6・執事様とシリウス殿下の初対面
ティアラとセオドールが家族になり、シリウスの執事を目指し始めて――早二年。
アリシアは七歳になった。
「うぅぅ…緊張するぅ……っ!」
今にも飛び出てきそうな心臓を執事服の上から押さえて深く息を吸い込む。
手に触れる執事服は滑らかで、触れているだけでその服が安価でないことが容易に想像つく。
令嬢として最低限伸ばしている赤髪は後頭部で綺麗に結ばれており、女だとばれないために変えた口調も大分板についてきた。
「あはは。アリィは心配し過ぎだよ。シリウス殿下はとても優しいお方だからね。すぐに仲良くなれるさ」
「――うん。そうだよね、父上」
アリシアはこれまでの過酷な二年間を思い出して冷静さを取り戻す。
―本当に地獄の二年だった。
朝から晩まで執事の礼儀や作法、主を守るための剣術や体術、終いには暗殺術まで訓練をした。執事の評価は主の評価へとつながる、などと言われてしまえばどれ一つとして手を抜くこともできず、この二年間は全力疾走を続けてきたのだ。
そう、でもこれでアリシアの願いは叶う。
(姉様がエディを選んだ今、シリウス様は新しい幸せを探さなくちゃいけない!だからこそ、私が彼のためにできることを…っ!)
二年経てども決意の揺るがないアリシアは、まさしくそのためだけに地獄を乗り越えていた。実際、これからゲームで出てこなかった幼いシリウスを見られるということにアリシアは緊張と同じくらいのワクワクを感じている。
「おや、もう時間だ。それじゃあ帰りに合流しよう、アリィ。くれぐれも仲良くね」
「はい」
王宮の騎士団へ向かうルーカスとアリシアで別れ、アリシアは一人シリウスの執務室へと向かった。扉の前に立つ衛兵に首から下げた身分証を見せて一礼する。
―さぁ、ココからが本番だ。
「―気合十分。いくよっ!!」
▽▽▽▽
「―それで?もう一度聞くけど、どうして公爵令嬢であるアリシア嬢が男装して執事なんてやっているのかな?」
(こここここここここ、怖っ⁉)
昼の光に反射して輝いた金髪と、にこやかな表情とは正反対の冷たさを持つ真紅の瞳からアリシアは思わず目を逸らす。
「国の役に立ちたかったから、です」
「ふぅん?色々と疑問はあるけど…まぁそういうことにしておいてあげるよ」
所々に本音が漏れてしまっているアリシアの言い訳をどう思ったか、シリウスは頬杖を突いたままそう言う。
(はぁ、良かった。なんとか乗り切ったよ。こんなシリウス様ゲームじゃ見たことなかったからなぁ…ビックリだね)
そんな彼の様子にほっと安心して溜息をつくアリシアをよそに、シリウスはニ十分ほど前に彼女が淹れた紅茶を飲んでいた。流石王族とでもいうように、所作が一々美しい。
(そうだわ!こうなったら、これ以上追及されないためにも。最終秘技・話題転換!!)
心の中でニヤリと微笑んだアリシアは、まるでさっきまでのことが無かったかのような声を作って―実際には動揺が丸わかりだったが―問いかけた。
「そ、そういえば主って趣味や特技あります?」
「………はぁ。剣と魔術は自信があるけど…それは特技に入るかな?」
(あれぇ…?ちょっとあからさま過ぎた?心なしが主の瞳に呆れと哀れみが見えるんだけど…?)
