45・執事様と打ち上げ(3)
「ぉおおおおおおおーーーー!!!」
男たちの声援が舞台にいるアリシアまで直に伝わってくる。
その熱で火傷をしそうだなんて頭半分で考えながら、アリシアは笑顔で次の挑戦者を迎えた。
これで十一勝目だ。
果てを知らない歓声に、彼女の気分も高揚した。
「なんだあの嬢ちゃん!すっげぇー!」
「うぅ、あんな子だなんて聞いてないよぉ……」
「どこにあんな力があるんだろうな」
夜を照らすいくつもの光が心地いい。
敗者を明るく慰める人の声、アリシアを応援する声、挑戦者を揶揄う調子のいい声、すべてが祭りの夜を駆り立てた。
ちなみに、一番最初の被害者となった二人の青年はもう悟りの表情でアリシアの健闘を眺めている。
そんな彼らを慰めるように、手持ち無沙汰になったティアラも傍でリンゴジュースを飲んでいた。
そんな喧騒の中、一人の大男が舞台に上がった。
百五十をちょっと過ぎただけのアリシアでは、彼の顔を見るのに大きく見上げなければならないほどだ。
はて、これは一体誰なのだろう、と首を傾げるアリシアに、観客から野次が飛ぶ。
「をおおお!次の挑戦者は、ギノか!あいつ、この前山賊を一人でぶっ潰したって噂だぞ!」
「さすがの嬢ちゃんもここまでかー⁉」
「いけー!嬢ちゃんならいけるぞー!」
「ばっか!ギノ!がんばれー!俺の金がかかってるんだー!」
(なに勝手にお金賭けてんだか。……まぁ、楽しいならいいけどさ)
野次に苦笑を零しながら、アリシアは改めて目の前の男と向き合った。
盛り上がった筋肉、服から見え隠れするのはいくつもの傷跡だ。
これは今までの人より手ごたえがあるかもしれない、と感じたアリシアがニコリとほほ笑む。
「よろしく」
「あぁ。悪く思うなよ、嬢ちゃん。俺は強いからな」
その言葉が合図になる。
途端消える男の姿。
あの巨体をよくもまぁ早く動かせるものだと感心しながら、ほどよく温まった体をギノが現れるであろう場所の後ろへと跳躍させる。
「――っ、なッ!」
アリシアの後ろへ回り意識を刈り取ろうと振り下ろした彼の左手は空を切る。
いると思い込んでいた空間に少女の姿はなく、代わりにふわりとした花の香が彼の鼻をくすぐった。
「ざーんねんっ!」
ハッと振り返った先でスカートがはためく。
拳を前に出そうと思った瞬間には、彼の頭は少女の左足が飛び出した先―地面へと蹴りだされていた。
一瞬の静寂が会場を支配する。
僅かに遅れて響いた、男の頭が舞台を打つ音で誰もが理解したらしい。
十二連勝目。アリシアの勝利である。
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
「すげぇ!やっぱすげぇよ!!」
「俺、あの子のスカートの中早すぎて見えなかった」
「馬鹿ッ!そんなこと言っている場合か!蹴りさえ見えなかっただろうが!!」
「―はっ、確かに」
沸き立つ群衆にアリシアは思わず満面の笑みを零す。
(うん、やっぱり笑顔っていいな)
ありのまま。自分がやりたいことを、やりたいままに。
それは時と場合を間違えてしまえば、ただの我儘や理不尽へと形を変えてしまう。だからこそ時に迷い、立ち止まって折れてしまうこともある。
けれど――
――『行け、アリシア』
それを恐れて立ち止まってばかりではいけない。
悪意ない他人を傷つけるのはあってはならないことだけれど、それでも先に進まなくてはいけない。傷つけてしまったなら謝って、その傷を癒してあげよう。もう二度と傷つけないように、未来を切り開く刃を変えていこう。
そうやって生きられると、知ることができた。
(ねぇ、リオン。貴方もこの空を見ているといいな。そしてどこかで貴方が笑顔でいてくれたなら――)
見上げた空は、彼が背中を押してくれた時のような青空ではない。日が落ち、星々がキラキラと照らしている夜空である。
それでも、ティアラが勝負前丁寧に結んでくれたポニーテールに揺れる白銀のリボンは、きっと少女の葛藤と少年の優しさの紛うことない証であった。
「おーい、まだ嬢ちゃんに挑戦したい猛者はいるかー--?!」
主催者らしき人物が、舞台の上からにぎわう人々に向かって叫びかけた。
「いねぇだろ!無理無理!勝てないって!」
主催者の声にざわついた人々の中から、一際大きな声で誰かがそう叫んだ。
その言葉に多くの人が笑いを零す。
「よーし、いねぇなら、第五十七回・はちみつ停喧嘩大会優勝者は、この嬢ちゃんだー!てめぇら!騒げーー-!!!」
「「「おぉおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
右腕を取られ高く掲げられたアリシアは、主催者の男性から「おめでとう」という言葉とともに少女には大きすぎるマントがかけられた。
なんでも優勝者の証らしい。
「え、えーっと……ありがとうございます?」
きっと平均男性のサイズを元に作られたのであろうそのマントが肩から落ちないよう手で押さえながら、アリシアは戸惑い紛れの感謝を述べた。
ローズィリスの方で何度かこういった大会に飛び入り参加したことはあるが、それでもこうも率直な感情をぶつけられると戸惑ってしまう。
しかし、そんなアリシアを気にした風もなく、主催者の男性は気前よくアリシアの背を叩いた。
「わはは!優勝者は飯代無しだ!好きなだけ食え!!」
思っていた以上の勢いで背を叩かれたアリシアは思わず前のめりになるのを何とか踏ん張った。
そして、男性のその言葉にパッと顔を明るくした。
「えっ、本当ですか⁉どれだけ食べても無料⁉」
「おうよ!……それにしてもまだ信じらんねぇな。こんな小さな嬢ちゃんが優勝者か……」
言質は取ったぞ!と未だぶつくさ言っている男性を放って、アリシアは舞台から飛び降りた。
ちょっと重いマントが動きにくくはあるが、それでも気にせず店内へズカズカと進んでいった。
そして、一つの大きなテーブルの前に立つと少女は大きな声で言った。
「それじゃあ、店員さん!メニューに載っている料理、全部下さい!」
それはそれはいい笑顔で。
「っておい⁉そんなに食うのかよ‼」
ご満悦なアリシアの少し遠くで、例の男性の叫び声がする。
それでも気にせず、アリシアは驚いた顔の料理人が忙しなく指示を飛ばし始めるのを眺めていた。
「よかった…。やっぱりアリシアには、笑顔が似合うね」
いつの間にか近くに来ていたティアラが、もう空になったリンゴジュースを片手にアリシアにそう微笑みかける。
そんな彼女の後ろには、酔って寝てしまったディアンを背負ったカイルとオリバー、そして大会優勝のマントを見て苦笑するシリウスと大爆笑するメルシュの姿があった。
「ん?えっへへ」
やっぱり、こういうのがいいよね。
そう呟いたアリシアの言葉は、未だ熱を持つ賑わいに溶けていった。




