27.求婚
「ティアローゼ、少しいいかな」
「はい、フォリス様」
その日はとても気持ちのいい晴天だった。
雲の晴れた青空の下、フォリス様にお庭へ誘われる。
いつも通りにこにこしながら私の手を取って歩き出すフォリス様だけど、なんとなく……本当になんとなくだけど、いつもと雰囲気が違う気がした。
別に普段から常に何かしゃべり続けているわけではないけれど、沈黙の間にいつもはない緊張を感じる。
それに、握られているフォリス様の手がいつもより少し、熱い。
どうしたのだろうと不思議に思いながらついていくと、ふと立ち止まったフォリス様は私のほうを向いて口を開いた。
「ティアローゼ、目をつむってくれる?」
「え? 目を、ですか?」
「うん、大丈夫。私が手を引くから」
「はい……」
なんだろうと不安に思いながらも、言われた通りまぶたを下ろす。
「いいと言うまで絶対に開けちゃダメだよ」
「わかりました」
視界が遮られ、上から降ってくるフォリス様の声だけに意識が向かう。
そして、私の両手を優しく引きながらゆっくりと歩み出すフォリス様に、私も続いて足を進めた。
カサカサと足が草を踏みしめる音だけが耳に届く。
目が見えない中歩くというのは少し怖いけど、フォリス様がしっかりと両手を握って前を先導してくれているから大丈夫。
そう言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくりと進む。
次第に、いい香りが私の鼻に届いた。
……この香りは、お花かしら?
庭を歩いていたから、花壇にでも連れていってくれているのかと、予想する。
けれどお城の花壇にはもう案内していただいたから、目をつむってくる必要はないような気がするけど……。
「ティアローゼ」
「はい」
「それでは、ゆっくり開けてごらん」
フォリス様の落ち着いた声が、耳の近くで聞こえた。
少し、鼓動が速くなる。
ドキドキと、胸を高鳴らせながらそっとまぶたを持ち上げた。
太陽の光に、少し眩しさを感じてすぐに視界が広がらない。
けれど――。
「……フォリス様、これは……」
「君のための庭だ」
ゆっくりと開けていった視界に広がったのは、一面薄紅色のたくさんの薔薇が咲き誇るガーデンに、小さな噴水と、綺麗に整えられた色とりどりの可愛い花が咲く花壇。
「……フォリス様、ああ……これは、なんということでしょう……」
「気に入った?」
「ええ、もちろん……とても……言葉になりません……」
コルリズの薔薇の庭よりもはるかに、たくさんの花が咲いている。
これは、もしかしたら魔法の力なのかもしれない。
とても大きく、立派に咲き誇っていて、本当に綺麗。とても美しい。
「気に入ってくれたなら、君にあげるよ」
「……私に……この庭を、ですか?」
「そう、君のための庭だから」
「……フォリス様」
あまりにも嬉しいと、人はすぐにその感動を言葉にして伝えることができないらしい。
「……フォリス様、言葉もありません」
「喜んでもらえたのかな?」
「はい……とても。とても……」
繰り返し頷き、熱くなった目頭に瞳を伏せる。
本当にこの方は、私を驚かせるのが得意なのね。
それに、喜ばせることも。
「ティアローゼ」
「はい……」
ふと、フォリス様は改まったように真剣味を帯びた声で私を呼んだ。
それに応えて私も背筋を伸ばして彼を見上げる。
「あなたを愛している。私と結婚し、生涯の伴侶となってほしい」
目の前で、フォリス様はとても真剣に、まっすぐ私を見つめてそう言った。
そのお顔に羞恥は感じない。ただ真剣に、真面目に、真摯にその気持ちを伝えてくれている。
その言葉を後押しするかのように、さわさわと後ろで薔薇の花が揺れた。
ああ……フォリス様。
私も、あなたのことを愛しています。
「――はい、よろしくお願いいたします」
込み上げてくる涙がこぼれ落ちないよう軽く微笑んで、私もまっすぐに彼を見つめ返す。
「ティアローゼ……」
その返事にフォリス様はふと気を緩めるように微笑んで、一歩私に歩み寄る。
「ありがとう、大切にするよ。必ず、幸せにするから」
「私も、必ず幸せにしてさしあげますよ、フォリス様のこと」
「ティア……」
そっと伸びてきたフォリス様の手が、私の頬に触れた。
大きくて、あたたかくて、私を引っ張っていってくれる手。
私の大好きな手――。
「……」
そっと彼の顔が近づいてきて、その唇が額に触れた。
〝いつか迎えに行く〟
そう言って、薔薇の庭で王子様は少女の額にキスをする。
いつの日か夢見たその物語が今、私の前に降りてきた。
ありがとうございました。
求婚編、完です。
これで本編は完結としますが、もう少しいちゃラブする二人を書きたいので、婚約者編として甘々なお話メインに番外編的なものを少し上げる予定です。
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