30.いざ、魔物の国へ
それから数日後、準備を整えた私は再びクロヴァニスタへ戻るため、迎えに来てくれたフォリス様と共に父にお別れの挨拶をした。
「元気でやるのだぞ、フォリス殿下の言うことをよく聞いて、迷惑をかけぬようにな」
「もう子供ではないのですから、大丈夫ですよ」
クロヴァニスタの魔王へ嫁げば、この国へ頻繁に戻ってくることは難しくなる。
すぐに結婚ということにはならないだろうけど、準備もあるだろうし、やはりあまり我儘は言えない。
おそらく次父に会えるのは結婚式になるだろう。
「フォリス殿下、どうぞ、娘をよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる父に、フォリス様は「よしてください」と声をかけた。
「必ず幸せにしますよ。一生、大切にしてみせます」
「フォリス殿下……」
フォリス様の言葉に、父はうるうると瞳を潤ませ、強く手を握った。
この二人、ひと月の間に本当に仲良くなっていたらしい。
「手紙も書きますし、時間を見つけて遊びに来ますので」
「おお、ぜひ。楽しみにしておりますぞ!」
にこにこと、何かを通じ合わせるように微笑み合う二人に、少し疎外感すら覚えた。
なぜそんなに意気投合しているのだろうか。何か気の合う話でもあったのだろうか?
「それでは、参りましょう」
「お父様、お元気で。身体にはお気をつけくださいね」
「ああ。おまえもな、ティア」
最後にぎゅっと抱き合ってお別れを告げ、私はフォリス様と共に馬車へ乗り込んだ。
*
「大丈夫? ティア。疲れていないか?」
「はい、フォリス様が気にかけてくださったので、平気です」
それから転移魔法でクロヴァニスタまで行き、それからは度々休憩を挟みながら途中の町に立ち寄り、二日かけて魔王城へ戻ってきた。
なんだかフォリス様と小さな旅行をしたみたいで、とても楽しかった。
「よかった。寄り道をしすぎて戻るのが遅くなってしまったね」
「ですが、とても楽しかったです」
「私も、ティアと二人きりで過ごせて本当に楽しかった。できればまだ帰りたくないくらいだ」
「フォリス様……」
これからはいくらでも一緒にいることができるというのに。
甘い顔でそんなことを言われては、ついそうしてあげたくなってしまう。
けれどきっと、大魔王フェルガン様がお待ちだ。
大魔王様をあまり待たせるわけにもいかないから、私たちはいつものように手を繋ぎ、城の中へ入っていった。
「おお、戻ったか。フォリスよ」
「遅くなりました」
「まぁよい! 二人旅とは、道中さぞ楽しかったことであろう?」
「……はい」
ニヤニヤと笑みを浮かべるフェルガン陛下に、フォリス様は少し頬を染めながらも素直に頷いた。その様子を見て、私も顔が熱くなってしまう。
「ふふ、仲良しなのねぇ、ティアちゃんとフォリス」
「はは、よいぞよいぞ。新婚を存分に楽しむがいい。まぁ、式はまだ先になるがな」
ふわふわと笑うキルシェ王妃と、満足気に頷くフェルガン王。
この二人だって、未だにラブラブなんだけど……。
今だって、大きなソファでベッタリとくっついて座っている。
「そうそう、おまえたちの式だが、来年になるだろう。今すぐにでも挙げたいところだが、準備も必要だ。盛大に祝うぞ!」
「承知しました」
結婚式の具体的な話が出て、私の心臓はドキドキと高鳴る。
私は本当に、フォリス様と結婚するんだ……。
「だがその前に国民にティアを紹介するためのお披露目式を執り行う。それは来月でも間に合うだろうから、そのつもりでな」
「はい。……しかし父上、その呼び方は……」
あたかも当然のように私のことを〝ティア〟と呼んだ陛下に、フォリス様はすかさず食いつく。
「ん? ああ、私の娘になるのだから、いいだろう! なぁ、ティア!」
「は、はい……、フェルガン陛下」
恐縮です。と、膝を折って頭を下げると、陛下は不満げに声を上げた。
「ティアよ、娘になるのだと言っただろう。私のことも父と呼ぶがいい!」
「私のことも、母と呼んでほしいわぁ」
「……え、と……」
うふふふ、と楽しそうに顔を見合わせる二人に、どうすればいいのかと言葉を詰まらせてしまう私。
「二人とも、ティアが困っているでしょう! ……私だって最近ようやくそう呼べるようになったばかりだというのに……」
「だってぇ、やっぱり娘には憧れるじゃない? 魔王の子供は男の子だから仕方ないんだけど、娘ができるのって、私たちの夢だったのよ」
〝ねー〟と顔を合わせて笑っている二人に、フォリス様は深く息を吐いた。
そう、どうやら魔王の世継ぎは必ず男児が産まれてくるのだとか。つまり、私もいつかは男の子を出産する日が来るということか……。
「すまない、ティア」
「いいえ! とても嬉しいです。こんなに素敵なお義父様とお義母様ができて、私は本当に幸せ者です」
そんなことを考えている私のほうを向いたフォリス様に、ハッとして答える。顔が熱い。赤くなってなければいいのだけど……。
「まぁ、ティアちゃん! 本当に可愛いわぁ」
「うむ。いい嫁をもらったな。でかしたぞ、フォリスよ!」
「……」
フォリス様は頭を抱えているけれど、私は本当に嬉しい。
こんなにあたたかく、優しい方と新しく家族になれるのだから。
「……それに、式は来年になるが、そんなものは形式的に行うだけだ。おまえたちはもう夫婦も同然。何も気にせず、遠慮せず、存分に仲良くするがいいぞ!」
ハハハハハ――! と、高らかに声を上げて、大魔王は更に続けた。
「私もキルシェとは婚姻の前に契りの儀を交わしたものよ。懐かしいなぁ。なあ! キルシェ!」
「うふふ、もう、フェルガンったら」
「…………」
ふはははは――!
うふふふふ――
二人の世界を作ってイチャイチャする二人に、私たちがいること忘れていませんよね? と思ってしまうけど、フォリス様の反応を見る限りいつも通りなのだと思う。
本当に、このお二人は仲がいい。ちょっと憧れる。
「ごめんね、ティアローゼ」
「いいえ、私もお二人のように、フォリス様といつまでも仲良くいたいです」
「……それはもちろん、私はそのつもりだ」
そう言って微笑めば、フォリス様の頬はほんのりと赤く染まる。
〝魔族は一途な種族である〟
どうやらそれは本当であるらしいと納得して、私たちはその部屋を後にした。