第十四章 オルゴールとネックレス
「でも、レイのお母さんとの約束を守れて本当に良かった」
結婚の届けを出してから三日ほど経って、アンジーはようやく落ち着いてきたので、鞄の中から、奇麗な厚手の生地で大切にくるんでいたオルゴールを取り出した。
俺がオルゴールの蓋をそっと開けた。すると聞き慣れた優しいメロディーが鳴り出した。
俺はアンジーの肩を優しく抱いて、静かに目を閉じた。子供の頃から二人でよく一緒に聞いていたが、夫婦になって、またこうして聞けるようになった事にたまらない幸せを感じた。
ほんの二週間前には、こんな日が来るなんて夢にも思っていなかったから。
そして曲が終わって目を開いた時、オルゴールのへこみの部分に入っている、硝子のカケラに目が行った。
「踏まれて粉々になってしまったけれど奇麗でしょ。絶対にこれは捨てないでね。これは母親と赤ちゃんを守る大切なお守りだから。
私があなたを無事に産む事が出来たのも、これのおかげなのよ。
これはね、龍のお母さんの涙なの。いつか、貴方に大切な女性が出来たら、是非これを貰ってもらいたいわ」
昔母が言っていた言葉を突然思い出した。
母さんの人を見る目は確かだな。アンジーはとても大切にこれを持っていてくれたよ。
「どうしたの、レイ? そんなに硝子のカケラを見て…」
「いや、この硝子のカケラ、元は何だったのかなって考えてた」
俺が適当に言葉を返すと、アンジーは即座にネックレスでしょ、と言った。
俺はアクセサリーに関する物に全く興味がなくてわからなかったが、このオルゴールは宝石箱を兼ねていたらしい。
だからそこにしまうのは当然アクセサリー。そしてこのガラスのカケラの量を考えれば、ネックレス以外には考えられないとアンジーは言った。
「ねぇ、このネックレス直らないかしら?」
アンジーが聞いてきたので、ガラスは無理だと言った。たとえ時間をかけて繋ぎ合わせても接着面が残って仕上がりが汚くなる。それなら、このままのカケラの方が奇麗だよと。
すると、それじゃあ、例の魔法を使ったらどうかと言うので、原型がわからない物は直せないと答えた。それで諦めると思ったら、今度はこんな提案をしてきた。
「ねぇ、何か別のガラス玉のネックレスを見て想像してみるっていうのはどうかしら?
どうせ駄目元でしょ」
アンジーにそう言われて、ついこの間、あの懐中時計を元に戻す時に参考にした『秘宝図鑑』を思い出した。
確か、『七色硝子のネックレス』だったかな? 確かにあれなら丁度似た感じかも。
まあ、平民のネックレスをイメージする為に秘宝を思い浮かべるなんて、かなり図々しいけど、他にネックレスなんか知らないしなぁ。
俺はテーブルの上にオルゴールを包んでいた生地を敷き、そこにオルゴールを横に傾けて、硝子の破片を落とした。キラキラと光ってとても奇麗だった。
そらから俺は目を開き、硝子のカケラの小山に両方の掌を向けた。そして、図鑑に描かれていた『七色硝子のネックレス』の画像を頭に浮かべた。虹色っていうのは母の涙を思い出して……
すると両手から金色の眩い光が一瞬パッと発せられた。
「『秘宝図鑑』を思い出しながら魔法をかけたら、このネックレスになったという事なんですね?」
バージルに確認されて頷いた。
「多分このネックレスは秘宝を真似して作ったイミテーションだったんでしょうね」
と俺がそう言うと、バージルは首を振った。
「それはあり得ません。虹色の硝子は未だに作られてはいません。製造方法がまだ発明されてはいないのです」
「じゃあ、これはどうやって作られたんですか?」
「そのネックレスの粒は硝子ではありません」
「硝子じゃないなんて信じられませんよ。まさか龍の涙とでも言うつもりですか?」
俺がふざけてそう言うと、バージルとランディが瞠目した。
「このネックレスが龍の涙で作られたとお話しになったのはお母様ですか?」
「えっ? ああそうだよ。ねぇ、さっきから言葉遣いが丁寧だけどどうしたの? バージルさん」
「貴方は今十七歳でいらっしゃいますよね?」
「再来月には十八になるけどね」
俺がこう答えると、二人は椅子から立ち上がり、俺の後ろに来ると片膝を突いて頭を下げた。俺は彼らが何をしているのかさっぱりわからなかったが、隣でアンジーがこう呟いた。
「臣下の礼だわ」
と……
その後二人の説明によると、俺が直した『七色硝子のネックレス』は本物で、国宝中の国宝だという。
母が言っていた龍の涙で作られているというのは本当の事らしい。
大昔、争いが絶えなかったこの地を平定した一人の英雄がいた。そして彼の側にはいつも若者を守りながら共に戦ってくれた雌の龍がいた。
平和になった後、若者はこの地に一つの国を興して王となった。そして雌の龍と結婚して夫婦となり、この国を治めた。
龍は強い魔力持ちだったので、普段は人型に変化していた。ところがお産の時は魔力が落ちて龍の姿に戻ってしまった。
普通龍は子供を卵で産むのだが、人間との子供であったため、お腹の子供は人型をしていたらしく、そのお産はかなり難産で、王妃だった龍は三日三晩苦しみ抜いた。
そうしてようやく三人の赤ん坊を産んだ龍は、無事に赤子に会えた嬉しさにポロポロと涙を溢した。その涙は七色の虹のように美しく輝いていたという。
そして落ちた涙はやがて美しい虹色の玉の粒になっていた。
王はその玉を自らの手で全て拾い集めると、これで妻のネックレスを作るように家臣に命じたのだと言う。
「このネックレスの謂れですか? それって神話ですよね?」
「いいえ、実話です。そもそも数百年前の事で、神話となる程古い話じゃないんです。
そしてこの逸話を知っているのは、それこそ王族と一部の歴史家だけです。だからこそ偽王妃は平気でそのネックレスを踏み潰す様な真似が出来たのです」
とランディが言った。
うーん……
その龍の涙で作られたという粒を何故母が持っていたのかというと、つまり、母が王妃だったということか? まさか……
「貴方を初めて見た時、何故か懐かしく思ったんですよ。その理由がやっとわかりました。
貴方は私の叔母によく似ているんです。
前王妃殿下は私の父の年の離れた妹で、私の叔母でした。嫁ぐまで一緒に暮らし、とても可愛がってもらいました。
叔母はとても美しくて優しい素晴らしい女性で、私は大好きでした。
叔母は政略結婚で当時の王太子の元に嫁ぎましたが、なかなか子供に恵まれませんでした。しかも愛人が先に子供を年子で二人設けた事で、王宮ではかなり辛い思いをしていたようです。
そして叔母が国王の愛人に城から追い出されると、祖父と父は役立たずだと言って叔母を責め、無情にも実家に戻る事を許しませんでした。
祖母が必死に取り縋って懇願しても無駄でした。祖母はせめてもと、その時持ち合わせていた貴金属を自分の大切にしていたオルゴールの中にしまって手渡したそうです」
みんなの目が一斉に棚の上に置かれたオルゴールへと向いた。
「あれは祖母が大切にしていたオルゴールだと思います。メロディーはこんな感じではありませんか?」
バージルが鼻歌で奏でたメロディーは、まさしく俺の耳に馴染んだものだった。
「間違いなく同じメロディーだわ」
とアンジーが呟いた。
読んで下さってありがとうございました!