第十七章 故郷での結婚式
これで完結になります。最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
国王は王制を廃する事と同時に、大聖堂を潰す事にも賛同してくれた。国王も大聖堂の弊害を何とかしなければならないと考えていたようだった。
大聖堂は本来は国民のための精神的支柱になる場所だったはずだ。それなのに実際は聖職者が私利私欲に走り、政治にまで口を挟んでくるようになっていた。この事に、国王を始めとする為政者達は快く思ってはいなかったのだ。
「聖女様、貴女をずっと無視をして、息子やその母親の酷い態度にも目を背けていた事を、今更だが謝罪させて欲しい。
大聖堂が五十年振りに現れた聖女様を利用して、政治に口出しをしてくるのではないかと用心してしまったのだ」
国王の真摯な態度に、聖女は理由が分かってすっきりした顔をした。自分達が聖女との結婚を望んだくせに、その態度は何なんだと理不尽に思っていたからである。
「お気になさらないで下さい。
正直ドレスなんて着たくはありませんでしたし、どうせ王太子殿下に誘われてもダンスは踊れませんでしたから。
寧ろ誰にも相手にされずに美味しい料理を堪能出来て幸いでした」
アンジーはところどころに皮肉を込めてこう言っていた。
国王は申し訳なさそうな顔をして、お詫びに良い相手を紹介させてもらいたいと言ったが、アンジーから首元のネックレスを見せられて仰天していた。
そしてアンジーは、
「お言葉ありがとうございます。けれど私はもう結婚しておりますから、ご紹介は結構でございます」
と言って俺にキスを寄越してきたのだった……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてその大聖堂を潰すのはとても簡単だった。その名の通り大聖堂の建物を潰した。いや燃やした。
もちろん火付けをした訳じゃないよ。雷が落ちた事で火災が起きて燃えたんだから、あくまでも自然災害だった。
王都周辺は何故か雷が多かった。雷は高い場所に落ちやすい。そして、王都で一番高い建物と言えば、王城の中にある北の塔と大聖堂だった。
それ故に割とよくこの二箇所には落雷があったのだが、これこそが庶民達の信奉を集める根源となっていた。
王城と大聖堂は庶民の災いを代わりに受けて下さっている、慈悲深く有り難い存在なのだと。しかもすぐ側で落雷を受けながらその被害がないのは、天から庇護されている証だと。
馬鹿らしい。王城の北の塔も大聖堂も建物の最上部に避雷針が設置されていて、落ちた雷を地面に流がしているから無事なだけじゃないか!
俺は修理屋の修行の為に、様々な分野の書物を読んで学んできた。そのため外国で書かれた建築の専門書で避雷針の事を知っていたのだ。
何が天の加護を受けているだ。
大聖堂に天の加護があるなら、何故大聖堂に助けを求めた人々の間で流行り病が広がったんだ?
何故大聖堂に暮らす聖職者の多くが、顔に赤いシミのような斑点を作っていたんだ?
