第一章 直し屋見習いと癒しの少女
俺の名前はレイチャード、通称レイ。王都から遠く離れた、長閑な田舎町の修理屋で働いている。
カスバート師匠からは大分前から独立しろと言われているが、この町から離れる気もないので、今のところ独立する気はない。
師匠は若い頃、王都に大きな修理屋の店を持つほど腕のいい職人だったらしい。
しかし王侯貴族の相手がホトホト嫌になって店を閉めて王都を出たみたいだ。
師匠曰く、金や地位が高い人間ほど強欲で浅ましくてケチで恥知らずらしい。その上馬鹿で能無しのくせに威張り散らす、本当に鬱陶しい人種らしい。
「ああいう奴らとは絶対に関わっちゃ駄目だぞ!」
っていうのが師匠の口癖だ。
そんな奴らに関わるつもりも、関わる恐れもないと俺が言ったら、師匠に酷く叱られた。
人間一番怖いのは油断する心だと……
と言うのも、俺自身が関わるつもりがなくても、向こうから寄ってくる可能性が俺にはあるらしい。
何故なら、自分じゃわからないのだが、俺の修理の腕は天才と呼ばれる師匠よりも上らしい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は幼い頃から手先がやたら器用だった。母親と二人暮しで貧乏だから、物を大切にしてして、何か壊れても何度も何度も修理して使っていた。
でもそんなのは当たり前の事で、特別な事じゃないと思っていた。
ところが七歳の頃、誰もまだ来ないうちにお祈りをしようと教会へ行った時に、既に女の子が一人で熱心に祈っていた。
いや、懺悔をしていた。
その子は近所の農家の娘のアンジーだった。黒髪に黒い瞳、そして雪のように白い肌にサクランボみたいに赤くてぽっちゃりした唇のとてもかわいい子だ。確か二つ年上だった。
人の懺悔なんか聞いちゃまずいと思ったが、扉から出る前に彼女の懺悔の内容が聞こえきてしまった。
どうやら彼女は母親のオルゴールを勝手に持ち出し音楽を聞いていたのだが、それを誤って落としてしまい壊してしまったらしい。
そのオルゴールは祖母の形見だそうで、彼女の母親がとても大切にしていたらしい。
アンジーは神様に懺悔しながら、そのうちワンワンと泣き始めた。
「もう二度と勝手に人の物を持ち出しません。触りません。言いつけは守ります。良い子になります。だからオルゴールを直して下さい」
と言いながら。
神様に泣いて懺悔したって物は直らないよ。子供っぽいな。俺より年上のはずなのに……
俺は少し呆れた。
その時アンジーは人の気配を感じたのか振り返って俺を見て驚いた顔をした。そして慌てたように俺に言った。
「今の聞いちゃった?
お願い、私がオルゴール壊しちゃった事誰にも言わないで!」
えっ? 今更壊した事を隠すつもりなの? 俺はまた呆れた。
でも、大慌てしてあたふたしている女の子がかわいくて、思わず彼女に近づいて行った。
そして側に置いてあった小さな箱型のオルゴールに目をやった。外見上どこも壊れていないし傷もない。
ああ、だから誤魔化そうとしたのか…… と俺は納得した。
「そのオルゴール、どこが壊れたの?」
「音が出なくなったの」
「ネジは回したの?」
「当たり前よ。馬鹿にしないで!」
泣きべそをかいているのに、気が強いなぁと思いながら俺は言った。
「ちょっと見せてよ。直せるかもしれないから」
「直す? あんたが? あんたオルゴール見たことあるの?」
女の子は疑うように俺を見た。町一番の貧乏な家の俺が、オルゴールを知っている訳がないと思ったようだ。
まあ、当然だな。オルゴールが高価だと言う事は俺だって知っているし。
でもうちにあるってのは本当だ。母がやはり祖母から貰った宝物らしい。オルゴールって、母から娘へ譲り渡す物なのか?
