突きされて即死だろうな」

 

「げっ!」

 

 俺は思わず下品な声を上げた。ヤバい、関わっちゃマズい輩だ。

 しかしその男はヘラヘラしながら俺の隣の席に座った。

 

「心配ありがとう。だけど俺はたとえその懐中時計が直っても兄貴に渡すつもりも、俺が兄貴の変わりにそれを悪用しようとも思ってないよ」

 

「それじゃ、何故直したいんですか?」

 

「俺は古物商だ。現在じゃ見向きもされなくなって見捨てられた物の中から、価値ある物を見つけ出して、それらに正当な評価と価値を付けて売るのを生業にしてる。

 物を大切にする仕事っていう点では、君の修理屋と似てると思うんだけど」

 

 古物商か……

 つまりこの懐中時計を修理して、誰かに売ろうというのか…

 

「でも、こんな粉々な物、もし直せたとしてもかなりの時間がかかりますから、相当な手間賃を貰わないと割に合わないです。

 修理費用にそんなにお金をかけたら、たとえ売ろうとしても元が取れないんじゃないですか?」

 

「いや、いくら高額になっても売れると思うよ。それ、三百年前にこの国を興した王から賜わった、とある貴族の家宝だから……」

 

「げっ!」

 

 俺は再び下品な声を上げた。

 

「いやいや売れないでしょ、いくら由緒正しい品だって、そんないわくつきの品……」

 

「もちろん、元の持ち主に売りつけるんだよ。

 元の持ち主は、当然家宝を失くした事をひた隠しにしているんだが、五年に一度、この国の王侯貴族は三百年前に賜わったその家宝を王立博物館に展示する事になっているんだ」

 

 俺はあ然とした。しかし、暫くしてああそうか、と納得した。

 俺が町を離れる少し前、王都から高位貴族の使者が何人もやって来て、師匠に王都に来て欲しいという依頼をしていた。

 あれって王立博物館に展示する秘宝の修理のためだったんだな。

 

 カスバート師匠は年だから王都へ行くのは無理だって全部断っていた。本当はまだまだ若いんだけど、年を誤魔化しているんだ。断る言い訳が出来るように。

 王都の貴族達にはいつも代金を誤魔化されていたから、もう二度と仕事を受ける気がないんだ。

 

「でも危険じゃないんですか? そもそもその家宝が盗まれた事は秘密なんでしょ。ばれたら家の恥になるからって、家宝だけ奪われて口封じに殺されてしまうのじゃないですか? さもなければ普通に盗賊だし、容赦なくやられてしまうのじゃないですか?」

 

「心配してくれるの? 嬉しいな。優しいね、君!」

 

「いやあ、そういう事じゃなくて…」

 

 この人本当に大丈夫かな? 危機管理能力欠如してんのかなあ? 初めて会った人間なのに、何故か本気で心配になった。

 すると男はまたニッコリ笑ってこう言った。

 

「確かに兄貴が交渉しに行ったら、秘密裏に抹殺されるだろうね。どうせ家出して行方不明中の息子だしね」

 

「息子?!」

 

「そう。兄貴はとある侯爵家の三男なんだ。で、家宝盗んで出奔したんだ」

 

「えーと。その懐中時計は元々ご実家の物なんですね? 貴方方は盗賊という訳ではないんですね?

 それなら貴方がお兄さんの代わりに、ただ家に返せばいいだけじゃないんですか? そして修理費用はそちらから出してもらって・・・」

 

「そんな事したら、修理費用ケチられるぞ」

 

「えーっ!!!」

 

「金持ち商人や高位貴族の方が貧乏人よりもがめついって知らないのか? 君、それでよく今日まで商売やってこれたね」

 

 男が呆れて言った。いやいや俺だって、それくらい知ってる。たから最初から怪しいそうな相手には値切られてもいいように最初から高値設定するよ、と言ってやった。

 本当は商売の駆け引きをばらしちゃまずいんだけど、この男なら大丈夫だろうと思った。

 だってこの男の話聞いてたら、俺のこの話なんて些細な事じゃないか。

 

「わかってたけど、実際高位様や大商人なんて相手した事ないし、まさか家宝の修理にまでケチるとは流石に思わないじゃないか。

 噂でも本当の事もあるんだな。勉強になったよ。ありがとう。じゃあ、俺はこれで……」

 

 カウンターの上に食事の代金を置いて、立ち上がろうとテーブルに手をついた途端、俺のその両手を男に捕らえられた。

 

「おいおい、まだ修理依頼の途中なんだけど……」

 

「ですから最初に断ったじゃないですか。原型のわからないものは直せないと」

 

「それならこれを見れば大丈夫だ」

 

 男は床に置いていた鞄の中から本を大きめな本を取り出して、ドン!とカウンターの上に置いた。

 その本のタイトルは『秘宝図鑑』だった。

 

 

 俺は上着のポケットにハンカチの包を突っ込まれ、手には大きな図鑑を持たされて、トボトボと宿屋に向かって歩いていた。

 俺は決して押しには弱くない。

 強引に物事を強要されたら、意地でも拒否するタイプだ。いや、そう思っていた。

 

 それなのに何故こんな事になったんだ? わからん。

 何日かかっても構わんから、修理が終わったら、この宿屋に来てくれ! と地図が描かれたメモを手渡された。

 しかも、懐中時計はともかく、図鑑の方は王立図書館から借りているものだから、絶対に返してくれ! と勝手な事をほざかれた。

 そんな大切な本を見知らぬ他人に渡すなよな。古書店へでも転売されたらどうするつもりだよ。

 

 しかし何故か断われなかった。チャラい外見とは違って、なんか重みがあるというか、信念を持っている人間に思えたんだ。そして凄みも……

 もちろんアンジーの事を聞き出す為には、とりあえず引き受ける格好を取らざるを得なかったのだが。

 一応仕事をする振りはしなくてはならないだろうな。

 

 それに、聖女の力で粉々になった物でも元通りに修理出来るのか、実際に試してみたいと思う気持ちも確かにあった。それを見透されたのだろうか……

 

 

 で、結局どうなったのかと言えば、あの金属のカケラの塊は、無事元の形に修理というより再現?出来たと思う。

 

『秘宝図鑑』の中から、とある侯爵家の優雅な装飾が施されたハンターケース付きの懐中時計、その絵図のあるページを見つけた。

 懐中時計のいろんな角度からの絵図が載っていた。

 俺は暫くの間、それはの絵図を見てから目を閉じて、懐中時計の全体の形を頭の中でイメージした。

 するとはっきりとその美しく古めかしいデザインの懐中時計の映像が頭に浮かんできた。

 しかもハンターケースの中身の時計の文字盤や、その奥の複雑なゼンマイの様子まで……

 

 俺は目を開き、大きめのハンカチの上に乗っている金属のカケラの山に両方の掌を向けて、先程の懐中時計の映像を頭に浮かべた。

 すると両手から金色の眩い光が一瞬発せられたかと思ったら、ハンカチの上にあの映像と一寸たりとも変わらない懐中時計が乗っていた。

 ハンターケースを開けてみると、文字盤も本の絵図と同じ。しかもちゃんと針は現在の時刻を指していた。

読んで下さってありがとうございました!

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