第四章 旅立った直し屋と聖女の噂話
町を出てから三か月、俺の旅は順調だった。まず町や村に入るとそこで一番にぎやかな中央部周辺へ行き、そこで壊れている公共物を勝手に修理してやる。人目のつく所で俺の修理の腕前を見せつけてやるのだ。
そうすればすぐにいくつか修理依頼が来る。そしてその出来がいいと、すぐに腕がいい修理屋いると口コミで俺の評判は広がっていく。
こうして旅をしながら多くの客と接していると、色々と情報が入ってくる。
当然アンジーに関する話題も耳に入ってきた。例の五人組から流れ聞いた噂よりも、とっと胡散臭い話を聞いて胸くそが悪くなった。
アンジーと王太子の婚約及び結婚は形式上のもので、元々の婚約者との関係が王妃から側妃と呼び名が変わるだけだという。
元々の婚約者は侯爵家のご令嬢で、既に王太子妃及び王妃教育を終えている。
それ故に彼女が実質王太子妃、やがては王妃として国内外の公務を担うのである。もちろん、国母として跡継ぎをもうけるのも彼女らしい。
アンジーは結婚をしても大聖堂で暮らし、王太子と顔を合わせるのは祭祀やパーティーの時だけだという。
つまり王族が聖女と結婚するのは、聖女の力を王族が自由にするためだけの、単なる囲い込みに過ぎないのだと言う。
「でも元聖女も愚かだよな。いくら癒やしの力を持っていたって、所詮は農民の娘だぜ。
教養もマナーもダンスも出来ないのに、王妃が務まるわけないじゃないか。
そんな事にも気が付かないで、元婚約者で側妃候補の侯爵令嬢を苛めるなんてさ。やっぱり馬鹿だよな」
「それに癒やしの力があったって、すげぇ対価をとるっていうじゃないか。強欲だよなぁ。名前だけでも王妃にしなくて良かったよな」
「しかも、対価で貢がせた物をわざわざ粉々に壊すっていうのだから、性悪だよな。聖女取り消しになって当然だよな」
王都のレストランでこの話を聞いた時には、こいつらを全員叩きのめしてやろうかと思った。
俺はロイドや彼の悪友達に鍛えられて、結構喧嘩は強いんだ。それにドライバーも千枚通しもハンマーもいつも帯同してるんだぜ。
だけどそうしなくてすんだのは、奴らの後に続いた若い女性の言葉のおかげだった。
「元聖女だなんて… あの方は本当の聖女様で、本当に癒やしの力を持っていらっしゃるわ。
うちの兄が息が出来なくなってそりゃあ苦しんでいた時、聖女様に治してもらったんだから。
もしあの時治してもらえなかったら、父が兄を殺すところだったのよ。これ以上苦しむのを見ていられないからって」
「だけどさ、君の兄貴の宝物だった金のキセルを対価として召し上げた上に、粉々に壊したんだろ? ひでぇじゃないか!」
「あんた馬鹿なの? 煙草ばっかり吸ってたから兄さんは肺を壊したのよ。聖女様に癒やしてもらったって、また吸ったら元の木阿弥じゃないの! 聖女様は兄さんのためにキセルを壊してくれたのよ。
その証拠に、粉々になったキセルは返してくださったわ。粉々になったって金は売ってお金に変えられるからって・・・
そのおかげで、それまでにかかったお医者の治療費を支払えたんじゃないの。それなのに聖女様の悪口言うなんて許せないわ。
そんな馬鹿な噂を信じるような男となんて一緒に暮らせないわ。離婚よ!」
奥さんの激しい怒りに夫はおろおろし、必死に頭を下げていた。
「彼女の言う通りよ。うちの父親が血を吐いて倒れた時に巨大な銀杯を壊したのも、父がそれで毎日大酒を飲むから、それを止めさせるためよ。飲めばまた肝の臓をやられるから」
奥さんの友人らしい女性もこう言った。すると、たまたま彼らのやり取りをき聞いていたらしい隣の席の年配の男性が、思わずこう口を挟んだ。
「兄さん達、その姉さん達の方が正しい事言ってると思うぜ。あんたら、それこそ業突く張りの貴族や金持ち連中のでっち上げに騙されているみたいだからな」
「騙されてるだと?」
「ああ。ブッシュド商会長が言ってたんだろ? 聖女様は無理矢理対価を取り上げる業突く張りだって。
だがワシは、たまたまその日大聖堂で順番を待っておったんだが、聖女様は自分の命と、対価の龍皮の鞄のどちらが大切なのかを選べとおっしゃっただけだぞ。無理矢理取り上げて切り刻んだ訳じゃない。
商会長は脅しをかけていた相手にナイフで腹を刺されてて、医者と共にやってきたんだ。医者ではもう助けられないからって。そんな状態でも、あの業突張りは鞄を手渡さずに
「助けろ! 金なら払うから」
って言ったんだ。
その鞄の中には人を恫喝する為の証拠か何かが入っていたみたいだ。
今まさに命を落とそうとしている時に、人から金を巻き上げるための書類を無くしたくなかったんだぜ。あの男は。
ヤツの方がよっぽど強欲だろう?
