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嫌味女子は知っている

 リニアが水上に出る瞬間、気圧の変化で窓が揺れた。耳の奥が痛い。私は鼻をつまんで唾を飲み込むと、窓にへばりつくようにして外を眺めていた。


 永遠に続きそうな海底トンネルを抜けると、外は青い世界だった。


 青空から伸びている天空タワーが見える。地上に向かって逆さまに生えている超高層ビルは、上空5万kmにある小惑星から吊り下げられていた。ネットで見ていた映像とは全然違う。空と海と天空タワーのすべてが大きかった。


「……すごいな」


 うっかり声に出してしまったのかと思ったが私ではない。


 犯人は前の座席にいる、黒いスーツ姿の美少女だ。切れ長の緑眼、透き通る白い肌、アンティークドールのように整った顔立ちをしていた。腰まである銀色の長い髪を後ろで縛っている。灰色猫が人間に化けているのではないか、と思わせるぐらいに現実味がない。御伽の国の住人みたいに神秘的なオーラを醸し出していた。


 美少女は窓にかじりつくようにして、真剣な表情で天空タワーを見上げている。この日をずっと心待ちにしていたのだろうか。彼女が夢中になるのも無理はない。私だって昨日は眠れなかった。


「やはり人間は頭がおかしいな。あんなものを作るなんて」


 流暢な世界共通言語だった。今年から高校でも必須科目になった新しい言語だ。


 彼女の視線が横に流れた。私は慌てて、窓に張り付くのをやめて、席に深く座りなおした。彼女を観察していたと悟られるのも嫌だったし、彼女と同じように外の風景を見て、興奮していたと思われるのが恥ずかしかったからだ。


 巻き取り式の携帯端末のシートを広げて、画面のブラウザを見ていた振りをする。鼻から少しずれたARグラスを指で直した。左のレンズ部分に『到着まであと五分』という表示がポップアップされている。


 彼女は座席の背もたれの上に、ぐいと顔を出した。


「こんにちは、僕はアッシュです」


 彼女は世界共通言語のほかに、いくつかの言語を切り替えて挨拶を繰り返した。一人称を間違っている気がするし、最初は眼鏡型のARグラスが、翻訳をミスっているのかと思ったが、どうやらわざとやっているようだ。


 十種類ぐらいの挨拶を聞いて、根負けした私が「何か用ですか」と答えると、アッシュと名乗った美少女は、日本語を使って話しかけてきた。先ほどの挨拶は、私の母国語を確認するための作戦だったのかもしれない。


「天空タワーに行くつもりか」

「そう……だけど」


 できるだけ興味がなさげに返事をした。


 一瞬、ARグラスに真っ青なカットがちらついた。いつもなら初対面の相手が話しかけてきた場合は、顔や声を自動で認識し、犯罪履歴と照合して、危険な人物でないかどうかが表示されるはずだった。だが、その処理が飛んでブルースクリーンになった。どうも最近調子が良くないようだ。新しく買い換えたほうが良いのかもしれない。


 さすがにこんなところに、凶悪犯が紛れ込んでいるとは思えないが、危険度のわからない相手とは、接触しないのがセオリーだ。もう話しかけるな、というオーラを出しているつもりなのに、彼女は話を続ける。


「年はいくつ」


 根掘り葉掘りと探りを入れてくるのが、まるで尋問されてるみたいだ。無視したくても狭い車内では逃げ場がない。しばらく黙っていたが、答えを聞くまで、相手は引き下がりそうにない。まっすぐに見つめられることに耐えきれず、つい返事をしてしまった。


「……十五」

「僕と同じだな」


 少しだけ驚いた。同じ年にしては、大人びている。下手をすれば大学生ぐらいにも見えた。


「とてもそうは見えないだろう。よく老けていると言われるんだ」


 自分の考えていたことを、見透かされたようでドキリとする。


 彼女は、私の胸元に付けられたワッペンをじっと見ている。『世界に影響を与える学生ベスト100』に選ばれた者に与えられる証だ。世界十位の称号を与えられた私のワッペンには『10』という数字が刻まれている。


「十五歳で十位に選ばれるなんて、ずいぶん優秀なんだな」


 毎年選ばれる学生のほとんどが、大学生で占められていた。私のように十五歳で選ばれるのは珍しいらしい。だが、彼女が着ている黒いスーツの胸元には『1』という数字が刻まれたワッペンがついている。世界一位の称号をもっている相手に、優秀と言われると、わざと褒め殺しでもしようとしているのかと勘ぐってしまう。


