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第十六章 懐中時計の運命


「陛下、聖女様をお連れしました」

 

「ランディ、君はどいうつもりだね? 聖女様はもう探さなくてもよいと通達を出しておいただろう。

 王太子が私に無断でやった事とはいえ、聖女様を勝手に婚約破棄して王都から追放などという暴挙をしたのは王室である。

 今更戻って来て欲しいなどとはおこがましい、恥知らずの行いだぞ。それくらいの事を公爵家の人間として分からぬのか!」

 

 国王はランディを叱責した。

 

「申し訳ありません。しかし、王太子殿下が危篤状態だとお聞きして居ても立っても居られなくなりました」

 

「あの者のした事を考えれば自業自得だ。今更聖女様に助けて頂くわけにはいかない」

 

「しかし、陛下の後継者はどうなさるのですか? 王太子の姉姫様になさるおつもりですか? それとも姫様の夫である公爵様ですか?」

 

「私の血は私で終わらせる。後継者は君の兄のどちらかに任せようと思っている」

 

 その王の言葉を聞いた俺はやったーと思った。みんなでどうやってそれを説得させるか随分悩んだのだが。

 

「陛下、王太子殿下にまだ助かる可能性があるのなら、聖女様にお願い致しましょう。そして、その上で廃嫡なされてはいかがですか? ご自分の息子ではないですか…」

 

「私が冷たいとでも言いたいのかね?」

 

「そんな滅相もありません」

 

 

「いや、全くもってその通りだ。

 私は幼き頃より側に居て私を助けてくれた王妃を、くだらない嫉妬で冷たくあしらい、その挙げ句にようやく身籠った我が子と共に捨ててしまったのだ。

 どれほど妻は辛い思いをし、私を憎みながら死んで行った事だろう。私は妻殺し、子殺しの人でなしだ。今更もう一人殺しても同じ事だ」

 

 国王の目は酷く淀んでいた。さながら、闇の世界に既に片足を突っ込んでいるかのようだ。

 さすがにこれはまずいと俺は思った。確かに母は夫に捨てられて想像もつかない程の苦労をしただろう。しかし、母は絶対に不幸ではなかった。

 自分が不幸だったと別れた夫に思われるのは、母にとっては不本意な気がした。

 

「俺の母親は不幸なんかじゃなかったですよ。母は貧しい生活の中でもいつも笑っていましたよ。

 ここなら誰にも気を遣う事なく自由にありのままの自分でいられるって。いくら失敗しても怒られないから、何度でもやり直しが出来るから嬉しいって。

 夫には女を作って追い出されたけど、息子を与えてくれたから許してやるっていつも言ってましたよ……」

 

 

 俺の言葉に、国王はその死んだようだった目を大きく見開いた。そして俺の方へ震える両手を伸ばした。

 その時、アンジーが俺の顔の仮面を取り払いながら言った。

 

「ソフィア様はいつも幸せだっておっしゃっていましたよ。レイと、そして私達家族と一緒に居られて……

 決して寂しがってなんかいなかったし、人を憎んだり恨んだりなんかしていませんでしたよ」

 

「ソフィア……ああ、君はソフィアにそっくりだ…… 君はソフィアと、わ、私の子なのかい?」

 

「そうです」

 

 国王はフラフラと俺の直ぐ側までやって来て俺に触れようとしたが、まるで俺を汚したくないというように手を下ろし、そのまま崩れ落ちた。

 

「アンジー夫人、申し訳ないんだがあまり時間の余裕がないんだ。早く陛下の認可をもらわないと…頼めるかな?」

 

 今まで黙っていたバージルがこう言うと、アンジーは頷いて陛下に癒やしの魔法をかけた。そして気を取り直した国王から、王太子を助ける許可を取り付けたのだった。

 

 

 結果的に王太子の命は救えたが、完全には元通りにならなかった。

 王太子のアイテムである銀の小刀に、彼の宝物である絵姿コレクションを合わせても、対価として足りなかったのであろう。

 下の病気自体は完治したのだが、その副作用である脳の退化は治せず、七、八歳程度の知能になってしまった。

 

 これで彼の王位継承権を無くしても問題は起きないだろう。これでもう人に迷惑をかけずに済む。良かったと国王はどこかほっとしたように言った。

 ただし隔離しておかないと、体は成人男子だから危険だろうとも呟いた。

 

「陛下、いっその事王制そのものを無くしてしまったらいかがですか?

