06.それはお伽噺のような
「……では、今回の件については明日また改めて話の場を設けさせてほしい。ティアローゼ、君にも後日、きちんと詫びをさせてくれ」
「ええ、構いませんよ」
「私も……陛下のお心のままに」
項垂れたままのエトワールを無視するように、話は進んだ。
そしてその場は一旦片付くと、フォリス様は陛下の言葉に頷いてからくるりと私に向き直った。
「よろしければお部屋までお送りしましょう」
「えっ……」
その言葉に、私は陛下と父のほうへ目を向ける。
「そうしてもらうといい」
うんうん、と二人はにこやかに微笑みながら頷いている。なんだかとてもあたたかい笑顔だわ。
「……ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
差し出されたフォリス様の手を取って、私たちは陛下に挨拶をするとその場を離れた。
最後にもう一度エトワールに視線を向けてみたけれど、彼はこちらをちらりとも見ずに床に膝をついたまま俯いていた。
王子としての威厳も風格も、もう残ってはいなかった。
「――助けていただき、本当にありがとうございました」
「いいえ、黙っていられなかったんだ。あなたがあんな目に遭わされているのは」
「……」
隣を歩くフォリス様の横顔を見上げ、高鳴る胸を抑えるようにそっと手を当てる。
結婚してほしいなんて、本気かしら。
だって私はただの人間で、とても魔王様に相応しい相手だとは思えない。
それに惹かれているだなんて……どうして私なんかに?
ちらりとその横顔を何度も拝見して、またドキドキと鼓動が高鳴る。
フォリス様は私にはもったいないくらい、素敵な方。
真に受けてしまって、いいのかしら……。
男性にこんなにドキドキしたのは初めて。
エトワールにだって一度もこんなときめきを感じたことはない。
恋をすることも、愛されることも――もう諦めていたのに。
この方なら、もしかしたら叶えてくれるかもしれない。
長いようで短い廊下を歩き、私の部屋の前に到着すると、フォリス様は改まったように私に向き直った。
「ティアローゼとお呼びしても?」
「はい、クロヴァニスタ魔王殿下」
「やめてくれ、フォリスでいいよ。あなたにはぜひそう呼んでいただきたい」
「はい……フォリス様」
クスッと笑うそのお顔は、ハンサムなのに可愛らしくもあり、心をくすぐられた。
本当に、昼間の方とは別人ね。でも本当は、こんなに優しい方だったのかしら……?
もし、こんな素敵な方の妻になれたなら……。
「ティアローゼ」
「はい」
「先ほどは突然すまなかった。けれど私の気持ちは本物だ。私との結婚、ぜひ前向きに検討していただきたい」
「……フォリス様」
ああ……、本気にしていいのですね。
誠実でまっすぐなその瞳も、言葉も、エトワールの口から放たれていたものとはまるで違った。
これが本物の愛の言葉なのだと、初めて実感した。
「ありがとうございます。フォリス様のお気持ち、大変嬉しく思います」
心から微笑んでそう言うと、フォリス様も嬉しそうに瞳を細めた。
私にもいつか幸福が訪れると言ってくれていたのは、こういうことだったのかしら。
あのときは私がまだエトワールの婚約者だったから、わざと冷たい態度を取られていたのかしら。
だとしたら、この方は少なくとも婚約者のいる女性には一定の距離を置く、真面目な方なんだわ。
そう思うと、とても心があたたかくなった。
あんなに辛いことがあったけれど、私にもお伽噺のような王子様が来てくれた。
まるで、夢に描いた物語のヒロインのよう――。
「こちらも、本当にありがとうございました」
ときめく気持ちを抑えながら、肩にかけてくれていたマントを彼にお返ししようとしたときだった。
突然彼の瞳が鋭く光ると、バッとマントを脱がされて、肩を掴まれる。
「……っ、フォリス様!?」
「…………」
エトワールのように乱暴とまではいかないけれど、フォリス様の手には少し力が込められている。
そして、彼は一心に私の胸元を注視していた。
「あ……っ」
晒すことを慣れていない場所を見られて、顔に熱が昇る。
やっぱり、男の人の考えることはみんな同じ……!
フォリス様も、エトワールと同じ……!
恐怖に身体が震えそうになったとき。頭上からとても嬉しそうな、優しい声が降ってきた。
「ああ……やっぱりあなただ」
「え……?」
そっと見上げると、瞳を細め、頬をほんのりと赤く染めたフォリス様が、熱い眼差しを私に向けていた。その視線はもう胸元を見ていない。
「……っ!」
そして、彼はちゅっと優しく私の額に口づけた。
男性からの初めてのキスに、胸が熱くなる。
……いや、これは、なに?
胸の奥からぶわっと力が解き放たれるような感覚が起こる。
「ほら……やっぱりあなただった」
「え……?」
「迎えに来たよ、ティアローゼ」
「……」
まっすぐに見つめてくるそのヘーゼルナッツのような榛色の瞳と、サラリと揺れる蜂蜜色の髪。
そして囁かれたその言葉に、遠い記憶を思い出す。
……あれは、お伽噺の物語?
ううん、夢だったかもしれない……。
母から聞いたお伽噺と、夢と、現実が記憶の中で入り交じる。
「思い出した? 俺のこと」
とても嬉しそうに笑っているその顔を見て、私は遠い、遠い昔の記憶を辿っていった――。
ひとまずティアローゼ視点編、ここで終了となります!
次回からフォリス視点編となります。
サクサク進んでおりますが、色々と明らかになっていく予定なので、よろしければお付き合いくださいませ。
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