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第三章 壊し屋聖女と振られた直し屋


 彼らは町中の人々から白い目で見られた。そりゃあそうだろう。

 家族や婚約者や恋人、そして仕事を放り投げて町を出て行って、二年もの間全く音沙汰無しだったのだから。

 

 そして彼ら五人は当然家に入れてもらえなかった。もちろん婚約者や恋人にも全員会わせてもらえなかった。 

 そりゃあそうだろう。年頃の娘達はこの二年のうちにみんな別の男の元へ嫁ぐか婚約してしまったのだから。

 

 戻る途中でそうなっている事くらい想像出来なかったのか? いや、出来ていればそもそも出てなんか行かなかったか…… なんて頭の悪い連中なんだ……

 

 あいつらは金だけはあるらしく、酒場でやけ酒を飲みながら、ここ数日管を巻いていた。

 

「俺達がこんな目にあったのはあの偽聖女のせいだ!」

 

「あの偽聖女に騙されたんだ!」

 

「みんなあの偽聖女が、壊し屋聖女が悪いんだ!」

 

 奴らはこの愚痴を繰り返し言っていた。そしてそれを聞いた町の者達はみんな眉をひそめた。

 この町から聖女様が誕生した事をみんな誇りに思っていたからだ。それに聖女様は王太子殿下と婚約したんだ。いずれはこの国の王妃になるのだ。

 

 町に戻って来て三日目、泊まる場所もなく酒場で酒を飲んで居座っていた五人組は、営業妨害と不退去罪でとうとう町の警邏隊によって店の外へ引き摺り出され、留置場へ放り込まれた。

 

 ようやくこれで町も静かになると思ったのだが、数日経つと酒場で奴らが酔って話していた内容が、次第に町中に広がっていった。

 

 アンジーは本物の聖女じゃなかった。何故なら、人を癒す時には対価を求め、症状が酷くなればなるほどその対価の対象となるものが高価になっていくと。

 そしてその対価を支払わないと絶対に癒やしてくれない業突く張りだと……

 しかもその対価は金ではなくて品物で、その場でそれを破壊しないと治さないのだと……

 大切な物で無くすわけにはいかないからと、提示されたその品に見合う金額を提示してもそれに応じてくれない悪女だと……

 

 俺だけじゃなくて町の人達も、この話を聞いて皆頭を捻った。

 アンジーはこの町にいた頃は対価など求めなかったからだ。ありがとうと礼を言うだけで、彼女はニコニコしていたからだ。

 もっとも、あの当時はまだ、大怪我をしたり命が関わるような病気になった時には、みんな医者に診て貰っていたけど。

 

 それにしても大きな病気や怪我をして治して貰ったら、それなりの対価を支払うのは当たり前ではないのか?

 医者がただで患者を治すか?

 修理屋がただで物を直すか?

 大工がただで家をたてるか?

 仕立て屋がただで服をつくるか?

 料理人がただで食事を提供するか?

 

 聖女だから無償で奉仕しろって事かな?

 だけど、教会や大聖堂の連中だって、寄付をもらわないと運営が出来ないだろうし、神父やシスターは生けていけないだろう?

 寄付と対価は違う? いや、同じだろう。たとえ物理的じゃなく精神的だろうと、自分にメリットをかんじるから寄付するんだろうし。

 何かを得る為には対価が必要だ。

 

 それなのに聖女だけ無償で奉仕しろと批判する奴らこそ、寧ろある意味強欲じゃないのか?

 まあ、対価が金ではなくて治癒される者の大切な物、しかもそれを壊すというのは、確かにそこに多少悪意を感じるが。

 しかし、それが嫌ならそもそも頼まなければいいだけの話である。

 

 俺のところにもたまにそういう依頼者が来る。直してくれたらいくらでも支払うと言っておきながら、直ると金を出し渋る輩が……

 それが世間一般的に凄く手間暇かかる難しい修理に対してもだ。

 もちろん俺は瞬時に直せる物を、師匠の忠告通りに一週間もかかって直した事にしている訳だが……

 

 そんな図々しい奴らに限って金持ちで裕福な連中だ。そして都会の奴が多いんだ。

 やっぱり王都に住む奴らも、師匠の言う通りに強欲で浅ましくてケチで恥知らずが多いんだろうな。

 その上馬鹿で能無しのくせに威張り散らす、本当に鬱陶しい人種らしいし(師匠曰く……)

 

 どうやらアンジーは、王都の大聖堂で正式な聖女認定された後一年ほどは、町の教会にいた頃とそう変わらず、対価を求める事も無く、人々を治癒して皆に感謝されて、毎日人々の行列が出来ていたという。

 そして一年が経って聖女の人気が最高に高まってきた頃、国が彼女の聖女としての力を認めて城に呼び出し、王太子の婚約者に選んのだという。

 しかしそれ以降聖女は段々と変わっていき、今から半年前くらいには、王都中に『壊し屋聖女』の噂が広まっていったらしい。

 そして二月ほど前、とうとうアンジーは王太子とは破談になったのだと言う。

 

 人の大切な物を平気で壊すような残酷で無慈悲な女が聖女の訳がない。

 そんな真の聖女ではない女を王太子妃などには出来ないと、アンジーは王宮の舞踏会で王太子から突然、一方的に婚約破棄をされたのだという。

 しかもその直後に元の婚約者であった侯爵令嬢と、再婚約を発表したらしい。

 

 そして、王太子が大勢の人間の前でアンジーは聖女ではないと宣言したものだから、大聖堂としても彼女の聖女認定を取り下げざるを得なくなったらしく、彼女をあっさりと見捨てたのだと言う。

