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08.彼の記憶

 十年前――俺が十一歳の時。


 父について人間の国、コルリズ王国に数週間滞在したことがあった。

 退屈だった俺は、王宮の庭に出て、辺りを散策していた。

 そこで、花を愛でている人間の少女と出会った。

 歳は俺より二、三歳下だと思う。


 薄茶色の長い髪をハーフアップにして、人形のようなひらひらした服を着ていた。

 最初は退屈しのぎの興味本位で人間の子供に話しかけただけだったが、それから滞在中毎日、彼女がいないかとその庭へ会いに行くようになった。


 彼女の父が城で働いているようで、時々父についてきてこの庭で遊んでいるのだとか。

 彼女は花が好きだった。王宮の庭にはたくさんの花が咲いていた。


 俺は花には興味なかったが、だんだん彼女に興味を持つようになった。


 花瓶に生けられた花よりも、こうして土に根付いて咲いている花が好きなのだと、彼女は言った。

 摘み取られてしまった花は寿命が短く、かわいそうだと。


 花とはそういうものではないか。変なことを言う女だと思ったが、彼女と話していると飽きなかった。


 表情をころころ変え、嬉しければ素直に笑い、悲しければ泣きそうな顔をする。


 母親が寝る前によく聞かせてくれるのだというお伽噺まで俺に話して聞かせた。

 彼女にもいつか、物語のような王子様が自分の前に現れるのだと信じていて、可笑しかった。



 結局その滞在中、ほぼ毎日彼女に会った。

 今までは、こうして毎日父についてくることはなかったそうだから、彼女も俺に会いたいと思ってくれているのだと感じた。


 そして明日も会う約束をし、俺たちは別れた。


 だが次の日、彼女は来なかった。


 父親の仕事の都合かと思ったが、次の日も、その次の日も、彼女は庭に来なかった。


 なぜだと、悔しくなった。人間は簡単に約束を破る。嘘をつく生き物だ。

 だが明日こそはと期待して、それでも次の日も彼女が現れなくて、俺はこの喪失感の理由に気がついた。


 この想いは、淡くも初恋なのだと。


 そしてクロヴァニスタに帰らなければいけない日が来てしまった。

 せめて最後に文句の一つでも言ってやりたかった。

 いや、なぜ来なかったのか、理由を聞きたかった。

 そして、もう一度彼女に会いたかった。


 そんな思いで彼女を待っていると、ついに、少女はやってきた。


 名前も聞いていない、人間の子供。

 だが俺は、もう一度彼女に会えてとても嬉しかった。


 言おうと思って用意していた文句の言葉は口から出てこなかった。


 そしてなぜ来られなかったのか理由を聞けば、彼女が大好きだった母親が亡くなってしまったのだと、ゆっくりと話してくれた。


 その話をしながらも、彼女は泣いた。


 その姿を見た俺は、自分が彼女を守ってやりたいと強く思った。

 いずれ国の王になり、民を守る。昔からしつこいくらい聞かされてきたそれとは違う。


 王ではなく、一人の男として、彼女を守ってやりたいと思ったのだ。


 だから俺は言った。


『いつかおまえがいい女になったら、迎えに来てやる』

『え……?』

『俺はいつか王になるんだ。だから、俺は王子様だ』

『……おうじさま?』

『そうだ。俺は約束を守る。だから泣くな』


 そう言って、未熟ながら契りの儀を執り行った。


 彼女の額に口づけて、自らの魔力を注いだのだ。


 最後にもう一度「約束だ」と言って、俺はクロヴァニスタに帰った。




 ――あれから十年。


 俺はあのときの約束を今でも覚えている。

 だが、俺も子供だった。人間と契りを交わしてしまったのは馬鹿なことをしたと、成長するにつれて思うようになり、今に至る。


 だが、一度結んだ契りは取り消すことができない。

 あの少女を見つけなければ、俺は大魔王にはなれないのだ。


 契りの証は胸元に咲く。俺のものだというように、その者の胸に刻印される。

 あのとき王宮の庭に咲いていた薄紅色の薔薇。それを強く意識したから、おそらく彼女の胸にはその印が浮かんでいるはずだ。


 しかし女性のそこを確認するのは容易ではないだろう。

 彼女がいたのは王宮内だったし、城で働いている父親についてきたと言っていたから、貴族の者だとは思うが……。


 とにかく、貴族の令嬢をあたっていくしかないだろう。

 そう覚悟して人間の国、コルリズへ向かった。

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