アンジーが俺達と大聖堂を訪れると、聖職者達は皆泣いて喜んだ。そしてすぐに癒やして欲しいと、いきなり願ってきた。
彼女の聖女としての認定を取り消しておきながら… 婚約破棄されたその日のうちに追い出しておきながら… その厚顔無恥な態度に、俺だけではなくバージルやランディも苦々しく思った様子だった。
ところがこれがここの通常モードなのか、アンジー本人は平然としていた。
そしてアンジーはすぐさま聖職者を順番に癒やしていったが、それを側で見ていた俺達は呆れた。天が定めた対価は、高位貴族達よりも遥かに破廉恥な物ばかりだった。
無駄に豪奢な貴金属や美術品、派手な衣装、外国の珍品、いかがわしい品・・・
しかもほとんどの者達が、その対価を支払うのをみっともなく誤魔化そうとしていた。
「私達は聖職者だ。対価など必要はないのではないかな?」
「そうですか? では無しでやってみますが、それで癒せなかった方には、二度は対処しませんからそのおつもりで…」
そしてきちんと対価を支払った者は、本人が自覚していなかった病まですっかり良くなった。
顔の斑点だけでいいと、対価をケチった者はお望み通り斑点だけを消し、全く支払わなかった者は当然そのまんまだった。
慌てて後から対価を支払うと言った者は相手にしなかった。
地位が上がれば上がるほど対価が大きくなっていって、本人の物だけではなく、大聖堂の資産まで天は要求してきた。これにはアンジーの方が驚いていた。王侯貴族にはなかった事だったので。
「お断り頂いても構わないと思いますよ」
さすがに心配になったアンジーがこう言ったが、あれほど私物には拘っていた高貴な方々が、大聖堂の財産の方はどうでもいいらしい。
病気はともかく、顔の赤いシミのような斑点を治す事の方が、聖典より大切だと知った時には、さすがに俺達四人は引いた・・・
祭壇、聖像、タペストリー、燭台、椅子・・・次々と壊されていった。もちろん、その残骸は俺達男三人が掃除する振りをして回収した……
そして一番最後の大司教の対価は、何故か教会の一番高い塔の部分だった。
大司教は糖尿病で通風で胃潰瘍……そして腰痛、膝痛、肩こり、偏頭痛持ちだった。
以前はアンジーが大司教をこまめに治癒していたという。
その都度生活習慣を改めるようにアドバイスしていたが、大司教は彼女の忠告を聞かなかったのだろう。
アンジーが対価を求めるようになってからは、対価を払いたくなくて、治癒を求めてこなかった。それで症状が悪化したのだろう。
聖女ではないと認定されたので、大聖堂に来るのは今日で最後だと、最初にアンジーは皆に告げていた。
それ故にさすがの大司教も焦って、対価を支払うから治癒して欲しいと初めて自分から言ってきた。病が進行して目が見えなくなってきた上に、歩くのも覚束なくなっていたからだろう。
一段落して俺達が大聖堂を出て行こうとしたら、対価を支払う事を拒んだ者達が泣きながら縋ってきた。
しかし、
「自分で選択した事は自分で責任を取って下さい」
と俺達はそう言って、大聖堂を後にしたのだった。
大聖堂に落雷があり、そこから火事が起きて大聖堂が全て焼け落ちたと知ったのは、俺とアンジーが故郷に戻ってきて数日後だった。
死傷者が出なかったのは幸いだった。
「どうやって大聖堂を潰せばいいかって皆で検討していた時、レイ様が雷を落とせばいいとおっしゃったので、我々全員目が点になりましたよ。
しかしまさか本当にそうなるとは思ってもみませんでした」
ランディが笑いながら言った。するとバージルも頷いた。
「大聖堂の勢力をいかに剥ぐかを話し合っているのに、何をトンチンカンな事を言ってるのだろうと。
しかも自然現象の雷を一体どうやって落とすんだと……」
いつの間にか多くの人々は、信仰の教えやそれを伝える聖職者の言葉より、大聖堂という建物自体を信仰の対象にしていった。
だからその建物の中にいる聖職者がどんな人間だろうと、ずっと疑いを持たなかったのだ。
しかし大聖堂が流行病の拡大の震源地になった事で、人々は大聖堂そのものに疑惑の目を向けるようになっていた。
この機会に大聖堂に対する誤った信仰心をなくしてやろうと改革派メンバーは考えた。
そしてその為には建物を撤去してしまおうという意見に纏まった。
しかし誰かが壊そうとすれば、さすがにそれは信者から反感を買う。では誰が一体壊すんだ?とそこで話は詰んでしまった。
誰だってそんな事はしたくないし、信者にバレたら命が狙われる恐れもある。
