23.蜂蜜の味は
「本当にすまない、父に悪気はないんだ。許してやってほしい」
「いえ、フェルガン陛下のご厚意、とても嬉しいです」
魔王の相手に人間というのは、如何なものなのか――。
フォリス様がよくても、そのご両親がいい顔をしないのではないだろうかと少し不安に思っていたけれど、歓迎されているのだとわかって安心した。
もちろん、だからと言って本当にフォリス様と寝室を共にするなんて、心臓がいくつあっても足りないけど。
「父は君が来るのを本当に楽しみにしていたんだ」
「……そうなんですか?」
「ああ、まだ婚約していないということは伝えているが、もしかしたら必要以上に圧をかけてくるかもしれない。どうかプレッシャーに感じないでほしい」
「……わかりました」
フォリス様が本当に困ったように言うから、失礼ながら私は思わず笑ってしまった。
本当に、魔王というイメージをいい意味で壊してくれる親子だわ。
*
その後、侍女のクーナと共に部屋で少し休んだ後、夕食の支度が整ったとフォリス様が迎えに来てくれた。
ちなみにフェルガン陛下はクーナにも部屋を用意してくれていた。
夕食は、フェルガン陛下と、キルシェ王妃陛下と四人でテーブルを囲むことになった。
上座にフェルガン陛下が座り、私とフォリス様はキルシェ陛下の向かいに並んで座った。
突然とんでもない方々とお食事することになってしまい、どうしても緊張してしまう私。
「ティアちゃん、お酒は飲めるかしら?」
「はい、いただきます」
「よかったぁ、これは私が一番好きなワインなの。お口に合うといいんだけど」
にこにこと、優しく微笑みかけてくれるキルシェ陛下。
注がれたグラスには、透き通り金色がかったとても綺麗な白ワインが揺れている。
「とても美味しいです!」
「本当? よかったぁ! たくさんおかわりしてね」
「はい!」
この国は野菜や果物が数多く栽培されていて、コルリズ王国とも取引を行っている。
良いぶどう農園もあるのかもしれない。
とても和やかな雰囲気で、出された食事をいただく。
最初は緊張してたけれど、隣を見ると目が合ったフォリス様がにこやかに微笑んでくれるし、王妃様のふわふわとしたオーラがその場を和ませてくれている。
フェルガン陛下もとても楽しそうにワインを飲みながら私に気軽に声をかけてくれ、次第に緊張も解れていった。
それに、どの料理もとても美味しい。
人間の食べるものと変わらないし、凝った味付けをされている。腕のいい料理人がいるのだと想像できる。
「キルシェ、そのパテをパンに付けてくれ」
「はい、どうぞ」
「うむ、美味い!」
「……」
お酒が進むに連れ、……いや、もしかしたら関係ないのかもしれないけど、フェルガン陛下は時折妻に甘えて〝あーん〟を求めた。
いつものことなのか、キルシェ様は慣れた手つきで料理を夫の口へ運ぶ。
この二人、とてもラブラブなのだ。
息子の前などお構いなしに、幸せオーラ全開なのである。
すごい……。こんなに高位なお方がそこまで堂々とやられると、もう逆に可愛らしい。
みんな慣れているのか、気にしている者は誰もいない。
「……」
まさか、フォリス様と結婚したら、私にもそういうことを求めてくる……?
隣で静かに食事をしている彼をちらりと見て、その美しさに胸が高鳴る。
フォリス様が、あーん?
「…………」
やだ、私ったらなんてことを……!
そんな姿を勝手に想像し、一人頬を染めて俯く。
「どうしたの? ティアローゼ。何か口に合わなかった?」
「いいえ、どれも大変美味しいです!」
「そう? それならよかった」
私を見て不思議そうに首を傾げながらも、嬉しそうに笑うと蜂蜜色の前髪がサラリと揺れた。
……うう、素敵だわ。
「そうだ、その鶏肉のソテーには、これが合うんだよ」
「……はちみつ、ですか?」
「そう」
そう言って、フォリス様はテーブルに置かれていた蜂蜜の入ったガラスの器を取った。
「かけてみて」
「はい」
輝かしい綺麗な黄金色の蜂蜜をすくい、とろり、と鶏肉にまとわせ、一口食べてみる。
「……! 本当ですね、とても美味しいです……!」
「でしょう? 気に入ってくれてよかった」
甘いのに、この塩味とよく合う。
蜂蜜は元々好きだけど、スイーツや紅茶に入れるだけで、料理に使ったことはなかった。
「……」
「……?」
夢中でもう一口頬張ると、フォリス様がじっと私を見つめていることに気がつき、視線を合わせる。
「……どうかされました?」
「うん、美味しそうに食べるなぁって」
「……」
「好き? 蜂蜜」
「はい……好きです」
ふぅん。と、意味深に唸って。なんだか嬉しそうに見つめてくるフォリス様の前髪がサラリと揺れる。
熱い眼差しに、顔に熱が集まっていく。
その髪の毛は綺麗な蜂蜜色で、まるで今私が口にしたそれみたい……。
「あ、甘くて美味しいから、元々好きなんです! 蜂蜜は!」
「どうしたの? なんだか顔が赤いけど」
慌ててそう言う私を見て、フォリス様はクスクスと笑みをこぼした。
……この男、もしかして確信犯?
私のことからかってる?
優しいのか、意地悪なのか……よくわからない。
「……フォリス様」
「ごめんごめん、ふざけすぎた」
「……」
やっぱり。確信犯だ。
怒ったように彼を見つめれば、楽しそうに笑いながら謝罪の言葉が返ってきた。けれどその額から、魔族の角が生えているように見えたのは気のせいだろうか。
……油断も隙もないんだから。
そう思って息を吐いたけど、彼があまりにも楽しそうに笑うから、私もついつられて笑ってしまった。
なんだか、胸がぽっとあたたかくなる。
フォリス様も、大魔王様も、大魔王妃様も。このお城の方たちはみんな自分の感情に正直で、変に飾ったりしていない。
この国でなら、上手くやっていけるかもしれない。
クロヴァニスタ一日目にして、私はそう感じてしまったのだった。