【青になった世界 ゲームブック 本文1】
「真っ青なカットが、必ず入っているんだ」
ペットロボの試作機が、作り出す映像を解析していた私は、向かいの席に座っている同僚のアオイに話しかけた。顔を上げたアオイがこちらを見る。
「どのぐらい」
「ワンカットだけ」
「前にもそんなこと言ってたな。ゴミデータと見間違えただけだろ。疲れてるなら、ユキもそろそろ帰ったほうが、良いんじゃないのか。他のやつはもう帰ったぞ」
「いくら疲れてても、こんな青い画面は、見間違えようがないでしょ」
私は苦笑する。ココアを飲もうとして伸ばした手を止めた。水面が小さく波打つ。遅れて地面を突き上げるような振動と、大きな横揺れに襲われた。
「また地震か」
揺れている間、飛び散るココアが、キーボードにかからないように、マグカップにコピー用紙で蓋をする。慣れたものだ。少しぐらいの揺れでは、動じなくなっている。
「今日のは結構でかいな」
揺れが収まると、アオイがテレビをつけた。地震速報のテロップが流れている。震源は隣のMG区で震度5弱。この辺りは震度4というところだろうか。
いつの間にか隣にアオイが立っていた。
「ほんと多いよな、最近」
「そうだね」
そう言いながら私は?
飴を手に取った …… 8へ
チョコレートを手に取った …… 13へ
ラムネを手に取った …… 46へ
ナイフを手に取った …… 71へ
そう言いながら、私は机の上に置いてあるチョコレートを手に取った。
脳が働かなくなった時の糖分補給として、研究員はお菓子を常備していることが多い。私の場合はチョコレートを好んでいたが、人によっては飴やラムネだったりと様々だ。
「俺にもくれよ」
アオイも同じチョコレートを口にした。
普段は虫歯になるからと、お菓子はほとんど食べないアオイだが、地震の後だけは口にする。心を落ち着けようと無意識のうちに甘いものを摂取しようとしているのかもしれない。
アオイは私の手から、包み紙を取り上げると、自分のゴミと一緒に丸めて、ゴミ箱に投げた。一発でゴールが決まる。背も高いし学生時代は、バスケットでもやっていたのだろうか。狙いを定めるときの、腕のスナップの利かせ方が経験者のそれだ。
アオイがポツリと言う。
「うまいな、このチョコ」
「そんなに気に入ったのならあげるよ」
私は引き出しに入れてあった、ストックを袋ごと渡した。
「いや、そんなにいらないし」
アオイは困ったような顔をしながらも、チョコが大量に入った袋を受け取った。
「で、その青いカットのせいで、ユキの作業は止まってるってことか」
「そりゃ、関係ないものが映ってるのは、マズいでしょ」
「再現性は」
「自分では再現できない」
「お手上げだな」
私たちが研究しているのは、まだ世に出ていない最新鋭のペットロボだ。飼い主の脳波をトレースして、精神的にサポートすることを目的として作られている。
その理論はアニマルセラピーを発展させたもので、ナノマシンと連動させる予定になっていた。精神的に疲れている飼い主に、快適な夢を提供し、トラウマ解消などの医療的な処置も可能とする、画期的な機能を搭載することになっていた。そのペットロボが作り出す夢の映像に、青いカットが混じっているのだ。
私は大きなため息をついた。
「この青い映像って、やっぱり地震に関係あるんじゃないかと思ってるんだけど」
アオイが眉をひそめた。
「行き詰まったあげくに、とうとうオカルトに目覚めたのか」
「そういうんじゃないよ。データを解析したら、明らかに地震発生時間と、青い映像が録画された時間が合致するんだ」
最近地震が多発するようになってから、データ解析の映像に、青いだけで何も写っていない画像が混じっていることが増えた。しかもそのタイミングは、ほとんどが地震発生の前後に集中しているのだ。
