12.彼の求婚
この場を収められるのはもう自分だけだと思ったのだろう。
頭の悪い息子を持つと、親は大変だな。
「ど、どういうことですか、父上! 私の話を……!」
「この方のお顔すらわからずに無礼を働くとは、おまえのほうがよほど恥を知らぬな」
「っ!?」
「おまえは過去にも会っているぞ。この方は隣国クロヴァニスタの、魔王フォリス殿下である」
はっきりと放たれた言葉を聞き、エトワール王子はようやく驚愕の色を浮かべて俺を見つめた。
「なんだって!? クロヴァニスタの、魔王……フォリス殿下……だと?」
「彼の父上である大魔王フェルガンには非常によくしてもらっている。彼は私の友人でもある。此度はそのご子息が身分を隠し、お忍びで我が国に視察に参られていたのだ」
国王の言葉を聞いても尚、エトワールは信じ難いと言うように表情を歪めるだけだ。
「そんな……っ嘘だ……」
「嘘ではない。おまえは友好国であるクロヴァニスタを危うく敵に回すところだったのだぞ。その意味がどれほど重いか、わかるか」
「しかし……っ!」
王にここまで言わせても食い下がり続ける王子に、俺は「もう黙れ」と言うように威圧を放った。
人間にはあり得ないそのオーラを受け、さすがに納得せざるを得なかったのか、ようやくバッと頭を下げるエトワール。
「……っ申し訳ございません!! 気がつかなかったといえ、大変失礼なことを……!」
「謝るのは私にではないだろう? もっと酷い目に遭ったご令嬢がいるのではないのか」
「……っ」
この男は、どこまでも愚かだ。どうせ俺が怖くて謝っただけなのだから。
「酷いことをした……すまない……!」
「……いいえ」
しかし、ようやくティアローゼ嬢に身体を向けると、深く頭を下げて詫びの言葉を口にした。
本当に反省しているのか疑わしいが、その肩は小刻みに震えていた。
少なくともそのご自慢の高い鼻をへし折ることには成功しただろう。
「我が国に張られている結界や人間の技術等を学んでいただくつもりが……、愚かな側面を見せてしまったようだ」
王は静かに、威厳のある声で言った。
「我が国の恥さらしめ」
「……っ」
エトワールは頭を下げたまま聞いている。
「おまえの王位継承権は剥奪する。正式な処分が降るまでは大人しく自室で待機していろ」
「……はい」
「それと、女性を部屋に連れ込んだりせぬように。見張りを立たせるからな」
「……っ、仰せのままに」
国王はエトワールを一瞥したあと、俺たちの前まで歩いてくると頭を下げて再び謝罪の言葉を口にした。
王子の行いにより、ティアローゼ嬢がどれほど傷つけられていたのか、それは徹底した調査により明らかになったところだ。
しかし、これは俺にとっては好都合、まさに僥倖であった。
「――そうか、婚約は解消されたのですね?」
「え……?」
なぜならばティアローゼ嬢こそ、十年前に俺が契りの儀を行った少女だからだ。
隣国の王子の婚約者ならばさすがに奪うことは難しかったが、婚約は白紙になるらしい。
であれば、俺がいただいても構わないはずだ。
「あなたならきっと私の国でもうまくやっていけるだろう。どうか、私と一緒に来ていただけないだろうか」
「え……?」
「なんと……!」
突然の申し出に、ティアローゼ嬢は困惑の表情を浮かべた。
それでもここで言っておかなければ。そう思い、彼女をまっすぐに見つめる。
「どうか、私の妻になっていただきたい」
「…………えええっ!!?」
「あなたのことはずっと見ていた。婚約者にどれほど傷つけられても気丈に振る舞うその姿は、誰よりも美しく、気高かった。私はあなたに惹かれているのです。どうか、私と結婚していただけませんか?」
それは、本心だった。
エトワールの婚約者であったティアローゼ嬢にこんな感情を抱いてはいけないと自分を戒めていたが、それがなくなった今、この気持ちは溢れてくるばかり。
こんなに喜ばしいことはない。
すぐには信じてもらえないことは覚悟している。
だが、じっと彼女の瞳を見つめていると、その頬がほんのりと赤く染っていった。
これはもしかしたら、少しは期待してもいいのかもしれない。
そう思って彼女に小さく微笑みを残し、エドライド王とリーリエ侯爵に身体を向ける。
「突然申し訳ない。陛下、リーリエ侯爵、ティアローゼ嬢への求婚を、お許しいただけますか?」
「それはもちろん……愚息との婚約は白紙にする。我が国にとってクロヴァニスタと更なる縁ができるのなら、私に異論はない」
「私もです。しばらく共に過ごしましたが、貴殿のようなお方なら今度こそ安心して娘を任せられる」
国王も彼女の父親も、この求婚を快く承諾してくれた。
結婚すれば彼女はこの国から出ていかなければならないことになるのだが、安心だ。