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28.その後の、

「おお、そうか! 息子と結婚してくれるか!」

「はい、お返事をお待たせしてしまい、申し訳ありません」

「いや、構わん構わん! こうなることはわかっていたからな!」

「本当によかったわねぇ、フォリス」

「誠にめでたい!!」


 まずは婚約の意を陛下に報告し、私は一度コルリズへ戻ることになった。


 大魔王・フェルガン陛下は「私がエドライド王へ手紙を書いてやるからこのままここにいてもいいのだぞ」と言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。


 フォリス様もついてきてくれることになり、私は魔族の国、クロヴァニスタに予定通り一週間滞在したのち、自国コルリズ王国へ出立した。




 それでも予め魔法で手紙を飛ばしてくれていたフォリス様のおかげで、コルリズに着いてすぐに父と国王への謁見が設けられた。


「いやぁ、本当によかった! おめでとう、フォリス、ティアローゼ」


 フェルガン大魔王も、友であるエドライド王へ個人的に手紙を送ってくれていたらしく、私たちのことをとても喜んでくれた。


 もちろん父も、目に涙を浮かべて祝福してくれた。




 *




 その後、花嫁修行の間にお世話になった女官の方々に挨拶をして、屋敷に戻る前にもう一度フォリス様のところへ行こうと廊下を歩いていると、後ろから男性の声が私を呼び止めた。


「ティア……!」

「……!」


 この声……。そしてこの呼び方。


 私をそんなふうに愛称で呼ぶ男性は、父を除いて一人しかいない。


 子供の頃から聞いていた、この男のしゃべり方を間違えるはずもない。


「ああ、やっぱりティアだ……」

「……エトワール……殿下、」


 おずおずと、立ち止まって振り返れば、そこに立っていたのはやはりその人物。


 少し痩せてしまったのだろうか。

 その顔に覇気はなく、あの自信に満ち溢れていた輝きも感じない。


 ……なんだかかわいそうなくらいだ。


 けれど、震える瞳で私を見つめるその表情は、少し嬉しそうに緩んでいった。


「ティア……、本当に、君には申し訳ないことをした。謝って許させることではないが……だが、どうか私の話を聞いてほしい……」

「もう終わったことです。これ以上謝罪は望みませんので、どうか私に構わないでください」

「違うんだ、ティア。私は、本当に君のことを……!」


 そう言いながら、エトワールはふらふらとした足取りでゆっくりと歩み寄ってくる。


 それに対して距離を取ろうと後退する私の足は、情けなく震えていた。


 二人きりというこの状況はどうしてもあのときのことを思い出してしまい、嫌な汗が背中を伝う。

 後退し、足がベッドにぶつかったことでエトワールに肩を掴まれて乱暴に押し倒された、あのときの恐怖と嫌悪が私の中に蘇って背筋がぞくりと凍りつく。


「ティア……」

「いや……っ!」


 固まってしまった私に、あのときのように低く名前を呼び、彼の手が伸びてきた。

 反射的に、それを拒むように咄嗟に身を縮めたときだった。


 ふわり――、と、私の身体はとても安心する香りに包み込まれた。


「彼女は私の婚約者ですよ、エトワール王子。気安く触れようとしないでいただきたい」


 フォリス様……。


「……っ、申し訳ない」


 フォリス様の刺すような鋭いオーラに、エトワールはサッと手を引っ込めて頭を下げた。


「ティア、大丈夫?」

「……大丈夫です、フォリス様」

「一人にしてごめんね?」

「いいえ」

「ん、では行こうか」

「はい……」


 そっと私の頬に手を添えてまっすぐに見つめられ、私の中の恐怖心はすぐに和らいでいく。

 頭の中がフォリス様でいっぱいになる。

 優しく微笑んでくれるフォリス様に、強ばっていた身体の力も抜ける。


「……ティアと、婚約……されたのですね、正式に」


 ぽつりと、独り言のようにエトワールが呟いた。


「ええ。たった今正式にティアローゼと私の婚約は結ばれましたよ。彼女は紛れもなくクロヴァニスタの魔王である私の婚約者だ。そのように気安く呼ばないでいただけますか」

「……すまない」


 フォリス様が怒っているのが伝わってくる。その感情を抑えようとしているのだと、声のトーンでわかる。


「行こうか、ティア」

「……はい、フォリス様」


 去り際、ちらりとエトワールに視線を向けた。彼は俯き、ただ静かに項垂れていた。

 その背中は、とても小さく見えた。



「……大丈夫、彼はきっと改心するよ」

「はい……」


 そうだといい。

 そしていつか、本当に心から愛せる人を見つけてほしい。そう思った。



「……ティアは優しいね。あんな目に遭わされたのに、気にかけてあげるなんて」

「いえ、そんな……」


 そういえば、フォリス様は私のことを〝ティア〟と呼ぶようになった。

 あまりに自然に呼んでくるけど、そのことに触れていいのかと、じっと彼を見つめると「……ダメだったかな?」と、少し照れくさそうに小首を傾げて聞いてきた。


 その可愛さに、胸の奥がキュンと疼く。


「いいえ! とんでもないです!」

「ティアも、私のことはフォリスと呼んでいいよ」

「……? もう呼んでいますよ」

「呼んでないよ。それから、その敬語もいらないかな」


 それはまさか、呼び捨てにしろということ?


「それはさすがに……っ、無理です……!」

「今すぐは無理でも、少しずつ慣れてほしいな。これから時間はたっぷりあるしね」

「……」


 そうか……。これから何十年、いや、何百年も……? フォリス様と一緒にいられるのか。

 人間である私にはそんな長い時間、想像することもできないけれど、きっと彼となら楽しい未来が待っているのだろう。そう思えた。


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