15.夢の中の王子様
いやいやいや、そんな重要なことをなぜ十年も前の子供の頃に行ったのよ……!!
ちゃんと言っておいてよ……!!
知っていたら、エトワールとは婚約していなかった。
「……」
涼し気な顔でいるフォリス様に、文句の一つでも言いたくなる。
まぁ、伝えられていたとしても私の判断でエトワールとの婚約を断れたかはわからないけれど……。
それとも、未来の魔王様に見初められました。とでも言っておけば大丈夫だっただろうか?
というか、そもそも一方的にその儀を行っちゃうなんて、子供の頃のフォリス様って意外と強引だったのね……?
今はとても紳士的で、すごく格好いい大人の男性に成長しているフォリス様を見つめながら、なんと言葉を返したらいいのかと、頭の中を色々な思いが巡った。
つまり、私はフォリス様と結婚するしか道がないということよね? 重圧が重すぎる……!!
友好国や自国すらも危険にさらすことなんて、できるわけがないのだから。
「……」
そんな思いでフォリス様を見上げるけれど、彼はただ穏やかに私を見つめているだけ。
大魔王になれるかなれないかの瀬戸際だというのに、随分と余裕を感じる。
もしかして、本当は大魔王にならなくてもこの方は十分強いのではないだろうか……。
それすら疑ってしまうけど、そんなに嬉しそうな顔をされると責めることもできない。
その甘い視線に耐えられず、私は目を逸らして思案した。
……困ったわ。でも、不思議と嫌ではない。
どうして勝手にと、責めたい気持ちはあるけれど、フォリス様が十年も前に私を選んでくれていたことが純粋に嬉しかった。
それに今も、契りの儀を行った相手だから仕方なく私を妻にしようとしているだけではないのだと、気持ちが伝わってくる。
彼はただ一途に私を想ってくれているのだと、感じる。
「……そうだね。俺はずるいね。でも――」
けれど、彼は私の心情を読み取ったみたいに静かに呟いた。
「優しい君がそれで仕方なくでも俺と結婚してくれるなら、絶対に後悔はさせない」
「……――――っ」
また口調が変わり、少し悪戯っ子のような、でも色気のある笑みを浮かべるフォリス様に、かっと顔に熱を持つ。
どうして〝王子〟という生き物はこう、自信家なのか。
けれど、その重みはエトワールとは全然違った。あんなに薄っぺらくはなく、なぜか説得力を感じる。不思議と信頼できてしまうのだ。これも魔王の力なのだろうか……。
「君が結婚してくれなきゃ困る。そう言ったら、一緒に来てくれる?」
「……そんな……」
ずるい。言葉通り困ったように眉を下げて顔を覗き込まれた。
そんな顔されたら、断れないじゃないですか。
「…………」
自分の顔が赤くなっているであろうことに気がついて、さっと下を向く。
「……すまない、困らせてしまったな」
けれど、フォリス様は私の頭上でふふっと笑い声を漏らした。
「……からかってます?」
「ごめんごめん、君が可愛いから」
「……」
謝罪の言葉を述べながらも、悪びれている様子はなく、楽しげに笑みをこぼすフォリス様。
「ゆっくり考えてくれていいよ。怒ってこの国を滅ぼしたりしないから。だって君はきっと私と来てくれる」
「…………」
そう言って無邪気な笑顔を見せるフォリス様に、返す言葉が見つからない。
だって否定できないのだから。
たぶん私は国のために仕方なく結婚するわけではなく彼について行く。それは自分でもわかった。
もうこんなにも彼に、惹かれているのだから。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休んで」
「……はい、そうします」
「私の夢を見てね」
「………」
本気なのか冗談かわからないけど、くすりと微笑みながらそんなことを言うフォリス様に、私の心臓はもう耐えられそうにない。
それに、子供の頃から何度も彼の夢を見てきた私には、それを否定する言葉が出てこない。
「おやすみ、ティアローゼ」
「……おやすみなさい、フォリス様」
今度こそ本当にさよならをして、私はようやく自室のベッドに倒れ込むことができた。
「…………」
フォリス様が、夢に見てきた理想の王子様だった。
「どうしよう……」
胸が高鳴って、熱い。とてもドキドキする。
それに、素直に嬉しかった。
ハンカチを借りたあのときにときめいてしまった方が、私の王子様だったなんて。
それも、男性にあんなにまっすぐに見つめられたのは初めて。
「……」
左胸の痣を見てみると、それはいつもより少し濃くなっていた。よく見ると、薔薇のような形をしていることにも気がついた。
「……フォリス様のものだという、証……」
額にキスされて、身体が熱くなったときのことを思い出す。
触れられた肩にも、繋いだ手にも、彼の温もりが残っているよう。
気になるのは、彼が魔王であるということ。
魔族の国で、人間の私がうまくやっていけるのだろうか。
それだけが少し気になる。
「とにかく今日はもう寝よう……」
疲れた。今日はとても長い一日だった。
そう思い目をつむるけど、私はなかなか寝つくことができなかったのだった。