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第十三章 偽者王妃の結末


 王妃が何故あっさりと王妃の地位を捨てて城を去ったのかと言えば、国王が名前を記入した離縁する為の書類を見せられたからである。

 それは結婚を迫る愛人が鬱陶しくて、黙らせるために記入しただけで、国王は本気で離縁するつもりはなかった。

 優秀な王妃と教養のない愛人のどちらが国にとって必要なのか、それくらいはわかっていたからだ。

 

 ところが愛人はその離縁状と共に毒の入った小瓶を見せ、水槽の中に一滴垂らした。

 その途端小さくて美しい魚が水面に浮かんだ。

 

「陛下がこれを王妃様の水差しに垂らそうとしたので、私必死に止めましたのよ」

 

 愛人がこう言うと、王妃は胸ではなくて何故か腹部を両手で押さえてブルブルと震え上がった。

 

「これ以上陛下をお止めするのは難しいと思うのですが、王妃様はどうなさいますか?」

 

 愛人がそう尋ねると、普段はどんな嫌がらせをされても堂々としていた王妃が、即座にこう言った。

 

「陛下も貴女も私がお邪魔のようですから、離縁させて頂きます」

 

 王妃は震える手を必死にもう片方の手で支えながら、離縁状にサインをした。それから首元から七色硝子のネックレスを外すと、それを愛人に手渡そうとした。

 しかし彼女はそれを払い除けて足で踏みつけたのだった。

 

 王妃は恐らく、国王が自分の命を本気で狙っているとは思ってはいなかっただろう。彼女にも毒の耐性はあったのだから。

 しかし彼女のお腹には新しい命が芽生えていた。それが知られたら、あの愛人は本当に何をするかわからない。

 自分の命というより、未来の命を守るために王妃は王城を去ったのだろう。

 

 

 国王は妻が去って暫くして、ようやく自分の真実の相手が彼女だという事に気が付いた。そして彼女が自分に告げたかった事の内容にもようやく思い至る事が出来た。

 

 しかし何もかも手遅れだった。国王に離縁された妻は実家からも追い払われ、何処にいるのか既にわからなくなっていた。

 多くの人員を割いて一年以上探し回ったが、なんの手掛かりも掴めなかった。

 

「侯爵家のご令嬢だった王妃様がたった一人で市井に追い払われて、無事に生き延びられた筈がないでしょう。しかも、恐らく身重だったのでしょうから尚更……」

 

 宰相が冷たく言って、捜索を中止させたのだった。

 

 

 国王は改めて現在の妻の姿に目をやった。

 こんな女にのぼせ上がり、自分にとっての唯一を追い出した愚かな自分には、これ程似合う結末はないな。

 この息子は愚かな自分と偽王妃に瓜二つだ。こうなる事が運命だったのだろう。

 

 最初の妻がいなくなって、何もかもどうでも良くなってしまい、今日まで流されるまま生きてきた。そろそろ私の血筋ももう終わらせなければいけないだろう。国王はそう思った。

 

「ねぇ貴方、聖女をどんな手を使ってでも見つけ出して、早く城に連れて来て!

 すぐに国中に手配書を出して!」

 

 偽王妃が一際大きく喚いたので、国王は彼女の顔を思い切り殴りつけた。彼女は王太子の部屋の壁に激突して床に崩れ落ちた。

 

「あ、あなた……?」

 

「聖女様を犯罪者のように手配しろだと! この天をも恐れない悪女め! 誰か! この不届き者を牢に幽閉しろ!」

 

「何をおっしゃるのですか? 私は王妃、貴方の妻ですよ!」

 

「お前は王妃なんかじゃない! 偽者め!」

 

「それは決して口に出してはいけない事です! 国民を騙してきた事になるのですから。もし私が一言喋ったら……」

 

「喋れなくするだけさ」

 

 国王は酷薄な笑みを浮かべ、腰にさしていた小刀を取り出すと、偽王妃の口を真横に切り裂いた。

 

「グググッ・・・」

 

 偽王妃は気を失った。

 

 近衛兵が王太子の部屋に慌てて飛び込んで来た時、王妃は国王の小刀を両手で握って、血だらけで倒れていた。

 

 その後王妃は一命を取り留めたが、王太子と国王の暗殺未遂の犯人として投獄された。

 王妃は王太子の病と自分の顔の醜い跡に悲観して、まず王太子を殺そうと国王の腰の小刀を奪ったが、国王に阻まれて自害しようとしたらしい。

 犯行動機にわずかながら同情の余地があると判断され、温情で死刑を免れたが、王妃は一生北の塔に幽閉される事となった。

  

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 ランディの話を聞いて俺とアンジーは絶句した。なんだか王都が凄い事になってる。地方じゃ別段変わった事もなかったのに。

 

「ええと… 王都だけそんなに酷い風邪が流行っていたんですか? 俺、あちこち旅をしていましたけど、他ではそんな話聞いていませんけどね。 

 それに俺、先月王都へ行きましたけど、別にそんな感じじゃなかったような…」

 