私は集計したデータをアオイに見せる。偶然とするには、あまりにも重なり合っているグラフを見て、アオイは顔をしかめた。
「なるほど。当てずっぽうじゃないってことか。で、それを言い訳にすれば、納期が伸びるとでも」
アオイは小さく笑った。嫌味を言わせたら多分この研究所では一番だろう。そのせいで皆に煙たがられているのも知っているはずだ。だが根は悪いやつではない。論理的なだけなのだ。実際に自分では、どうにもならない現象で、堂々巡りをしている時間的余裕はなかった。
「わかってるよ。部長にそんなこと説明したって、意味がないってことぐらい」
「だったら、早く世界最高レベルをお安く搭載できる、奇跡のシステムってやつを完成させてくださいよ、ユキ博士」
アオイは肩をぽんと叩く。彼なりの葉っぱのかけ方なのだ。同期として、同じ研究室に配属されてきてから、もう一年になる。最初は空気を読まない物言いに、カチンとくることも多かったが、その時々で最善の策を選ぶために、必要なことを言っているだけだと気付いてからは、ほとんど腹も立たなくなった。
私がチョコを、もう一つ手にとって口に含むと、アオイも同じものを口にした。もし今私とアオイの脳波を計測したら、同じようにシンクロしたパターンをはじき出すのだろうか。
吊り橋効果は、危険な状況を一緒に経験したら発生する心の現象だが、美味しいものを誰かと一緒に食べているときのほうが、幸福感を強く感じる現象は、何効果というのだろう。
いつもより幸せなはずなのに、漠然とした不安が消えない。その不安は日に日に大きくなっていた。私は頬杖をついて小さなため息をつく。気が滅入っているときは、頬杖をつけと言ったのは誰だったか。
確か昔に流行った漫画のキャラクターだった気がする。顎をのせるだけで『役に立つのが嬉しい』と喜べるほど、私の腕が素直だったら、こんなに悩まないで済んだかもしれない。
「最近思うんだ。本当にこの世界って存在するんだろうかって」
もしかしたら私たちは誰かに作られた?
データみたいな存在 …… 154へ
能力者みたいな存在 …… 27へ
青い豚人みたいな存在 …… 99へ
観察ロボットみたいな存在 …… 263へ
「もしかしたら私たちは、誰かに作られた青い豚人みたいな存在なんじゃないのかとか」
アオイが吹き出した。
「なんだ知ってたのか。そうだよ、俺たちは青い豚人なんだ」
気がつくと、私は青い部屋にいた。変な匂いがする。吐き気がしそうなほど臭かった。
「不思議に思ったことはなかったか。どうして豚は、人間によく似た皮膚や内臓をしているのか。古代文明で繰り返された品種改良の名残なんだよ」
アオイの声は聞こえるが姿が見えない。
「人類は禁忌を犯したんだ。美味しい肉を作りたいという欲望を満たすためだけに、人間の遺伝子を組み込んだ豚を作り出した。結果生まれたのは、青い目をした豚だ。世界一美味しい肉は、開発者たちに『青い豚人』と呼ばれていた。それが俺たちなんだよ」
ゴーグルのようなものを外されると、青い部屋だと思っていたのは、豚の家畜小屋だった。視野が低い。まるで地面に這いつくばっているみたいに。
「ユキ、知ってるか。人はなぜ物語を欲し、絶望したがるのか」
「……何の話をしてるの」
「俺たちに物語を見せるのは、肉質が良くなるからだ。絶望すればするほど、良い肉になるらしい。俺の元になった遺伝子の持ち主は泣き虫で、すぐに絶望する人間だったみたいだな。おかげで俺の肉はA5クラスで売れるらしいよ」
家畜小屋には、青い目をした豚が並んでいる。アオイの声が聞こえていたのは、目の前にいる豚からだった。
「お前の出荷は明日だ。一緒に処分してもらえなくて残念だ。さようなら、ユキ」
アオイが荷馬車に詰め込まれ、遠ざかっていくのを見ていることしかできなかった。
【バッドエンド 13】