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33.その夜

 お披露目式のあと、両陛下とフォリス様、そして父も一緒に夕食を食べた。


 いつもよりとても豪勢な料理がテーブルに並び、この国自慢の高級ワインが何本も開けられた。


 最初は大魔王を前に恐縮しっぱなしだった父だけど、酔いが回るにつれてすっかり意気投合し、とても親しく話をしていた。



「ティア、今日は疲れただろう? 私たちは先に失礼しようか」

「……そうですね」


 フォリス様に言われて、向かいの席に目を向ける。


 声高らかに笑っているフェルガン様と父。

 楽しそうにその二人を眺めているキルシェ様。


 この二人に付き合っていては、いつ休めるかわからない。

 そう感じ、私たちは挨拶をしてからその場を後にした。




 *




 いつも通りお風呂に入ると、侍女にいつもとは違う着替えを渡された。


「本日はこちらをお召しくださいませ」

「……はぁ」



 私が借りている一人では広すぎる部屋に戻り、それを広げてみた。それはいつものとは違う、前開きになった夜着だった。


「…………まさか」


 何故だろうと思いながらもそれに着替えて、ハッとした。

 私だって、一応そういう知識は持っている。

 そういう教育も受けているのだから。


 でも、私たちはまだ結婚したわけではない。

 まだ婚約しただけで、式は来年だとフェルガン様も言っていた。


「……まさか、ね?」


 けれど、あの大魔王様のことだから、お披露目式と契りの儀さえ終わればいいと思っているのだろうか。


 契りの儀も済ませてしまったし、お披露目式は結婚式のようなものだとも言っていた気がする……。


 けどまさか、フェルガン様はよくてもフォリス様はそういうことはきちんと考えているはずよね。


 ぐるぐるとあれこれ考えながら、二人で寝たとしてもかなり余裕のあるベッドに座って、ドキドキと高鳴る胸を抑えた。


 大丈夫……。大丈夫よ、それに私たちは結婚するのだから、いずれは通る道なのだし……。


 フォリス様のお顔を思い出し、カッと顔に熱が集まってしまったとき。


 コンコンコン――、と扉がノックされて、私の身体は大きく跳ね上がった。



「――ティア?」

「フォリス様……!?」


 そして予想通りの相手の声に、心臓が口から飛び出してしまいそうになる。


「入るよ?」

「え、あ――、はい……っ!」


 ガチャり、とゆっくり取っ手が下がり、扉が開かれる。

 そこにはいつもより無防備な夜着にガウンを羽織ったフォリス様の姿。


「……」

「……」


 私と視線を合わせるそのお顔は、なんとなくほんのりと赤い気がする。


 扉を閉めてこちらに歩みを進めてくるフォリス様に、私は思わず俯いてしまう。


「……ティア?」

「は、はい……」


 フォリス様がベッドに膝を乗り上げ、ギシリと音を立てる。


 ……やはり、そういうことなのね?

 これはもう、覚悟を決めなければならない――。


 ベッドの上で正座していた私は、フォリス様から伸ばされてそっと頬に触れる手に、緊張のあまりドキドキと鼓動を高鳴らせなが何も言えずに俯くことしかできない。


「……ティア、顔を上げて?」

「…………はい」


 妃教育を受けてきたのだから、当然世継ぎを作ることを求められることは覚悟できていた。


 それはもちろん、魔王様が相手でも同じだと、頭ではわかっていた。


 けれど――。


 本当に好きになった相手を前に、それは仕事だとか義務だとか、そういうものとは違う感情が勝ってしまう。


 今の私は元妃見習いでも、魔王妃でもない、ただの女。


「…………」


 フォリス様の手が頬に触れ、上を向くようにと少し力が込められる。


 素直に視線を彼に向けると、フォリス様は困ったようにはにかんでいた。


「ごめんね、突然驚いただろう」

「……はい」

「私もだ。風呂から上がり自室に向かったら、私の寝室はどうなっていたと思う?」

「……どうなっていたのですか?」


 私と視線が合うとようやく少し安心したように穏やかな口調で話し始めるフォリス様。


「私の部屋からは、ベッドが運び出されていたんだ」

「……え?」

「父上だろうな、そんなことを命じるのは……」


 そう言って、フォリス様は深く溜め息を吐いた。


「そしてこの部屋に通された。父はどうしても私たちを一緒に寝かせたいらしい」

「……はは、光栄でございます」


 ぎこちない笑みを浮かべて、一応そう言ってみる。


「……ティア、おいで」

「……っ」


 自分でもわかるくらい固くなった私を見て、フォリス様はそっと肩に手を回し、とても優しくこの身体を抱きしめた。


 すごく、ドキドキする。


 生地が薄いせいか、フォリス様の温もりがとても近くて、心臓が壊れてしまいそうになる。


「……ティア、そんなに緊張して……すごく可愛い」

「……申しわけありません……、初めてですので、どうしても……」


 なんとかその言葉を紡いだら、フォリス様はふふっと笑い声を上げた。


「大丈夫だよ。今夜は何もする気はないから」

「……え?」

「私は君とこうして一緒にいられるだけで十分すぎるほど幸せなんだよ?」

「……フォリス様」


 そう言ってよしよし、と頭を撫でてくれるフォリス様の胸からも、ドクドクと鼓動が高鳴っている音が聞こえてきた。


 緊張しているのは、私だけではなかったのかもしれない。


「今日は疲れただろうから、もう寝ようか」

「はい……」


 とても広いベッドの中で、たっぷりとスペースを余らせて。私はただフォリス様の胸に抱かれて静かに眠りについた。


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