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02.蜂蜜色の騎士

 エトワールが最近特に懇意にしている、ロンデール伯爵家の次女、キャネル嬢との決定的なシーンを目撃してしまったのは、その日の夕方だった。


 時間を、場所を、弁えてほしい。


 まだ完全に日が落ちる前に、王城内の客室でなんて。

 しかも扉が少し開いていて、中から聞こえた声につい、エトワールがいるのかと覗いた私の目に〝それ〟が飛び込んできた。


「エトワール様ぁ、愛しています……っ」

「私もだ、キャネル」


 薄っぺらい愛の言葉を囁き合う二人に、嫌悪感しか抱かなかった。


 せめて自分の部屋でしてほしい。せめて、扉をちゃんと閉めてほしい。


 既に悲しいという感情はこれっぽっちも湧いてこない。

 またか、と呆れるだけ。


 そう思っていたけれど、初めてそれを目の当たりにした私の身体はわなわなと震え、怒りなのか悔しさなのか、よくわからない熱いものが溢れてきて、その場から逃げるように走り去った。



 あの男はそういう人だって、知っていたじゃない。

 今更何よ……。


 そう思う反面、心の奥で私の婚約者は噂のような男ではないと、信じたい自分がいたのかもしれない。


「……っ」


 ――やっぱり嫌。あんな人と結婚なんて、したくない。


 ずっと秘めていた気持ちが込み上げてくる。


 滲んだ涙を拭うのも悔しくて、視界がぼやける中、それがこぼれ落ちてしまわないよう上を向いたときだった。


「……っ!」


 角を曲がったときに、誰かとぶつかってしまった。

 大きいから、たぶん男の人。


「おっと」


 弾かれて転びそうになった私の身体は、その人の腕に支えられた。


「すみませんっ……」


 慌てて謝罪の言葉を口にして、正面にあるその人の顔に視線を向ける。


「…………」


 輝くような蜂蜜色の髪に、ヘーゼルナッツのような、深みのある榛色(はしばみいろ)の瞳がよく似合う、とても綺麗な男性(ひと)――。


 見覚えがある。この方は確か国王陛下付きの騎士様だわ。


「すみませんっ!!」

「ああ、これは失礼」


 身体を支えてくれていたために近すぎた距離に、慌てて離れる。


 私がぶつかったくらいではビクともしなかった、引き締まった身体を色を基調とした騎士服で覆っている。

 この国の騎士団のものとは違うけど……。

 国王陛下付きの騎士だから、特別な仕様なのかしら。


「……大丈夫ですか?」

「はい、ちゃんと前を見ていなくて」

「あなたがそんな顔で歩いていては、お父上が悲しみますよ」


 少し素っ気ない口調でそう言うと、彼はすっとハンカチを差し出した。


「え……?」


 ぶつかった拍子にとうとう涙がこぼれてしまっていたらしい。

 頬に触れると、そこは濡れていた。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


 言い方は少しぶっきらぼうで、その表情に笑みはない。

 けれど差し出されたそのハンカチを素直に受け取り、涙を拭う。


「……あなたはいつも堂々としていて、とても気丈な方のはずだ」

「え?」

「いつも見ていますよ、リーリエ侯爵の隣で」

「あ……」


 そうか、アグソリュート・リーリエ侯爵――私の父は宰相だから。

 この方は父と共に陛下に付いている。昔は見ない顔だったけど、最近役職に就かれたのだろうか。


「あの、これ……ありがとうございます。洗ってお返ししますね。ええっと……」

「フォリスです」

「……フォリス、様?」


 ツン、とした口調でファーストネームだけを述べる騎士に、そうお呼びして失礼じゃなかっただろうかと小首を傾げてみるけれど、特に反応はない。


「……ティアローゼ・リーリエです。どうぞお見知りおきを」

「あなたのことはよく知っていますよ」


 膝を折り、改めて挨拶してみた。

 けれど、フォリス様は表情を変えずにさらりとそれだけ言った。


 蜂蜜色の髪が揺れて、冷たい表情なのになんだかとても眩しい。


 それにしてもよく知っているとは、父は仕事仲間に私の話をしているのだろうか。恥ずかしいからやめてほしい……。


「それはお気になさらないでください。よろしければ差し上げます。いらなければ捨ててください。それでは、私はこれで」

「あ……」

「ああ、それから」


 終始淡々とした口調で語りながら、フォリス様は立ち去り際、もう一度だけ私に向き直った。


「あなたにもいつか、必ず幸福が訪れますよ」

「……」


 何を根拠に言ったのかはわからない。その表情に、やはり笑みはない。

 けれど淀みのない言葉に、私の心は少しだけ軽くなった気がした。



 そうね、私は王太子妃になるのよ。こんなことくらいで泣いていちゃ駄目よ。


 そう思い、しっかりと前を向いて自室へ向かった。




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