「王都だけに流行ったのは、王都が城壁に囲まれている事と、人口が過密している事、そして、集団行動があちらこちらで起きていて、人々が密になる機会が多かったからじゃないですかね。

 しかし、ちょうど先月くらいから下火になっていたんです。うつらなくて良かったですね」

 

 黒いサラサラヘアーに深緑色の瞳のランディが微笑みながら言った。

 バージルの弟子だという彼は、師匠とは真逆のとてもお上品な青年というか、少年というか、まるで王子様のような雰囲気の人だった。まあ、アンジーと違って俺は王子様になんて会った事はないが。

 もし、王太子がこんな感じの人だったら、アンジーは本気で王太子を好きになっていたかも…なんて考えたら、少しムッとした。

 

「私がいなくなったせいで、皆さんが集団を作って、そのせいで病気が広まったのなら申し訳ないです。それに助けてあげられなくて……」

 

 アンジーが申し訳無さそうに言った。

 

「聖女様のせいではありません。みんな自業自得です。

 聖女様を連れ戻せと騒いでいた連中も、ただ自分達の事ばかり考えていただけですから。

 それに、王都の構造そもそもに原因があるのですから、いい加減改善すればいいだけの話です。今回の事で少しはこりたでしょう」

 

 言い方は違うが、このクールな考え方は確かに師匠のバージルとよく似てるかも知れない。

 

「それにしても、市井の様子はともかく、何故そんなに王族の事情までそんなにご存知なのですか? なんか極秘情報ばっかりだった気がするんですが……」

 

 俺が胡乱な目でランディを見ると、彼の横にいるバージルが相変わらずのヘラヘラ顔でこう言った。

 

「そりゃ詳しいさ。彼は王族の一人だからな」

 

「「えっ?」」

 

「彼は公子様なんだ。まあ、前国王の妹君が嫁がれた公爵家の三男だから、王位継承権なんてあってないようなもんだけどね」

 

「えーっ。なんで! 公爵家のご子息に侯爵家のご子息、なんでそんな高貴な人達がこんな所にいるのぉ?」

 

 アンジーが悲鳴のような声を上げた。全くだ。しかし、お前も王宮の舞踏会に何度も参加していたんだから、俺と違って高貴な人達には免疫あるだろう?

 そう一瞬思ったが、彼女はただ舞踏会の会場では飯食ってただけだったという事を思い出した。

 

 するとランディは言った。

 

「それに聖女様もいらっしゃいますしね」

 

「いやいや、もっと凄いぞ! 王子様もいらっしゃるぞ」

 

「「「えーっ!!!」」」

 

 何処に・・・?

 

 バージルの言葉に俺とアンジーは辺りをキョロキョロ見渡したが、当たり前だが俺達しかいない。王子の霊でもいるのか? こんな田舎町の庶民の家にか?

 

「君の事だよ、レイ君。レイチャード王子殿下……」

 

「はぁ? 何言っているんですか?」

 

 俺は思いも寄らない言葉にあ然とした。アンジーもポカンと口を開けている。

 すると、バージルが俺ではなくてアンジーに向かって言った。

 

「アンジー夫人、その首に着けていらっしゃるネックレスを見せて頂けませんか?」

 

「やだぁ、夫人だなんて。初めて呼ばれたわ、ねぇ、レイ」

 

 アンジーは真っ赤になり、嬉しそうにモジモジした。

 それにしても、よくアンジーのネックレスが見えたな。襟の高いドレスを着てるから、チラッとしか見えないと思うんだが。


「どうしたんですか、バージルさん。ただの古い硝子のネックレスですよ」

 

 俺が首を傾げると、バージルは今までの中で一番真面目な顔をしてお願いしますと頭を下げた。

 そんなに言うのならと俺は立ち上がってアンジーの後ろに立ち、彼女の首にかかっているネックレスの留め具を外した。

 そして、そのネックレスをテーブルの上にそっと置いた。

 

 するとそのネックレスを目にしたランディまで目を見開いて、何やらブツブツと呟いた。

 

「これってまさか……」

 

「このネックレスはご主人に頂いたのですか?」

 

 バージルの、ご主人って言葉にアンジーはまたモジモジし始めた。そして恥ずかしそうにこう言った。

 

「主人ではなくて、主人の母から貰いました。レイの側にいてくれる女性に持っていて欲しいと言われて。

 でももっと正確に言うと、下さったのはこのネックレスというより、とても素敵なオルゴールだったんです。ほら、あの棚の上に飾ってあるでしょう?

 あのオルゴールの中に綺麗な七色に輝く硝子の破片が入っていたんです。

 私はレイと別れる事になってもオルゴールだけは手放せなくて、ずっと大切にしていたんです。オルゴールに加護の魔法をかけて……」


読んで下さってありがとうございました!

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