21.親子
「フォリス様が戻られました!」
「おお、来たか!!」
衛兵の声に、その男――大魔王フェルガン様は、待っていたと言わんばかりに立ち上がり、一歩前に踏み出してきた。
緊張で心臓がドキドキと高く脈を刻み、手に汗を握る。
もしこの方に不敬を働いてしまえば、コルリズの国を巻き込んで戦争になってしまうかもしれない。いや、コルリズなど、一瞬にして潰されてしまいそう……。
「父上、ただいま戻りました」
「うむ、して……そちらが」
フォリス様と共にフェルガン王に近寄り、一定の距離を置いて歩みを止める。
なんだかとてもそわそわしているご様子だ。
「彼女はティアローゼ・リーリエ嬢です。ティアローゼ、こちらが私の父、大魔王フェルガン・クロヴァニスタだ」
「お初にお目にかかります、コルリズから参りました、ティアローゼ・リーリエでございます」
フォリス様から紹介を受け、最上級の意を示して膝を深く折り、頭を下げる。
「うむ、クロヴァニスタの王、大魔王フェルガン・クロヴァニスタである。顔を上げよ、ティアローゼ嬢よ」
「はい」
許しを得て、そっと視線を上げて背筋を伸ばす。
「……ほぉ、さすが我が息子」
私を品定めしているのか、じっくりと頭の上からつま先まで見つめられ、再び緊張が身体を巡る。
「ふはははは! よい娘ではないか! ティアローゼ嬢よ、私のことはお父様とでも、父上とでも、好きに呼ぶがいい」
「…………」
「父上!」
突然高らかに笑い、そんなことを口走るフェルガン王に、思わず惚けた声が出そうになるのをぐっと堪える。代わりにフォリス様が制するように声を張った。
「ああ、気が早かったか? すまんすまん。どうぞ、フェルガンと気軽に呼んでくれ」
「……ありがとうございます、フェルガン陛下」
「すまない、ティアローゼ。父上はいつもこの調子なんだ。どうか気を悪くしないでくれ」
「とんでもないことでございます、恐縮です」
「うむ。まずは長旅ご苦労だった。飯の用意をさせている! ゆっくり寛ぐがいい!」
大魔王の大らかな様子に、控えていた従者たちもにこやかに私に笑みを向けてくれた。
……なんだか、思っていたようなところじゃないかも……?
「ところで、は――」
「フォリス――!!」
フォリス様が何か言おうとした。そのとき、背中から彼の名前を呼ぶ女性の声が響いて、一斉にそちらを振り返った。
やってきたのは、とても綺麗な女性。
ふわふわとした長い金髪に、空のように青い瞳。白い肌と、紅色の唇。小柄で可愛らしい、お人形のような女性だった。
思わずみとれていると、女性は嬉しそうに笑って駆け出し、フォリス様に抱きついた。
……え――?
「ああ、フォリス、会いたかったわ」
「ちょ……!」
美しすぎるそのツーショットに、私はしばし惚けてしまった。
けれど、これは……。
魔王であるフォリス様を呼び捨て。フォリス様も驚いているようだけど、拒みはしない。
もしかして、先ほどのシェニルのように、幼馴染なのだろうか……。
ひと月会えなかったことがそんなに悲しく、抱き合ったりするような関係……。
ああ、やっぱり。
私の不安がこんなに早く実現してしまった。
そう思ってしまう反面、こんなに綺麗な人なら仕方がない気さえしてしまう。
「これこれ、キルシェ。客人の前だぞ」
「あ、ごめんなさい」
大魔王すらも、とても親しげに彼女を諭した。
するとフォリス様の首に絡みつけていた腕を離し、私のほうに身体を向けてくれたその女性。
「初めまして、ティアローゼ・リーリエです」
少し動揺したまま、膝を折ってこちらから淑女の挨拶をする。
「まぁ、あなたがティアちゃん?」
「え?」
けれど、女性からは予想外の反応が返ってきて、思わず聞き返してしまう。
「母上、まずは挨拶を」
「あ、そうね」
……ははうえ?
「初めまして、キルシェ・クロヴァニスタです。フォリスの、母です!」
え、え~~~!!?
「お、お母様……?」
「よろしくね、ティアちゃん」
にこり、と可愛らしく微笑むそのお顔は、どう見てもフォリス様とそんなに変わらない若さ。
若い……! っていうか、可愛すぎる……!!
そうか……王妃陛下……つまり大魔王の奥さんなのだから、不老なのね……?
それにしても可愛い。嫌味のない可愛さだ。さすが、フォリス様のお母様……。
「母上、初対面でその呼び方は……」
「あら、ダメだったかしら?」
「いいえ、光栄ですっ」
「よかったぁ。ティアちゃん、思った通りとても可愛い子だわぁ」
ふわふわと笑いながらそう言ってくれるお母様の周りには、お花が浮いているように見える。
……う、この親子……、眩しすぎる。
「……すまない」
目が合うと、フォリス様は何も言えない様子で小さく息を吐いて目を伏せた。
普段から、このご両親に色々と振り回されているのではないかと想像できて、私は笑顔で応えた。
けれど、あんなに緊張していたのに、私の心はすっかり和んでしまっている。
あの、魔族の国クロヴァニスタの、大魔王と大魔王妃を前にしているというのに。
この国に来る前の、この方たちに会う前の印象とはまったく違う。
私はこの二人を一瞬で好きになってしまった。
大魔王フェルガン陛下も、もちろん油断ならないオーラは出ているけれど、従者たちともとても気さくに話している。
従者たちも、心からフェルガン陛下をお慕いしているのだと感じられる。
この大国が、魔物が暮らす国だというのに長年大きな戦争もなく、栄えてきた理由がわかる気がした。