そうしたら聖女様がおっしゃったんだ。
『金など要らない。本当は対価など私自身は望んではいない。けれど、天がその対価を望み、それを破壊しなければ私は癒やしの力を発揮する事できないのです』と・・・
つまり対価と破壊は神の思し召しだったのさ。という事は、兄さん達は神様の事を業突く張りとか性悪って言ったのと同じなんだよ」
それを聞いた兄さん達や、過去に聖女のアンジーをそう称したと思われる輩が真っ青になって、ガタガタと震え出した。
あ〜あ。そりゃ焦るよね、そんな罰当たりな事神様に言っちゃねぇ。聖女様に対しても言ってはいけないけどね!
「あの男、最後の最後になってようやく鞄を聖女様に手渡して助けてもらったんだ。
それなのに元気になったら、鞄の事が惜しくなって、聖女様の悪口言いふらしているのさ。
本当に恩知らずの業突く張りさ。
恐らく、ブッシュド商会長と似たりよったりな奴らが聖女様の悪口を流してんだぜ、きっと……」
周りには段々と人が集まって来ていた。
「それじゃあ、聖女様は本当に聖女様なのか?」
「「「当たり前!」」」
「って事はさ、王太子殿下は本物の聖女様を婚約破棄したって事か?」
「大聖堂も王太子と一緒に嘘をついたってことか?」
「これで本当に愚かなのは誰なのか一目瞭然だな。王宮も大聖堂も聖女様をずっとただでこき使ってきたんだろう?
それなのに、追い出してしまってさ、いざという時にどうするつもりだったんだ?」
「だから今頃になって聖女様を探してんだろ? 面子があるから大っぴらにはしてないけどさ。騎士団や警邏隊が必死で探し回っているらしいぞ。
王族の誰かが具合いでも悪いんしゃないか?」
「でも見つけ出されたら、聖女様、今度はこっそり監禁されちゃうんじゃないか? 本物の聖女様だったとわかったから、また婚約者に戻しますとはさすがに言えないだろ?」
「「「酷いわ! そんなの絶対に許せないわ!」」」
女性達がいきり立った。
「もし王城に監禁されたら、前みたいに平民は助けてもらえなくなるんじゃないか?」
「えーっ、それは困るよ!」
「何勝手な事言ってるのよ! あんた達は聖女様を偽物だって言っていたじゃない。悪口言ってたじゃない。そんな奴らはどっちみっち助けてもらえないわよ」
「あんた達はがめつい金持ちや、貴族、大聖堂の聖職者達と同類よ。利用するだけ利用して、好き放題悪口言って、それで助けてもらおうなんて図々しいわ!」
レストランの中は惨憺たる有様になった。
俺は聞きたかった事、疑問に思っていた事を偶然にも知る事が出来て、腹も胸も満足してその店を後にしたのだった。
読んで下さってありがとうございました!