 王妃だけでなく、王太子のアイテムもなくなった事ですし……

 先程、陛下もご自分の血を終わらせるつもりだとおっしゃいましたよね?」

 

 バージルの言葉に国王は俺を見たので、彼が何か言う前に、先に俺はこう言った。

 

「俺はただの平民のレイチャードです。職業は直し屋で、この仕事に誇りを持っていますので、職種替えする気は全くありません」

 

 それを聞いた国王は深く頷いた。しかしランディの方を見ながらこう言った。

 

「私が王制を廃止しようとしても、三公爵家が黙ってはいないのではないかね?」

 

 するとランディのみならず、バージルや聖女までニッコリと微笑んで一斉にこう言った。

 

「「「そちらの件は何の問題もありません」」」と・・・

 

 そう。今回登城する前に俺達は各公爵家を始めとして、高位貴族の家々を超スピードで数日かけて訪問し回ったのだ。

 聖女がいなくなったこの七か月間、王都では感染症が大流行したり、そのストレスでいざこざが起きたりして大怪我をする者が増えた。

 病人や怪我人が増大して、医師にも診てもらえない事が社会問題になっていた。それはたとえ高位貴族でも例外ではなかった。

 

 それ故、俺達四人が訪問するとどこでも大歓迎された。以前は聖女を偽者と呼び蔑ろにしていたくせに、みんな見事な掌返しだった。

 しかしそのおかげで俺達は、彼らの治癒の対価として、貴族としての地位やプライドを支える核になるモノを破壊しまくる事に成功した。

 

 まあ、貴族の権威や象徴とはなり得ない物の修理に関しては、俺が有料で直してやると約束をしてやったが。

 もちろん壊すのが目的だった物は、修理が難しくて手に負えないと誤魔化したけどね……

 

 

 王位継承権を持つランディの公爵家とバージルの実家の侯爵家に対しても、二人はとても身内とは思えないほど容赦なかった。特に侯爵家に対するバージルは・・・

 

 まず彼のすぐ上の兄が持ち出していた家宝の懐中時計を見せて、これを見つけた時には見るも無惨な状態だったと説明した。

 

「兄さん、かなりこの時計に恨みを抱いていたからね。

 たまたま腕のいい修理屋を見つけて修理してもらい、ついでに汚れていたので砥いてもらったら、こんな新品同様になったんですよ。

 えっ? これを渡せって? 冗談じゃないですよ。ただでは返せませんよ。これには膨大な修理代と磨き代がかかっているんですからね」

 

 今すぐ耳を揃えて支払ってくれないと渡せないとバージルが言うと、父親と嫡男である長男が怒り出したが、公爵家のランディもいたので仕方がなく渋々お金を用意してきた。

 そしてそのお金と交換に懐中時計はようやく侯爵の手元に戻ってきたのだった。

 

 

 ところがそのわずか三十分後には、侯爵のその家宝は粉々になっていた。

 それはもちろんさっきの懐中時計が、侯爵の心臓の病を治す対価となったからである。

 呆けている元家族をよそに、バージルはその細かな破片をさっさとハンカチに拾い集めて、それを上着のポケットにしまっていた。

 

 まるで二重詐欺みたいだったが、俺の母親を身一つで追い出した酷い家なので、同情心は全く湧かなかった。

 

 

読んで下さってありがとうございました!


次で完結になります!

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