13.彼の確信
「ですが、私は人間で……!」
「構いません。魔王の相手に種族は関係ないのです」
人間の寿命は短い。だが、契りの儀を最後まで行えば、その寿命は魔王に合わせて伸ばされる。
彼女と添い遂げることができるのだ。
「私たちは人間ほど欲深くはありませんよ」
ちらりとエトワールに目をやってから、再びティアローゼ嬢に向けて微笑む。
「――ですが、あなたは欲しい。攫っても?」
それも、本心である。もし断られても、私の父である大魔王フェルガンはそうしてこいと命じるだろう。
だが、できればそんなことはしたくない。
きちんと彼女の意思で、ついてきてほしい。
そんな気持ちが伝わるよう、精一杯の誠意を込めて見つめる。
「え……っと」
「ふっ……さすがに突然すぎましたね。ですがぜひ、考えてみてください。私はもう少しこの国に滞在する予定ですので」
困惑しているティアローゼ嬢にそう言って、国王に「ですよね?」と笑いかける。
「うむ。挽回したい。ぜひ時間の許す限り、我が国を見ていってほしい」
「その間に、あなたの不安はすべて取り除こう。なんだったら一度我が国へ招待しましょうか?」
彼女が安心してくれるのであれば、なんでもしよう。
心からそう思った俺は、もう自分の相手には彼女しかあり得ないと決めた。
なんとしても彼女を連れて帰ろう。
そう決心して、その場が収まった頃、彼女を部屋へエスコートする役を買って出た。
「――助けていただき、本当にありがとうございました」
「いいえ、黙っていられなかったんだ。あなたがあんな目に遭わされているのは」
「……」
ティアローゼ嬢を部屋へ送る間、彼女はちらちらと何度も俺の顔を窺うように視線を向けてきた。バレていないつもりなのだろうか?
つくづく可愛い女だと、笑みをこぼさないようにするのが大変なほどだった。
しかし、あのときの少女がこれほど素敵な女性に成長しているとは……。
彼女を一目見たときから、そうではないかと、そうであればいいと、願っていた。
再会するまでは、どんな女性に成長しているのかとても不安だったが、それは杞憂だった。
やはり俺は、彼女に惹かれるようにできているらしい。本当によかった。
運命というものはあるのだなと思い、小さく笑う。
しかし、彼女の胸に見えた印を、もっときちんと確認したい。おそらく彼女で間違いないだろうと今は確信しているが、それでもこの目で確かめておきたい。
彼女の部屋の前に到着したところで、俺はもう一度ティアローゼ嬢に向き合って口を開いた。
「ティアローゼとお呼びしても?」
「はい、クロヴァニスタ魔王殿下」
「やめてくれ、フォリスでいいよ。あなたにはぜひそう呼んでいただきたい」
「はい……フォリス様」
急にかしこまられて、思わず笑ってしまう。
そんなことですらも胸がくすぐられる。
どうやら言葉を交わせば交わすほど、彼女を好きになってしまうようだ。
「ティアローゼ」
「はい」
「先ほどは突然すまなかった。けれど私の気持ちは本物だ。私との結婚、ぜひ前向きに検討していただきたい」
「……フォリス様」
真摯に見つめてそう告げると、ティアローゼはほんのりと頬を染めて口元に笑みを浮かべてくれる。
「ありがとうございます。フォリス様のお気持ち、大変嬉しく思います」
可愛い笑顔だった。昔の記憶が蘇ってくる。
そうだ、俺は彼女のこういう表情に惹かれていったのだ。
あのときも……。
思い出せば出すほど、契りの証を見たくてたまらない気持ちになっていく。
早く確認したい。
彼女が俺のものだという証を――。
「こちらも、本当にありがとうございました」
そう思って堪えていると、ティアローゼは俺が貸したマントを脱いだ。
そのゆっくりとした動作に待ちきれず、俺はマントを彼女の肩から払い落としてその華奢な肩を掴んでしまった。
「……っ、フォリス様!?」
「…………」
開かれた夜着の胸元に、うっすらと赤い花が咲いている。
やはり薄い。よく見なければ痣程度にしか思えないようなものだった。
しかし、それは確かに俺が思い描いた薄紅色の薔薇の花。
「ああ……やっぱりあなただ」
「え……?」
歓喜に震えそうになった。
見つけた。見つけ出したのだ、俺が契りを交わした、あの少女を。
それも、こんなに魅力的な女性になっていた。
「……っ!」
試しにティアローゼの額に口づけて、魔力を送り込んでみる。
すると彼女の薔薇の印は、主を待っていたかのように力強く輝き、濃さを増した。
「ほら……やっぱりあなただった」
「え……?」
「迎えに来たよ、ティアローゼ」
「……」
こんなに喜ばしいことが人生にあるとは、知らなかった。父上には感謝しなくてはな。
そう思いつつ、ティアローゼの綺麗なブルーの瞳を見つめる。
「思い出した? 俺のこと」
昔と同じような口調で彼女に問いかける。
そうするとティアローゼは、ハッとして俺を見つめ、遠い記憶を呼び起こすように目を見開いた――。
これにて出会い編終了です。
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