きっと気のせいだ、と自分の中で結論付けてアリシアは続けて質問をする。
「へぇ、魔術ですか…ちなみに何属性なんです?」
本当はゲームの知識で知っていたが、ここで聞かないという選択肢はないだろう。
「〈炎〉〈雷〉〈光〉〈癒〉〈万象操作〉の五つ」
「うわぁ…流石、ハイスペックですね。万象操作とか……」
この世界の魔術属性というのはほぼ無限にある。
その中でも有名なのは、〈火〉〈水〉〈風〉〈土〉〈電気〉〈闇〉〈光〉の七属性だ。
しかし、さっきシリウスが言っていたように〈火〉は〈炎〉に、〈電気〉は〈雷〉に変えることができる。と言っても、簡単なわけではなく、かなり魔力量や技術が揃って初めて成功するものだ。しかも、属性が変化するのは最初に挙げた七つの属性に限られる。
〈火〉→〈熱・炎〉
〈水〉→〈冷・氷〉
〈風〉→〈無・空間〉
〈土〉→〈緑・大地〉
〈電気〉→〈力・雷〉
〈闇〉→〈夜・擬態〉
〈光〉→〈聖・浄化〉
つまりシリウスは九歳(アリシアの二つ上)にして〈火〉を〈炎〉、〈電気〉を〈雷〉にまで極めたということになる。普通、属性変化が起きるのはずっと魔術に触れてきた男性で三十歳から五十歳くらいだ。
その上〈星宝〉持ちではない人だと一つの属性しか属性変化が起きない。他にも〈星宝〉を持っていないと属性が三つまでしか操れない―等の弊害もある。
…まぁ実感わかないだろうが、シリウスの魔術の腕は一般的に見て『やばい』ということだ。
「シアは?君もどうせ魔術使えるんでしょ?」
シリウスは自身に感心している親米従者の名を呼んで言う。
ちなみに、『シア』というのはアリシアが考えた従者の時の名前である。先のシリウスの尋問も、アリシアが「スピネル公爵家のシアと申します!」と笑顔で言ったことが原因になった。
ルーカスの推薦で来ていることはシリウスも知っていたのだから、アリシアは「シアと申します」だけで十分だったのだが、まぁ墓穴を掘ったようなものだ。
アリシアはシリウスの言い方に苦笑しながら、属性を言う。
「私は〈氷〉〈風〉〈闇〉〈時〉〈夢〉ですね」
アリシアは執事兼護衛という役目にあるのに、属性は半分が白魔術―援護や生成と言われる魔術属性になる。星宝の影響もあって唯一〈水〉だけ〈氷〉へと属性変化させることが出来たが、シリウスを見ればまだまだだと痛感する。
〈時〉と言っても時間を停滞、加速や遅延させられる程度だし、〈闇〉も極めなくては目くらましにしかならない。〈夢〉は先頭で使う様な魔術ですらない。
(はぁ。もっと剣や体術も鍛えないと…!)
改めて心の中で決心したアリシアは、主の驚いたような声で思考が戻された。
「え?五属性…?もしかして、シアも〈星宝〉持ち?」
(―あ、しまったっ!)
そうだ、あのことを隠したいなら、星宝持ちだということも隠さなければならなかったではないか。
しかし今更気が付いても後の祭りというもので、アリシアは歪な笑みを繕いながら何でもない風を装う。
「は…はい。サファイヤの星宝持ち、なんです。―あはは」
(もう本当にっ!アレだけは、バレませんように――ッ!!)
アリシアはただ冷や汗を流しながら、少女はただ心の中で精霊王様に願い倒した。
(お願い精霊王様!普段なんにもしていないんだから、こういう時くらい助けて下さいぃぃぃぃ…っ!いてぇッ!?)
頭にスコンといい音がして、一瞬視界が暗くなる。まるでバチが当たったかのような痛みに、思わず心の中で白緑色の長髪の男性に謝った。神話に出てくるままの彼が呆れた顔をしたのはアリシアの想像力の豊かさ故だろうか。しかし星霊王様の罰はそれですんだらしく、シリウスは隠した右目について問いかけることなく微笑んだ。
「へぇ~、確かに綺麗なブルーサファイヤの瞳だね」
「あ、ありがとうございます…主も綺麗なルビーですよ」
「!よくボクの星宝が分かったね。言っていないのに」
「あぁ…ガーネットって言うよりもルビーのような明るい、綺麗な輝きをしていましたから」
アリシアはシリウスの透き通るような紅眼をみてそう言うた。
「ふふっ、そっか。シアとは長い付き合いになりそうだ。うん、改めてよろしくね」
はて、何かいいことでもあったのだろうか。急にご機嫌になった主人に嫌な予感を覚えながらアリシアも言う。
「は、はぁ…よろしくお願いします……?」
こうして、一抹の不安を感じながらもアリシアの執事ライフはスタートした。
―まさかあんなに長い付き合いになるとは、考えもせずに。
アリシアの属性説明ー!
1・氷 →主に攻撃魔術として使う。〈水〉の進化系のため、水も使える。
2・風 →主に援助魔術として使う。〈空間〉へ属性変化した場合は〈転移魔術〉等も使えるようになる。
3・闇 →主に攻撃魔術として使う。〈光〉に対抗できる唯一の属性で、影や闇を操る。変形自在なことが特徴で、奇襲攻撃に向いている。
4・時 →主に援助魔術として使う。わずかな時間の〈時間停止〉や〈時間遅滞〉が出来る。レアリティは高いが極めないとそこまで強い技ではない。星宝・ゴールドの人が得意とする魔術。
5・夢 →主に援助魔術として使う。他者の夢に潜り込むことが出来る。しかし、攻撃は出来ない。闇魔術と上手く合わせると悪夢を見せたり、記憶を覗くことも可能。