みんなが悩んで唸っていた時に、俺がさっきの雷の話をしたんだ。やっぱり天罰だ!と人々に思わせるのが一番じゃないかと俺は考えたんだ。
俺はあらゆるジャンルの人工物の修理が出来るようになりたくて、とにかく多くの書物を読んでいた。
だから、外国では建物を落雷による被害から守る為に、建物の最上部に避雷針というものを取り付けている事を知っていたのだ。
我が国の大聖堂は外国の建築家が作った建物だったので、まさかと思って見上げてみると、やはり避雷針がついていたのだ。
この王都には雷が多い事を建築家はちゃんと分かっていて設計していたのだろう。依頼人には説明はしていなかったようだが……
「道理でいつもすぐ近くには落雷があっても大聖堂は無事だったわけね。
みんなは大聖堂は天のご加護で守られているからだと言っていたけど、そうじゃなかったのね」
俺が避雷針の説明をしてやると、アンジーは納得したように頷いていた。
「それにしても、ご夫婦の連携プレイは見事でしたね。対価を避雷針になるように大司教を誘導されるなんて……」
とランディに言われた俺とアンジーは一緒に首を傾げた。
誘導なんてそんな罰当たりな真似をする訳がないだろう。何度もアンジーが言ってるじゃないか、対価は天がお決めになっているのだと・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂で最後の癒やし治療をした後、俺とアンジーはすぐに故郷へ戻った。
「お前のせいで仕事が溜まってる」
とカスバート師匠からお目玉を食らい、帰郷の翌日から俺は仕事三昧の日々となった。
アンジーの母親はすぐに体調が良くなり、ロイドのお嫁さんの出産にも間に合った。
逆子で心配されていたが、アンジーが軽く義姉のお腹を撫でただけで、お腹の中の赤ん坊はクルリと正常の位置に戻り、安産で元気な男の子が生まれてきた。
ロイドにそっくりのかわいい子だった。
最初の頃はアンジーの帰郷を陰で何だかんだと噂をされたが、間もなくそれも収まった。
というのも、王都から次々とお偉いさん方がやって来て、俺とアンジーに敬意を示し、色々とアドバイスを求めてくるようになったからである。やめてくれ!
結局国王は退位しようとしたが、改革派に押し留められたらしい。急激な変革は混乱を招き、他国からの侵入を招く恐れがあるからである。
まず王制から立憲君主制国家にして、その後ゆっくりと立憲民主制を目指す事になったらしい。
すっかり態度を改めてやる気を出すようになった国王と、バージルやランディ、そしてソフィア達女性も加わって、毎日侃々諤々意見を出し合っているのだそうだ。アンジーの教えの通りに・・・
貴族や聖職者もかつての権威をなくしていて、さほど抵抗はないという。
しかも、王都の民達は王都を囲っていた城壁を叩き壊す事でストレスを解消しながら、新しい集会所や街づくりに励んでいて、活気に溢れているそうだ。
「この町には民宿しかないから、今度、ホテルを建てる事にしたんだよ。会議室やビップルームも備えるつもりだ。
ほら、陛下がここに来たがってしょうがないからさぁ。
そのうち、この町はリゾート地として発展するぞ!」
バージルが豪快に笑った。何故こんな遠方にみんなして来るんだと尋ねると、
「そりゃあ、王子殿下と王子妃が王都に来てくれないからさ」
とあっさりと言われたが、その呼び方は止めてくれ! 俺達はただの治癒師と直し屋だ。これ以上政治や宗教に関わるつもりはない。
俺達はそう訴えたが、それは聞き入れてはもらえなそうだった。
そして帰郷して半年が経ち、俺とアンジーは今日結婚式を挙げる。
ロイド兄貴と悪友達が約束通りに全てお膳立てをしてくれた。
親友のシルビアから贈られた純白のウェディングドレスを着たアンジーは、本当に奇麗だった。
やはりお腹に子供がいるせいか、以前にも増してアンジーは神々しく輝いている。そしてそれと同様に首元の虹色の硝子のネックレスも、淡い光を溢れさせていた。まるでアンジーと赤ん坊を守るかのように。
「すごく奇麗だよ、アン。愛してる」
「貴方もとても素敵。眩しくて目が潰れそう。私も愛してるわ、レイ」
そう言って目を瞑ったアンジーに、俺は優しく口づけをした。
母さん、俺は母さんが望んでいたようにアンジーと幸せになったよ。
これからも何度倒れても起き上がり、何度壊されてもまた直し、俺はアンジーと共に生きて行く・・・
アンジーが対価で壊した国宝級の品々は、その後レイチャードに修理され、国立博物館に展示されています。
ただし、一応本物なのに、何故かイミテーションという風に書かれています……