「嫌味で言ってるの。それとも遠回しに自分を褒めたいだけとか」

「悪い。他意はないんだ。まだ慣れていなくてね。今の僕はそうだったな」


「今の僕?」

「いや、こちらの話だ。その案件については、君は気にしなくていい」


 同学年の割に喋り方は、社会人みたいに堅苦しい。共通言語にあまり慣れていないのだろうか。話し慣れていない言語をしゃべるときは、ARグラスでガイドを出すこともできるが、彼女は装着していない。仕立ての良さそうなブランド物のスーツを見る限り、ARグラスを買えない貧民層というわけではなさそうだ。


 世界中の主要な街では、犯罪防止の目的で、ARグラスの装着が義務付けられている。今時、ARグラスもつけずに外出するなんて、犯罪に巻き込んでくださいと言っているようなものだ。非常識でナンセンスだと言われても仕方がないが、規格外で普通ではないほうが、彼女には似合っている気がした。


「どこから来たんだ」

「……オルシェ」


「経済特別自治区だな。セレブな生活を堪能しているというわけか」

「保護者がお金を持っているだけで、私は普通だから」


 一年前に起きたテロ事件で、家族を失い孤児になった。引き取られた先が、経済特別自治区に住む富豪の家だったというだけだ。去年までは、過疎区域の孤島でひっそりと暮らしていたせいもあって、自分がセレブだと言われると未だにしっくりこない。


 彼女は窓際のテーブルに目をやった。


「それ、いらないなら僕にくれないか。ミルクは昔から大好物なんだ」


 車内食のサービスとして配られた、サンドイッチの空袋と、手をつけていない牛乳パックが置かれたままになっている。しぶしぶ牛乳パックを渡すと、彼女はすぐにストローを突き刺し、あっという間に飲み干した。


「君はチョコレートは好きか」

「……好きだけど」

「なら良かった。これはミルクのお礼だ」


 空のパックと一緒に、携帯用のチョコを渡された。


「君はトマトジュースも嫌いなようだが、好き嫌いをしているから、大きくなれないんじゃないのか」

「え?」


 どうして私が牛乳だけでなく、トマトジュースも嫌いなことを知っているのか。困惑して黙っていると、彼女は質問を続けた。


「天空タワーで、君は何をするつもりだ」

「別に、何も。交流会に呼ばれたから行くだけだし」


 毎年『世界に影響を与える学生ベスト100』に選出されたメンバーのうち、上位十人は表彰式を兼ねた、交流会に招待されることになっていた。今年の開催地は、空に浮かぶ天空タワーだ。旅費も滞在費も、相手が負担するVIP対応を、わざわざ断る人間はいない。


 小さい頃から完成を心待ちにして、ずっと行ってみたかった、天空タワーに招待されるなんて夢のようだった。だがそんな気持ちを見ず知らずの女子に、話すつもりなどなかった。


 彼女は窓の外を見ながら、目を細めた。


「僕はすべてが終わったら、絵を描きたいんだ。ある人が叶えられなかった、ささやかな夢があってね。楽しみだ。天空タワーから見る青い地球は、きっと綺麗なんだろう」

「普通……なんじゃない。ネットで見る写真や映像と変わらないよ、きっと」


 アッシュはクスッと笑った。


「そういうのは格好悪いな」

「は?」


 私はイラッとしながら彼女を睨んだ。


「僕と同じように、窓の外を眺めてたくせに」

「そんなこと……別に」


 アッシュは私の顔をじっと見た。


「どうでもいい嘘をつき過ぎると、自分の心が行方不明になる。いつか心がフラットになって、死ぬ羽目になるぞ」


 心の奥底まで見透かされてしまいそうなほど、強い瞳をしている。母と一緒に住んでいた孤島で見かけた、灰色猫の緑眼と似ていた。


「夢だったんじゃないのか。天空タワーに行くことが。なのにどうして今さら『私は宇宙なんて興味ありません』みたいな顔してるんだ。バカみたいだろう、そういうのは」


 興味がない振りをしていたことを、見透かされただけでも恥ずかしいのに、バカみたいと言われるのは、あまりに屈辱的だった。


「私は……バカじゃない。全区模試はいつも一番だし」

「僕の言ったバカみたいというのは、そういう意味じゃないが、まぁいい。テストで一番だと自慢する人間より、好きなものを好きと言える者のほうが信頼度が高いな」


 彼女の細い指が、長い銀髪をさらりと払う。


「今の世の中は、電子機器によって人間の感情が、常につながっている。喜び、悲しみ、憎しみ、些細な感情ですらバタフライ効果となって、世界規模で未来に影響を与えることもある。特にネガティブな感情ほど、感染力は高く、タチが悪い。邪な思いは、いずれ行動になり、現実を変えてしまう。気をつけることだ」


