20.魔王城
それから三日後。
クロヴァニスタへ向かうため、私は準備を整えると屋敷でフォリス様の迎えを待った。
父に話が伝わると、予想通りすぐにでも行ってきなさいと、二つ返事で頷かれたのだ。
そして一人では不安だろうからと、私の身の周りのことを専属で任せている侍女のクーナを連れていくことにした。
彼女は母親と共に若くしてこの屋敷にやってきて以来、私がエトワールと婚約した頃からずっと面倒を見てくれている、姉のような存在である。
今回もこの話をしたら、ぜひ自分がついていくと言ってくれた。
「――ティアローゼ、見えてきたよ」
「……わぁ!」
馬車で一日半。
魔王様が使えるという転移魔法であっという間にコルリズ王国を出て、クロヴァニスタへ入った。
それでも途中の町で一泊して、日が暮れる前に王都の街が見えてきた。
窓から顔を出して眺む街は、魔物が暮らしているとは思えないほどに美しく、とてもしっかりと整備されていた。
「疲れただろう」
それからもうしばらく馬車を走らせ、到着したのはとても立派な魔王城。
ここも、人間の国の王城と大差ない……いや、むしろこちらのほうが立派かもしれないとさえ思えた。
フォリス様は先に馬車を降りると、優しくエスコートしてくれる。
「おかえりなさいませ、フォリス様」
城の前で出迎えてくれた、たくさんの従者。
見た目はみんな、人間と変わらない。
「父上はおられるか?」
「はい、お待ちかねですよ」
荷物を持ち、一人の従者が私たちを城の中へと促す。
本当に人間と変わらない、美人さん。黒髪を頭の後ろで綺麗に纏め、背が高くてスタイルがいい。
フォリス様はいつもこんなに綺麗な女性を見ているのね……。
やっぱり、私のどこがよかったのだろうかと、早速不安になってしまう。
「フォリス!」
「シェニル」
すると、前方から背の高い男性がやってきた。
「待っていたぞ。フェルガン様もお待ちだ。ちょうど様子を見てこいと言われたところだ」
「これでも急いで来たんだけどな」
魔王であるフォリス様と親しげに話す男性。
一体どなたかと見つめていると、ふと目が合った。
「彼女が例の女性か」
「ああ、紹介しよう。ティアローゼ・リーリエ嬢だ。ティアローゼ、こちらはシェニル・ダイク。私の側近で騎士長を務めている。私とは幼馴染でね」
「初めまして、ティアローゼ・リーリエです」
「シェニル・ダイクです」
緊張しつつも、膝を曲げてきちんと淑女らしい挨拶をする。
フォリス様の、幼なじみ……。
身長は彼と同じくらいだろうか。
シルバーの短髪に、同色の鋭い瞳。騎士長というだけあって、鍛えられているのであろうがっしりとした体躯。
フォリス様も言ってたけれど、確かに顔がいい……。
「本当は彼女を少し休ませてやりたいんだが……」
「あの方のことだから、きっと部屋にまで会いに行くぞ」
「……だろうな」
はぁ、と溜め息を吐くフォリス様に、おそらく大魔王フェルガン様が早く会いたがっているのだろうと予想するけれど、なぜか彼は気が重そう。
この国の大切な王太子であるフォリス様が、ひと月も国を留守にしていたのだから、早く息子の顔が見たいのだろうというフェルガン様のお気持ちはわかる。
けれど、大魔王に会うということはとても労力を使うのだろうか。それだけ、大魔王というのは圧倒的な存在なのだろうか……?
「私のことはお気になさらないでください」
「……しかし」
「大丈夫ですよ、お父様がお待ちなのですよね?」
窺うように、にこりと笑みを浮かべて言えば、フォリス様とシェニルは顔を見合わせた。
「……そうか、では少しだけ、先に父に会ってもらっていいだろうか」
「はい、もちろんです!」
私の笑顔に、フォリス様も安心したように微笑んでくれた。
それに、まずはこの城の主であり、この国の王に挨拶するのは当然のことである。疲れていようが、それが礼儀だ。
けれど、さすがに少し緊張する。
大魔王フェルガンとは、一体どんな男なのだろうか。
それはそれは恐ろしく、威厳に満ちあふれた人物なのだろう。
緊張しつつも、二人の背中についていくように歩みを進める。
城の奥へと進み、一際大きな扉の前まで来ると、衛兵がフォリス様を見て嬉しそうに笑った。
「フォリス様! 戻られたのですね! おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
フォリス様も笑顔で答えている。
人間の国のような堅苦しさを感じない。
「フェルガン様がお待ちかねですよ」
そう言って扉を開いてくれると、その奥の玉座に、炎のように真っ赤な髪をした大きな男が座っているのが見えた。
パッと見ただけでわかる、そのオーラ。
この方が、クロヴァニスタの大魔王、フェルガン様だ。
そして、フォリス様のお父様――。