22.大魔王の企み
ティアローゼを紹介すると、父も母も予想通りの反応を示した。
ティアローゼは疲れているだろうし、緊張もしていただろうが、二人の馴れ馴れしい態度に嫌な顔一つせず笑って応えてくれていた。
俺はまた一つ、彼女を好きになってしまった。
それに、今回のことは素直に父に感謝しなくては。
契りの儀を交わした相手を連れてこいと俺の背中を押してくれたおかげで、俺はティアローゼを迎えに行くことができたのだから。
それも、タイミングもよかった。
もう少し遅ければティアローゼはあのままエトワール王子に婚約破棄をされ、一人どんな思いでいることになっただろうか。
王宮へ出入りすることもなくなっただろう。
逆に行くのが早過ぎても、俺は諦めて帰ってきていたかもしれない。
俺がこの時期にコルリズ王国へ行けたのは、父がしつこく背中を押してくれたおかげだ。
おそらくなぜ今だったのかと聞いても、意味などないと答えられるのだろうが、大魔王としての第六感が働いたのか……父ながら、本当に恐ろしい方だ。
「それじゃあティアローゼ、まずは部屋へ案内しよう」
「はい」
「ああ、部屋なら俺が案内してやろう」
「え?」
夕食までの間、ようやく彼女をゆっくり休ませられる。
そう思ったのだが、なぜかまた父上がしゃしゃり出てきた。
「……大魔王自らですか?」
「それが父親としての役目というものよ」
「……そうでしょうか」
真面目に言っているのか、冗談なのか。
平然とそう言いのける父上は、俺の視線をサラリと受け流してこちらに歩みを進めてきた。
その大きな体躯と大魔王の隠しきれないオーラを間近で受け、ティアローゼはまた少し緊張の色を顔に浮かべた。
「久しぶりに息子に会えて嬉しいのだ。行くぞ!」
「……」
嘘だ。父上が俺にひと月会えないくらいでそんなに寂しがるような男ではないことはわかっている。
これは、何かあるな。
そう思い、警戒しつつもその背中をティアローゼと共に追う。
父上が向かった先は、当然だが俺の部屋とは違う方向。
滞在中、ティアローゼに使わせる部屋を用意してくれているはずだが、そんなものはわざわざ大魔王が自ら案内せずともいいのに。
「さぁ、着いたぞ」
何を企んでいるのかと警戒しながらも足を進め、到着した部屋の扉を開ける父上に続いて中を覗く。
おかしなものを用意されていて、ティアローゼを困らせては大変だ。
しかし、パッと見た感じでは変わった様子は窺えない。
むしろとても広く、綺麗に整えられており、完璧な部屋を用意したことに直接感謝でもされたいのかと考えたとき、ベッドの上に枕が二つ並んでいるのが目に留まった。
「ここが今日からおまえたちの寝室だ!」
「……は?」
それと同時に聞こえた父上の言葉に顔をしかめる。
ティアローゼは言葉を失い、ぽっと頬を染めた。
まったく、何を考えているのかと思えば、この父親は……!
「父上、ちょっと」
「ん? なんだ」
咳払いをし、ティアローゼに背中を向けて父に耳打ちする。
「何を考えているんですか!」
「……おまえこそ、何を照れている。この娘と結婚するのだろうが」
「彼女はまだ結婚を承諾してくれたわけではない」
「なに!? 婚約するために来たのではないのか!?」
「まずはこの国に一時的に招待するだけだと手紙にも書いたでしょう!」
ティアローゼを国に連れていくことは、手紙にしたためて城へ送った。
魔法を用いれば、手紙は瞬時に届けることができる。
だがこの男は、きちんと読んだのか……。契りの儀を交わした相手が見つかったと記したから勘違いしたのかもしれない。
「では早く契りの儀を最後まで行ってしまえ」
「……あなたのせいで嫌われてしまったらどうする!!」
ティアローゼがすぐ後ろにいるというのに、つい大きな声を出してしまった。
いけない、と思い、チラリと彼女に視線を向けると、ティアローゼは困ったように頬を染めて俯いていた。
くっ、可愛い……。
「……愛を交わすというのは身体を交えるだけではないのだぞ」
「そんなことは言われなくてもわかっています」
現に俺は身体を交えて彼女に魔力を注いだわけではないのだ。
ティアローゼが気を悪くしたかもしれない。
彼女は前の婚約者であるエトワールに無理やり襲われそうになったことがあるし、そういう意味で男に対していい印象を持っていないかもしれないというのに。
「とにかく、父上は少し黙っていてください」
「何っ!? おまえという奴は、親に向かって……!」
何か不満をこぼしている父は放っておいて、ティアローゼに向き直る。
「すまない、ティアローゼ。驚かせてしまったが、ここは安心して君が使ってくれ」
「ですが、こんな立派なお部屋……」
「私には自分の寝室があるから、大丈夫だ」
少しでも彼女が安心してくれるように、できる限り優しく言って、微笑みかける。
「……はい、ありがとうございます」
父上は少しだけつまらなさそうな顔をしていたが、彼女が気を遣ってしまうからそんな顔をするのはやめてほしい。
「……さっさと既成事実の一つでも作ってしまえば、おまえの嫁になってくれるかもしれないぞ」
「言ってることがめちゃくちゃですよ」
最後にもう一度俺の耳元でボソリとそう呟いて、父上は先にその場を離れて行った。