52・執事様と四阿の誓い(3)
「そういえば、貴方たちはこれからどうなるの?」
少ししてアリシアは、向かいに座っている二人へと視線を投げた。
視線を受けた二人は「どう、とは?」と問い返しながら、その光の糸のような髪をサラリと傾けた。
簡単な自己紹介を終えた三人は〈星宝・ゴールド〉たる少年―ラズノルトと〈星宝・シルバー〉たる少年―ルクシェルと話をしていた。
出会ったばかりとはいえ、アリシアから二人に聞きたいことは山ほどある。星宝眼の話、千年前の話、そして邪神復活に向けての対策について。
ある程度のことを聞き終わったところで、アリシアは二人に先の問いかけをしたのだ。
「〈星宝・アメジスト〉…えっと、ナタさんだったっけ?の処罰が下されるまでは、貴方たち二人のことも国が管理するのでしょう?その間、二人はどうするのかしらって話」
「あぁ、なるほど」
アリシアの説明にやっと合点が言ったらしい彼らは、ふむと一つ考えて口を開いた。
「恐らくですが、私たちのことは魔術学校の管理になるのではないかと思います」
「魔術学校の?」
ラズノルトの言葉に、アリシアは瞳を大きくして聞き返した。
「はい。私たち何より強力な星宝を持っていますので、城預かりになるより魔術師の沢山いる魔術学校の方が国的にも安全でしょう」
「なるほど…」
アリシアは一つ頷いて思考する。
確かに現在国が敵か味方かも定かではない状態の二人を危険視するのは仕方のないことである。しかし、短い時間であれこうして語り合い、何よりもアリシアに忠誠を誓った二人のことを彼女は大切に思い始めていた。
「…」
「あぁ、お姫さんの考えていることなんとなくわかるけどさ、別に僕たちのことは心配しなくてもいいよ」
アリシアはふと思考の波から顔を上げて、ルクシェルのことを見た。
「こういう風になったのは僕たちに非のあることだし、何より仕方がなかったからね。ある程度の我慢はするつもりだし、この国の対応もきっと悪くないはずだよ」
「それは…そうかもしれないけど…」
安心させるように微笑むルクシェルの隣で、ラズノルトが何かを思いついたような優しい瞳でアリシアのことを見た。
「なら、アリシア様が私たちに会いに来てください」
「え?」
「私たちのことを心配して下さるなら、授業のついででもいいので会いに来てください。そしてまた、こうしてお話ししましょう」
出会った時よりも幾分優しくなった瞳に柔らかな熱を浮かべて、少年はそう言った。初夏の風が彼の長く伸びた黒を浚う。
アリシアは色鮮やかな世界の中に浮かんだその黒に思わず目を奪われた。
その隣で正反対の銀色の髪をした少年が、パッと弾けたように笑った。
「あっ、ラズちゃんそれ名案!ねね、お姫さんもいい?」
「あっ、うん。勿論」
ルクシェルの言葉に見惚れていた世界から我を取り戻したアリシアは、少し慌てながらも言葉をつないだ。
なんとも不思議な感覚である。
一昨日までは、三神眼と名乗る人々に恐れて閉じこもっていたというのに、今ではその人たちと秘密を共有し笑いあえている。
(いつか、リオンに会えたらお礼を言いたいな…)
目の前の青年と同じ髪色をしたあの少年の笑顔を思い浮かべて、アリシアは少しだけほおを緩めた。
「おーい。アリィ~?」
遠くから聞きなれた声が聞こえてくる。
その声を聴いて初めてアリシアは外に出てから結構な時間が経っていることに気が付いた。
「あっ」
「もう時間切れみたいだね。残念」
少しだけ眉を下げるルクシェルに、アリシアは視線を戻してほほ笑む。
「うん、でもきっと会いに行くから。また話しましょう」
そしてアリシアは四阿の階段へ一歩を踏み出した。
来た時と同じ景色なのに、心なしか周りを囲む草木が一層輝いているように思えた。
「あ、そうだ。最後に一つだけお願いがあるのだけど…」
ちょっと前から考えていたことをアリシアは徐に口にした。
「え、なになに?お姫さんのお願いなら叶えちゃうよ~」
元気にそういうルクシェルの言葉を受けて、外に向けたままの視線をちらりと二人の方へ戻す。
居心地悪そうにピントを外す彼女の姿に、ラズノルトとルクシェルは顔を見合わせた。
そのままスッと小さく息を吸ったアリシアは、ボソボソと言葉を漏らす。
「あ、貴方たちのこと、愛称で呼んでもいいかな…?」
紅潮した頬を隠すように俯いたアリシアの姿に二人はクスリと微笑んで、ふはっと息を吐いた。
「もっちろん、いいよいいよ!どんどん呼んで!むしろこっちからお願いしたいくらい!ねぇ、ラズちゃん」
「うん、私も呼んでくれたらうれしいです」
その言葉にパァっと顔を輝かせたアリシアは、じゃあ機会があれば私のこともそう呼んでね!と笑う。
「じゃ、じゃあ…。ラズ、ルクス。―またね」
「はい」
「うん!」
初夏の風に吹かれながらアリシアは四阿から外に出た。
気になってチラと後ろを振り返れば二人はまだアリシアのことを見ていた。
その姿に思わず笑みをこぼして、アリシアは今度こそ振り返らずに彼女の名前を呼ぶ人たちの方へ走っていった。