まあそれはともかく、どうも母は子供の頃にはそこそこ裕福だったらしい。
そして母は家族の中で祖母の事だけは好きだったらしく、どんなに生活が苦しくても手放さなかった。
このオルゴールは俺が子供の時には既に古かったので、よく故障して音が出なくなった。その度に俺が修理していたんだ。すると、母はとても喜んでくれた。
「レイって凄いわ。レイはまるでお母さんを幸せにしてくれる魔法使いね!」
まるで少女のように笑うその母の顔を見るのが大好きだった。
だからこのオルゴールを直したら、この女の子もお母さんみたいに笑うのかな? 俺はそう思った。
俺は彼女からオルゴールを受け取ると、蓋を開けた。音が鳴らない原因は母の物と同じだった。
俺はズボンのポケットから愛用の小さなドライバーを取り出した。
修理は直ぐに終わった。
女の子がオルゴールの蓋を開けると、綺麗なメロディーが流れ出した。彼女は、母と同じとても嬉しそうな笑顔で笑ってくれた。
それから俺はその女の子と友達になった。彼女の名前はアンジーと言った。通称はアンだ。アンジーとアンじゃ大して変わらないとおもったが、
「レイとアン…… レイチャードとアンジー…… やっぱりレイとアンが良いよね」
と、アンジーは笑った。
最初のうち、アンジーの家族はアンジーと俺が付き合うのを快く思ってはいなかった。
それは俺の家がよそ者だった事と俺に父親がいないせいだった。
「どうしてレイにはお父さんがいないの?」
とアンジーに聞かれて、俺は正直にこう答えた。
「父さんに愛人が出来たんで母さんと俺が邪魔になったんだ。それで俺達捨てられたんだって!」
これをたまたま聞いていたアンジーのお母さんがまず最初に優しくなった。
次にアンジーの二つ年上の兄のロイドとも友達になった。
ロイドが友達と一緒に悪さをしてシャツの袖に鍵穴を作り、母さんに叱られる!と青くなっていたから、俺が繕ってやったんだ。よっぽど目を凝らしてみなきゃわからない。
それ以後遊び仲間に入れて貰った。
最後にアンジーの父親。親父さんを攻略するのは結構骨が折れた。なにせ彼は娘を溺愛していたからね。
俺だけじゃなくてアンジーに近寄る男どものは全て蹴散らしていた。
そんな手強かった親父さんがある日突然、アンジーと遊ぶのを許してくれた。そしてそのうち俺に対して本当の父親みたいになった。
そのきっかけは粉を挽くための水車の歯車と、親父さんの宝物だった懐中時計をこっそり直したのが俺だって事がばれたからだったらしい。
俺としては壊れている物を目にすると、何でも直したくなるという性分で、頼まれてもいないのに勝手に修理してしまっただけなんだ。
しかし水車は家族を養う為の、仕事上なくてはならないもの。
懐中時計は親父さんの父親の形見で、心の支えとしている大切ものだったらしい。
アンジーの親父さんは実の息子のロイドと同じように俺とも接してくれたし、母さんと俺に仕事も斡旋してくれた。
そのおかげで俺のうちの生活は少しだけ楽になった。
俺はアンジーの家族には感謝しかない。
そして親父さんが紹介してくれたのが、そう、今の俺の師匠のカスバートさんだったんだ。
師匠は近隣にも名の知れ渡るほど有名な修理職人で、農機具から馬車まで、家具から屋敷まで、懐中時計から高い塔の大きな時計まで修理してしまう凄い人だった。
親父さんは何度も師匠の所へ足を運んで、俺を雇って欲しいと頭を下げてくれた。
師匠は弟子は採らない主義だと最初のうち頑なに俺と会ってくれなかったが、アンジーの親父さんが例の懐中時計を見せて、俺が修理したんだと言ったら豹変したらしい。
後で師匠から聞いた話だと、あの懐中時計は以前師匠が直そうとして直せなかった、屈辱の物だったらしい。
「あの時計な、いくつか細かい部品が破損しててな。修理したくても同じ部品なんかどこにもないし、細か過ぎて自分じゃ作れないから、到底直せるようなものじゃなかったんだ。
それなのに本当に直ってたから、その時点でお前が天才だとわかってたよ。
いい気になると思って黙っていたけどな」
俺の手先の器用さはそれだけでも修理屋として生きて行くには十分だという。
しかし、俺にはその上に魔力があるみたいだった。難しい物を修理している時、その魔力というやつを無意識に使っているらしい。
「魔力っていうのは、遠い昔は人間誰しも多少は持っていたらしい。だか今じゃ、王族や高位貴族にの中にたまに現れる位珍しくて貴重な力らしい。
多分、お前の身内にお偉いさんがいるんだろう。でもお袋さんがそれを言わないという事は、お前が知って得にはならない。いや、知るとまずい事があるからなんだろうさ。
だから、お前はその魔力がある事を人に知られちゃならねぇ。
簡単な修理ならいい。しかし他の修理屋がさじ投げたような修理依頼がきたら、決してその場ですぐに直しちゃならねぇぞ。
直ると思いますが時間がかかりますと言って、最低でも一週間以上待たせてから渡してやれ!
わかったな?」
今まで見た事のないような怖い顔をした師匠にこう言われて、俺は何度も何度も頷いた。
そして師匠の言う通りにした。
俺には魔力というやつがあって、大概の物は修理する事が出来た。だけど、人間を含め、生き物を治す事は出来なかった。
俺は修理を始めるとすぐに夢中になって、周りの事が気にならなくなる。もちろん自分の事も。
だから修理作業を終えると俺の両手にはいつも傷がついていた。
ところがアンジーと友達になってからは、俺の手に出来た傷はすぐに治って綺麗になった。
アンジーが俺の手を握ってくれると、金色の光がポッと光る。するとみるみるうちに傷が治ってしまうのだ。
なんでもアンジーには癒やしの力というものがあるらしい。でも彼女が言うには、その力はそんな大したモノではなく、小さな傷や火傷、ちょっとした風邪が治せる程度の力だと言う。
それでも癒やしの力を欲しがる者は多いから、無闇に人には話してはいけないよと親父さんにきつく言わられていたらしい。
それなのに俺にばらしてしまった。嬉しかったけどそんなアンジーが心配で、もう誰にもこの癒やしの力の事は話すなよ、と何度も念を押した。
読んで下さってありがとうございます。今日中にまた連続投稿する予定ですので、引き続き読んで下さると嬉しいです!