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25.街デート

 フォリス様が露店で買ってきてくれたのは、野菜やお肉が挟まれたサンドウィッチと、柑橘系の果実水。


「美味しいです」

「それはよかった」


 木陰になっているベンチに座り、二人で肩を並べてそれを食べる。


 街中でこんなふうに気軽に食事をするのはとても久しぶり。


 エトワールとは、一度もしたことがなかった。

 というか、彼と出かければ護衛の付き人が必ず一緒だったし、こんなふうに普通に買い物なんてできるはずがなかった。


 けれど、フォリス様は違う。住民たちと同じようにお金を払って買い物をし、ベンチでサンドイッチを食べる。


 こんなこと、魔王様がするなんてちょっと驚いてしまうけど、普通のデートができるのはとても嬉しい。


 フォリス様と居ても、肩が凝らない。


「ティアローゼ、疲れていない?」

「はい! とても楽しいです」

「よかった、私もとても楽しいよ。ティアローゼがこうしてこの国で私の隣にいるなんて、夢のようだな」


 にこにこと、本当に楽しそうに笑ってくれている。エドライド王付きの騎士に扮していたあの頃からは、想像できない笑顔だわ。


「早くこれが当たり前の日常になってくれるといいな」

「……」


 じっと私を見つめて、恥ずかしげもなくそんなことを言うフォリス様。


〝そうですね〟という言葉が頭に浮かんだけれど、それは喉につかえて出てこなかった。


「……この後、寄りたい店があるんだが、いいかな?」

「はい、もちろんです」


 返事をしない私を、フォリス様はどう思っているのかしら……。


 まったく気を悪くした様子は見せずに、またスマートに手を差し出され、応えようと重ねる。


 あたたかい彼の手の温もりに、ドキドキと高鳴る鼓動がうるさい。


 私が一言「はい」と言えばいいことなのだろうけど、なかなか頷く勇気が持てない。


 私は既にフォリス様に惹かれている。

 胸を熱くさせるこの想いが恋であるということも、わかってる。

 彼の気持ちに嘘がないということも。


 阻むものは何もないのに、初めての本物の恋というものを前に、私はとても臆病になってしまっているのかもしれない。


 この気持ちを認めて、想い合うことができた先にあるものを見る覚悟がまだできていないのかもしれない。


 でも、この方となら――。


「……あの――」

「この店だよ……ごめん、何か言った?」

「……いえ! ここはなんのお店ですか?」

「……」


 今、私はフォリス様になんて言おうとしたのだろうか。

 もやもやと悩んでいるせいで、ちょうど目的のお店に着いてしまっていた。


「……ああ、おいで」


 話を切り替えた私に、フォリス様は少しだけ何かを思案したようだけど、またすぐに笑ってくれた。



「フォリス様、お待ちしておりましたよ」


 お店の中に入ると、そこには先ほど声をかけてくれた獣人族のマダムがいた。


 そうか、そういえば後で寄ってほしいと言われていたわよね。


「こんにちは、リディ。調子はどう?」

「おかげさまで繁盛してますよ。それで、これ」


 店内を見渡す。

 飾られているのは煌びやかな宝石などがあしらわれたアクセサリーや小物。

 とても素敵なお店。


「これ、彼女に似合うと思って」


 そう言って、マダムは私に目を向けた。


「初めまして、ティアローゼ・リーリエです」

「リディよ。この店のオーナー。フェルガン様には昔から贔屓にしてもらっていてね。今回はフォリス様が花嫁を連れてくるって聞いたから」

「花嫁って……!」

「リディ、彼女とはまだ婚約もしていないんだよ」

「あら? どうして?」

「私はすぐにでもそうしたいと思っているんだけどね」

「……」


 そうですよね。魔王フォリス様を待たせるなんて、この国の方たちにとってはきっとあり得ないことですよね。


 申し訳なさと恥ずかしさから俯いて黙り込んでしまえば、リディさんは「ハハハッ」と大らかに笑った。


「それじゃあフォリス様、早く頷いてもらえるように頑張らないと」

「ああ、そうだな」

「……」


 二人のやり取りを、私は黙って聞いていることしかできない。


 ……うう、フォリス様ごめんなさい。


「それで、これ。どう?」

「ティアローゼ、見てごらん」

「……?」


 改まって声をかけられ、私は顔を上げてそちらに目をやった。


 リディが取り出したのは、とても綺麗な薔薇のデザインの髪飾り。透き通った黄金に輝く小さな宝石があしらわれており、それはフォリス様の蜂蜜色の髪を連想させた。


「素敵……」

「気に入った?」

「はい……とても」

「じゃあいただこう」

「あ、私払います!」


 当然のように答えるフォリス様に、これはとても高価なものだろうと感じ慌てて声を張る。


「ううん、ぜひ私にプレゼントさせてもらえないだろうか?」


 けれど、フォリス様はすぐにそれを制して胸に手を当て、紳士的に聞いてくる。

 リディさんも同意するように私に視線を向けた。


「……はい、ありがとうございます」

「よかった」


 リディさんのさっきの言い方からすると、たぶんこれは私のために作られた物なんだと思う。


 フェルガン陛下もよく、キルシェ様にこちらのお店のアクセサリーをプレゼントしているのだろうか。


 恐れ多く感じる反面、とても嬉しく思ってしまう私がいる。


「ティアローゼ、後ろを向いて」

「はい」

「ちょっとごめんね」


 髪飾りを受け取ると、フォリス様は私の髪に触れ、それを付けてくれた。


 フォリス様の大きな手が髪に触れて、ドキドキと胸が高鳴る。


「うん、よく似合ってる」

「ありがとうございます……」


 リディさんが鏡を合わせて、私にも見せてくれた。

 金色に縁取られた薄紅色の薔薇に、蜂蜜色の宝石。それが私の薄い茶色の髪に映えている。


 とても嬉しい。


「本当、すごく可愛いわねぇ、フォリス様」

「ああ……とても綺麗だ」


 ほんのりと頬を染めて、フォリス様は愛おしげに私を見つめた。


「……」


 そのお顔のほうが、よっぽど美しいです……!!


 破壊力抜群であるフォリス様の照れた笑みに、私の顔は熱を持つ。





 お店を出て、またフォリス様と手を繋いで歩いた。


 道行く方たちは変わらずフォリス様を見てにこやかに挨拶してくる。


 けれどこれでは、街のみんなに私がフォリス様のそういう相手(・・・・・・)だと思われてしまうのではないかしら……?


 魔王であるフォリス様が、正式に発表もしていないのに、そんなことをしていいのだろうか。


「……」


 そんな思いで彼を見つめるけど、私の視線に気づいた彼は「ん?」と優しく微笑み返してくれるだけ。


 ……きっと、それでいいからしているのよね。



〝魔族は一途。一度決めた相手と一生添い遂げる〟



 その言葉を思い出して、胸がキュッと熱くなる。



 ……ああ、フォリス様。


 私は、あなたの妻になりたいです――。


二章もそろそろ終わりです。

今日中に完結目指して頑張ります。

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