17.魔王の目的
「フォリスにも、愚息が迷惑をかけたな」
「いいえ、私はむしろこうなってよかったですから。まぁ、今までの行いは褒められたものではなかったようですが。特に、ティアローゼを傷付けたこと。私が怒っているのはそれだけです」
婚約が白紙になって本当によかった。フォリス様はそう言って出された紅茶を一口飲んだ。
「うむ……。フォリスに言われてすぐ調査に取りかかっていたが、彼奴があそこまで愚かだったとはな。二人の婚約解消の手続きも滞りなく進められている。安心してくれ」
「では、すぐにでも私のほうから正式にティアローゼへ婚約の申し込みをさせていただきます」
「……!」
その話になり、ドキリと胸が跳ねる。
というか、今〝フォリスに言われてすぐ調査に取りかかった〟って言った?
「あの……」
「なんだ?」
「フォリス様に言われて調査とは、一体……」
恐れ多くも、おずおずとその疑問をお二人に問いかける。
けれど真っ先に答えてくれたのは、陛下の後ろに立っていた父だった。
「実はな、フォリス殿下は以前からエトワール殿下の女癖の悪さを見抜いていたのだよ」
「え?」
「ティアたちの世代では噂になっていたようだね」
「ええ……」
「それに、あの夜もエトワールの話をしていたところだったんだ。なんでも、ついにこの王宮内にまで女性を連れ込んでいたとか……」
やれやれ、と溜め息混じりに続けた陛下に、フォリス様は「んんっ!」と胡散臭い咳払いをした。
まぁ、もうしっかり聞こえていたので、遅かったけれど。
「とにかく、フォリス殿下にならティアを安心して任せられる。彼は私にそう思わせてくれたんだよ」
にこにこしながら、父は改まって言った。
フォリス様は真面目できちんと筋を通される方なのだろうと感じた。それに、あの日フォリス様の前で涙を流してしまったから……。気にかけてくださったのかもしれない。
「私はそんな噂がある男とティアローゼが結婚することに納得がいかなかったんだ。でもすべてが明らかになってよかった」
そう言って、フォリス様は私のほうを向いて微笑んだ。その頬は少しだけ赤く染っている。
「……」
こんなハンサムな方の照れた表情なんて、見慣れていない……。
吸い寄せられるように思わず数秒見つめて、父と陛下からのニヤニヤした視線に気がつき、ハッとして顔を背ける。
うう……、なんて雰囲気を出してしまったの……、恥ずかしい。
そんな私の心情などお構いなし、と言うようにこの二人は「うんうん」と楽しそうに頷き合っている。
「ところでティア、屋敷へは今日戻るのだろう?」
「はい、支度も整いました」
父の問い答えると、陛下と顔を見合わせて頷く二人。
「では、フォリスに送ってもらうといい」
「そんな、屋敷から馬車を呼びますので。フォリス様は視察のためにいらしているのですから、お忙しいでしょう?」
陛下の言葉に、恐れ多いことだとお断りの言葉を述べた。けれど、なぜか陛下と父はふっと吹き出すように笑みを浮かべた。
「それは君を捜すための口実だったのだよ」
「……!!」
にぱにぱと、素敵な笑顔を浮かべている陛下の後ろで、父も「うんうん」と大きく頷いている。
「私を捜すため……ですか?」
隣に座っているフォリス様にもう一度視線を向けると、彼は「あー……」と言葉を詰まらせた後、照れくさそうに口を開いた。
「そう。前にも言ったが、今回は大魔王に言われて君を捜しに来たんだ。だから目的はもう果たしている」
「そうだったんですか?」
お父様に急かされたという話は聞いたけど、まさか目的がそれだったなんて。じゃあ、本当は早く国に帰りたいのだろうか。
きっと魔王様だってそんなに暇じゃないはず……。
「大丈夫、焦らせる気はないから安心してほしい。だが、もしよかったら屋敷までの時間を私にいただけないだろうか」
「……それは」
もちろん、私は構わない。むしろ、フォリス様のことをもっと知りたいと思うから、喜ばしいことでもある。
「ですが、フォリス様の貴重なお時間をいただくわけには……」
「……ティアローゼ」
視察が本来の目的ではなかったにしろ、せっかく来たのだから多少なりとも他国の王子として学んでいくこともあるだろう。そう思ったけれど、フォリス様は改まったように私に身体を向けた。
「今の私に一番大切なのは、あなたと過ごす時間だ。そのためなら寝る間だって惜しまない」
「……フォリス様」
まっすぐな視線に、ドキリと胸が高鳴る。
本当に、こんな気持ちにさせてくれるのは彼だけだわ。
「……そういうことだ、ティア」
「はい……、ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」
フォリス様のそんな様子を見て、父はとても嬉しそうに言った。
ほんのりと目尻に涙を浮かべているような気がするけど、母のことでも思い出したのだろうか。
それにしても、こんなに素敵な友好国の魔王殿下が私なんかに求婚してくれているのだから、本当は早くお返事をしなければならないのだろう。
というか、エトワールとの婚約が決まったときのように、本来断るという選択肢はない。
フォリス様だっていつまでも他国でのんびりしているわけにはいかないだろうし。
それでも私を焦らせないように穏やかに笑ってくれているフォリス様のお顔を見ていると、いっそ強引に決めてほしいとさえ、思ってしまった。