29.エトワール王子の事情
番外です。色ボケ王子の事情。当然ながら悲恋。要注意。飛ばしていただいても大丈夫です。
コルリズ王国の第一王子として生まれた私は、幼い頃より将来この国を背負って立つのだと言い聞かされて育った。
大人である配下たちはみんな幼い私に頭を下げ、丁寧な言葉を使い、我儘を聞いてくれた。
偉大な父の背中を見て、自分もそうならねばと、がむしゃらにやっていた時期もあった。
十歳になる頃、宰相であるリーリエ侯爵令嬢との婚約が決まった。
リーリエ侯爵の家系は王家にも匹敵するほど魔力が強い。
そこの長女、ティアローゼはとても可愛らしい人だった。
私と同い年で、薄茶色の長い髪がとても綺麗で、花とお伽噺が好きだった。
「ティア」
彼女を愛称で呼べる男は、彼女の父上を除いて私だけだった。
彼女も可愛らしい声で私のことを「エトワールさま」と呼んでくれていた。
私は彼女が思い描くような王子になりたかった。
だから、結婚するまで大切にしようと思った。そしていつか、彼女にきちんとプロポーズをするのだ。決められた結婚だが、彼女が望む形を叶えたいと、思っていた。
成長するにつれ、ティアローゼはどんどん美人になっていった。
それは明らかに他の令嬢たちの中で群を抜いていた。
本当に美しい人というのは、そこに存在し、居るだけで、歩くだけで、人々の目を引き寄せてしまう。
彼女が薔薇なら、他の女はそれを引き立てるかすみ草にすら例えられない。
それは王太子である私でも、触れるのが恐ろしいほどに、彼女はどんどん魅力的になっていった。
だが、ティアと出会った頃から、私には一つ気になることがあった。
それは、彼女の中には強く思っている誰かがいるような気がしたのだ。
子供の頃に亡くした母を忘れられないのだろうか。
それとも、思い描いているお伽噺の王子様とやらに理想を抱きすぎているのではないだろうか。
その不安も、成長するにつれて大きく確実なものになっていった。
だがそれと比例するように、私にも成長するにつれて言い寄ってくる女性が増え始めた。
どう対応すればいいのかと、最初は困った。
だが、ティアに触れることができないこの思いを、ティアに並ぶことが怖い根性を、他の令嬢で晴らしてしまうことに抵抗を覚えたのは最初だけだった。
第一王子としてのプレッシャーも、ティアに対するこの思いも、女を抱くことで発散できた。女性たちが私を欲しがり、必死になっている姿が自信に繋がった。
そんなことは、なんの意味もないというのに。
それでもティアにはバレたくないと、どこか後ろめたさを感じていた。
しかし、ティアはどんどん私に冷たくなっていき、とうとう名前すら呼んでくれなくなってしまった。やり場のないこの感情は、彼女に対する怒りに変わっていった。
なぜだ。私はこの国の第一王子だ。
女はみんな、私の子を孕みたがり寄ってくる。
なぜティアは私の婚約者であるのにそれを喜ばない?
なぜ私の目を見ない?
この私が、愛してやろうというのに。
一体何が不満なんだ。
『エトワールさまぁ、愛しています……っ』
『ああ、私もだ』
自分でも安っぽいな、と笑ってしまうような言葉を交わし合い、発散に女を抱く。
この手でティアに触れることすらできない臆病な自分を呪いながら。
そしてあの日、最近特に積極的に私を誘ってくるキャネル嬢に口づけをせがまれ、それを交わしているところをティアに見られてしまった。
ティアはとても冷たい瞳で私を見つめていた。
私は馬鹿なことをしている……。
あの瞳にそう思わされたが、その思いはとうとうティアへぶつける以外になくなってしまった。
そうだ、彼女が私を見ないからだ。
婚約者がありながら、あの女は他の誰かを想っているではないか。
ティアが悪いのだ。
そう思ったら、私の身体はティアの部屋へ向かっていた。
珍しく肩を出した薄着の姿でいるティアに、身体が熱くなった。
もしかすると、彼女は私に言い寄ってくる女性たちに妬いていたのではないかと、都合よく解釈した。
止まらない感情を彼女にぶつけるように押し倒し、その愛しい愛しい唇に口づけようとした。
ティアさえ私を見てくれれば、他の女はいらない。
ティアさえ、私を愛してくれれば――。
だが、私の頬を叩いたティアの瞳は、私を心の底から拒絶し、軽蔑していた。
その瞳を見た瞬間、私の中で何かがプツリと音を立てて切れた。
目の前にいる私の婚約者は、本当の意味で一生私のものにはなってくれないのだと、確信した。
頭に血が上り、感情のまま父の前に彼女を突き出し、婚約破棄を申し出た。
自分でも何を言っているのかわからないくらい、怒りに任せて言葉が出た。
後になって思えば、それはすべて私の八つ当たりでしかなかった。
思い通りにならない彼女に、怒りをぶつけたのだ。
そして私は破滅した。
愛しいティアは、初めて会うであろう魔族の国の男に求婚されて、顔を赤く染めていた。
……なぜだ?
私にはこの八年、一度もそんな顔を見せてくれたことはない。
なのになぜ、魔王なんかにそんな顔を見せる。
私の何が、いけなかったのだ。
いつから間違えてしまったのだ。
いや、やはり、彼女の心は最初から私のことなど見ていなかった。
もう、本当に彼女は手に入らないのだな。
王位継承権は第二王子である弟に引き継がれることだろう。
せめて彼は、愚かな兄のようにならないことを祈る。
絶望だけを残し、すべてを失った私は、また一からやり直すしかないなと、一人静かに涙をこぼした。
色ボケ王子の言い訳という名の事情でした。
サラッと書いたのでおかしなところがあったらすみません。
お粗末さまでしたm(*_ _)m
本編の続き、もう少し上げます!