32.お披露目式
魔族の国、クロヴァニスタへ来てひと月が経った。
今日はこの魔王城に国の民を集めて、私とフォリス様のお披露目式が行われる。
私とフォリス様の婚約を、国の民に正式に発表する場。
結婚式とは違うけど、大魔王フェルガン様は「結婚式の予行練習だと思ってくれればいい」と言っていた。
「ティア……とても綺麗だ」
「ありがとうございます。フォリス様もとても素敵です」
この日のために仕立ててくれたドレスに身を包み、綺麗にヘアメイクを施してもらい、迎えに来てくれたフォリス様と向き合う。
フォリス様はいつでも素敵だけれど、今日は一段と格好いい。
こんなに素敵な方の妻になれるなんて、やっぱり今でも夢のよう。
「それでは、行こうか」
「はい」
腕を差し出され、そこに手を添えてエスコートを受ける。
ドキドキと、とても緊張するけれど、隣には嬉しそうに微笑むフォリス様。
彼が隣にいてくれるなら、私はこの先何があっても大丈夫だと思えてしまうから不思議。
城の大広間には、国中からたくさんの民が集まってくれていた。貴族の称号や身分などは関係なく、フォリス様を慕い、私たちを祝いたいと思ってくれる者たちが集まってくれていた。
その全員に一人一人挨拶するのはさすがに難しかったけれど、可能な限り応えた。
本当にフォリス様はたくさんの民から慕われているのだと感じて、私はとても嬉しくなった。
きっとエトワール王子との結婚では、こういう感情にはならなかったと思う。
フェルガン大魔王の祝辞を受け、婚約を結ぶ。
フォリス様と向き合うと、彼はとても幸せそうな穏やかな眼差しを私に向けていた。
きっと私も同じような視線を向けているのだろう。
「ティアローゼ。あなたを生涯の伴侶とし、一生愛し抜くと誓う。どうか私の妻となってください」
「はい……フォリス様。私も、一生あなたを愛します」
その言葉に、歓声と拍手が沸き起こった。
「……私の魔力を注いでいい?」
フォリス様の手がそっと私の肩に置かれ、その距離が縮むと耳元でそう囁かれた。
契りの儀――。
魔王が生涯でただ一人の女性に行う儀。
私の左胸には、薄い薔薇の印が刻まれている。
「はい……」
ドキドキと、鼓動が高く脈を刻んだ。
もう十年も前から、私はあなたのものだった。
けれど、それは完璧ではなかったから――。
「……ティア、愛してる」
「……――――」
ゆっくりとフォリス様のお顔が近づいてきて、まぶたが下ろされる。
それに合わせて私も目を閉じれば、唇にやわらかな彼の唇が重ねられた。
身体の内側から、熱いものが湧き上がってくる。
……フォリス様の魔力が注がれているんだわ――。
とてもあたたかくて、力強いけれど穏やかな、不思議な感覚が身体中を巡っていく。
「……うん、綺麗に咲いたね」
唇が離れると、フォリス様は私の左胸に視線を落とした。
その視線につられるように私も目を向けると、そこには綺麗な薄紅色の薔薇の花が輝きを放って咲いていた。
コンプレックスだったこの痣は、今ではとても美しく見える。
だってこれは私がフォリス様にとってただ一人の相手だという証だから。
契りの儀が完成した。これで私は、完全にフォリス様の生涯の愛方となったのだ。
にこりと微笑み合って、再びフォリス様のエスコートを受けながら私たちは盛大な拍手の中退場した。
*
「お父様!」
お披露目式の後、着替えを済ませた私は侍女の案内で応接室へ向かった。
そこには楽な格好に着替えたフォリス様と国王王妃両陛下、そしてコルリズ王国から駆けつけてくれた父がいた。
「ティア……! ああ、会いたかったぞ! 元気にしていたか?」
私が部屋に入ると、父はすぐに私のほうへ足を向け、泣きそうな笑顔を向けてくれた。
「私はとても元気でした。お父様も、お変わりありませんか?」
父に抱きついて、言葉を交わす。
「ああ、少し寂しかったが、この日を楽しみにな。今日のおまえは本当に綺麗だった。亡くなった母親にそっくりだった。本当に、立派に育って……っ」
やはり少し目尻に涙が浮かんでいるけれど、そこには気づかないふりをしてあげることにした。
「うむ。本当に綺麗だったな。なぁ、キルシェ」
「ええ、ティアちゃんとっても可愛かった! フォリスが羨ましいわぁ!」
「何を言っているんだ、母上は……」
ソファにべったりとくっついて座っている両陛下も、なかなか羨ましいものがあるけど。
「……お義父様、父へのご配慮ありがとうございます」
「よいよい、当然ではないか! それよりおまえたちは疲れただろう。ティアもこっちへ来て座れ。リーリエ殿には泊まっていただくから、ゆっくり話をするといい。晩餐も我が国が誇る最高の料理人に作らせるから、楽しんでいってくれ」
フェルガン様のお言葉に、父は深く感謝していた。
大魔王がこういう方だなんて、父もきっと驚いたことだろう。