 アンジーは誰にも何も告げず、その日のうちにこっそりといなくなったそうだ。

 

 自称アンジーの警護団五人組は、アンジーの警護係として大聖堂の世話になって、そこそこいい暮らしをして楽しんでいたらしい。

 ところが青天の霹靂と言うべきか、アンジーが聖女でなくなった事で、彼らもお役御免になったようだ。

 しかし彼らはすっかり王都の暮しに慣れていたので、今更何もない不便な田舎町には戻りたくなかった。

 そこで初めて王都で仕事を探し始めたが、学歴も教養も技術も持たない彼らに、きつい力仕事以外にまともな仕事が見つかるはずがなかった。

 

 王都の家賃は高い。ただ夜寝に帰るだけなのに、そのボロ部屋を借りるだけで、給与の半分以上が飛んで行く。

 しかも体力仕事で腹が減るというのに、飯の値段も高い。その上に不味い。大聖堂の奴らは自分達は清貧な暮らしをしていると普段ぬかしていたが、大嘘つきだ。

 

「聖女様に依頼人達が業突く張り呼ばわりしていたのは、大聖堂が別途に治療費だか祈祷料だかを巻き上げていたからじゃねぇか?」

 

 と奴らの一人がそう言ってたそうだが、さもありなん。


 結局あいつらは王都での暮しも嫌になって、こちらに逃げ戻ってきたらしい。

 

 奴らの事情を聞いた俺や町の人々は、みんなして

「「「はあ???」」」

 って感じだった。

 

 何もかも無責任に放り投げて出て行って、自分達だけ楽しく好き勝手やっていたくせに、上手くいかなくなったから帰って来ただと? 

 しかもいなくなったアンジーを探しもせずにか!

 ふざけんな。

 

 俺達は留置場から出て来たあいつらを町から追い出し、

「二度と帰ってくるな! 今度戻ってきたらボコボコにして木から吊るしてやるぞ!」

 と脅してやった。

 

 あいつらのせいで、婚約者達がどんな辛い思いをしたと思っているんだ。婚約者に捨てられた女だと蔑まれ、惨めな思いをさせられたんだぞ。

 まあ、一人二人じゃなかったからまだマシだったけど……

 そして俺もそのお仲間だった訳だが。恋人(未満だったが…)に捨てられた男だと……

 

 家族だって大変だったんだぞ。婚約者に慰謝料支払った上に、働き手が急にいなくなったんだからな。みんな死にもの狂いで働いていたんだぞ。

 

 そしてアンジーの家族は、息子達を虜にして連れてったと憎まれて村八分にされたんだぞ。聖女の実家という事で、あからさまな嫌がらせはなかったが。

 

 そんな人の気持ちも考えられない上に、反省も出来ないような奴らが町に帰ってきてもろくな事にはならない。これ以上厄介事はたくさんだと、奴らの家族も町の者達は思った。

 あいつらがどうなろうが知った事じゃない。勝手にしろ!と。

 

 あいつら五人組のせいで、アンジーの母親の具合いが悪くなった。

 いくら口ではもう居ない者だと言っていたって、自分の娘を忘れられるはずがないし、心配しない訳がない。

 しかしそれを口にしてもどうしようもないし、どこにいるかもわからないのだから探しようがない。それにそもそも、たとえ見つけたとしても、この町に連れ帰ってくるわけにもいかない。

 ただでさえ嫌な噂が流れているせいで、お嫁さんまで肩身の狭い思いをしているのだから。

 

 親父さんもロイドも何とかおばさんの事を元気付けたかったが、どうしたらよいのかがわからなくて困惑していた。

 

 だから俺はみんなにこう言った。

 

「俺がアンジーを探しに行ってくるよ。今どこでどう暮らしているのかを見てくるよ。そして困っていたら生活が出来るように少し手伝ってきてやるよ」

 と・・・

 

 せめてアンジーの居場所と現在の生活ぶりがわかれば、おばさんもとりあえず安心出来るだろうと。

 俺にそんな事はさせられないとみんなは言った。だけど俺は修理屋だから、旅をしながらでもその土地で商売が出来るから問題はないよと言った。 

 それに旅をするなんて、今のうちしか出来ない事だし。師匠がこれ以上年くったら、俺もふらふらしていられなくなるかさ…って。

 

 だけどみんなは、アンジーが俺をこっぴどく振った事を申し訳なく思っているようだ。

 だから明るくこう言ってやった。

 

「俺もロイドみたいに素敵な嫁さん見つけてくるから楽しみにしてて」

 と。

 

 そして俺はアンジーを探すという、目的地のはっきりしない旅に出た。

 しかし親父さんからはアンジーが見つかっても見つからなくても、一年で帰ってくるように、それこそ脅しというか厳命された。

「娘どころかもう一人の息子まで失くしたら、女房だけじゃなく、俺も生きる望みが無くなる」

 と。

 

 そしてカスバート師匠からも、

「俺もそろそろ年だから休暇は一年しか認めん」

 と言われた。

 いやいや、まだまだ若いだろ!

 

 それから師匠にはこうアドバイスを受けた。

 面倒事に巻き込まれたくなったら、人前に顔を晒すな!

 難し過ぎる依頼は直せても出来ないと断われ!

 ほどほど難しい依頼は、その場で直さずに数日かかる振りをしろ!

 支払いをけちろうとした奴の名前は相手の目の前で手帳に書き込んで、もう二度とあなたからの依頼は受けません、と言ってやれ!

 等々・・・・


読んで下さってありがとうございました!

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