 私は何も言い返さなかった。別に言い負かされたわけじゃない。わざわざ反論するのは、ガキっぽいと思ったから、黙っていただけだ。


 車内アナウンスが流れる。


「まもなくエバーブルー・アイランド中央駅に到着します」


 リニアの速度が徐々に落ちていく。彼女が席を立った。スーツケースを荷物棚から下ろそうとしているが、棚にある他の荷物が引っかかって手間取っているようだ。仕方なく私は手伝うことにした。


「旅行中は無駄なトラブルを防ぐために、こういう時は、見て見ぬふりをするのが、普通だと思っていたが」


「自分にできることをしなさいっていうのが、母の口癖だったから」

「言いつけをきちんと守っているのか。実に良い心がけだ」


 スーツケースは大きさの割に重たかった。余計なものでも詰め込んでいるのだろうか。ステッカーがたくさん貼られている。一番大きなものには、数字や変なイラストが書かれていた。


   4肆5壱1参1壱4弐2弐1壱

   3弐5参3肆5参2壱4弐5肆5壱3参5参

   1参4弐3参4弐3伍5参

   1壱4弐4肆3弐4弐5肆5壱3肆1伍


 数字の羅列には、私の故郷で使われている漢数字が混じっているようだ。電話番号にしては長すぎるし、何か意味があるようには思えない。外国人が漢字の意味を知らないのに文字の形を格好良いと思って、デタラメを書いているような感じだろうか。


 一緒に貼られているステッカーの絵は、グロテスクだった。血まみれの青い目をした豚が檻に入れられて、馬車で運ばれている。少し趣味が悪い。初対面の相手に、嫌味を言うような女子には、お似合いかもしれない。


 スーツケースを受け取った彼女は、こちらを見た。


「助かったよ。じゃあまた後で。お利口眼鏡さん」

「なっ……」


 最近は誰もが、ARグラスをしているのが当たり前で、他人に『眼鏡さん』なんてあだ名をつける愚か者はいない。あげくに嫌味ったらしく『お利口』なんて呼び方はペットやガキ扱いされたみたいで腹が立つ。よりによって私が一番嫌いな形容詞だ。


 思わず立ち上がって、私は叫んでいた。


「変なあだ名で呼ばないで。私には有希ゆきっていう大切な名前があるんだから」


 彼女は足を止めると、こちらを振り返った。


「本当に君はお利口だな。腹を立てている相手に、わざわざ本名を名乗るなんて。トラブルに巻き込んでくださいと言っているようなものだ。君は無防備すぎる。気をつけたほうが良いよ、お利口眼鏡さん」


 彼女はニッコリと笑ってから、車両の出口へと歩いていく。しばらくの間、動くことができなかった。ずっと頭の中で『お利口眼鏡さん』という言葉が繰り返されている。


 彼女が去り際に見せた笑顔が眩しかったのは、きっと逆光のせいだ。別にあんな嫌味女子のことが気になっているわけじゃない。なのに、ついその背中を見つめてしまう。


 腹立たしいくせにドキドキして胸が痛い。心と体が矛盾してしまう奇妙な状態を説明するために、ロジカルな理由を必死に探し続けていた。


 いったい誰に言い訳をしているんだ。私の気持ちは、私にしかわからないのに。わざわざ自分の心を、プログラムみたいに解析する意味なんてないのに。そう思うとなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 ふいに彼女の姿が消えた。どうやら何かにつまづいて、ずっこけたらしい。私は思わず吹き出してしまった。人のことをバカにしておいて、自分のほうがよっぽど無防備じゃないか。


 彼女は猫が失敗をごまかす時みたいに、何事もなかったかのような顔をして、立ち上がると、私のほうを睨んでいる。


 私は目をそらした。笑ったのは私ではありません、みたいな振りをした。バレバレだと思うけど。


 でも、彼女がずっこけた瞬間の映像は、ARグラスに記録されている。その部分をもう一度巻き戻して、確認しようとしたら、また画面が青くなった。元どおりになった時には、保存されていたはずの映像が、数秒間分だけ消えていた。やっぱり調子が悪いみたいだ。


 なぜか彼女はこちらを見て、勝ち誇ったような表情をしてから、遠ざかっていく。

 変なやつ。あんなにずっこけておいて、なんであんなにえらそうなのか。意味がわからない。


 他の乗客が私の方を見ていた。私も何もなかったような振りをして座る。


「エバーブルー・アイランド中央駅です。お忘れ物のないようにお気をつけください」


 車両が到着すると、ゴミを片付けてから席を立った。大きなリュックサックを担いで出口に向かう。


 一度天空タワーに到着したら逃げ場がない。あんなやつと一週間も同じ空間に閉じ込められると思うとうんざりしてきた。大きなため息をついてからリニアを降りると、シャトルの発着を行うアース・ポートを目指して歩き出した。




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