41・転生少女と激戦(3)
「〈紅氷〉」
引き延ばされた時間の中で響いた少女の声はやけに透き通って聞こえた。
まるで蕾から花開くように、美しく散らばっていったそれらは少年を中心にして大きな真紅の花を咲かせた。
がくんと下に縫い付けられる感覚と一緒に、振り下ろそうとした剣が身体が、全く思うように動かないことに気づいた。
「―くそっ!」」
アリシアの展開した魔術は見事に少年の行動を封じられたらしい。
それもそうだろう。
彼女の展開した術は魔力をもとにしたものではなく、彼女の魔力の根源-それに最も近い血液を媒体として展開されたのだ。
その威力の恐ろしさといったら、魔力魔術の五十倍には及ぶだろう。
尤も、血液など垂れ流しにすることは出来ないのでその魔術を使う人などまずいないが。
「〈破壊〉!!!」
憤怒のままに魔力を込めて少年は魔術を発動させた。
強固なその氷に僅かに罅が入り、少年はその隙間に己の血液までもを流し込む。
そしてついに砕け落ちた紅氷が少年の視界の先でキラキラと美しく輝きながら落ちていった。
見に纏わりつく紅氷を力づくで壊した少年は、いつの間にか目の前からアリシアがいなくなっていることに気づいた。
「…はぁ⁉どこに…っ⁉」
「ここです!」
少年の苛立ちの声に反応したその声は、彼の頭上から聞こえた。
反射的にバッと見上げてみれば、太陽を背に少女が少年へ向かって術を編んでいるところらしい。
「…!〈光矢〉!」
絶好の機会だとばかりに少年は即座に光矢を生み出し、上空にいる少女へと撃ち放つ。
「――ッ!!」
風の抵抗を受けている今上手に身動きを取ることさえ出来ないが、それでもアリシアは風魔術を利用して己に向かってくる矢を何とか避ける。
よけきれない矢はアリシアの体に傷を付けながら、それでも少女は止まらない。
未だ僅かに流れている血液を媒体に先と同じ紅氷を生み出し、少年目掛けて放つ。
それを少年は炎へと変化させた矢で呼応しながら、段々と地面は近づいてくる。
最期に残った血液で真っ赤な氷の剣を作り上げたアリシアは、唐突に結んでいた髪を解いて、そのリボンで剣と自分の手を固定した。
「負けません。…たとえ、何があっても」
「アンタに俺が倒せるとでも?」
「倒せる、倒せないじゃありません。倒すんです」
「へぇ、言うねぇ~…。じゃあ俺も行くよ」
満身創痍のまま2人は向かい合って剣を構える。
「上下天光――水天一碧」
「虚空連星――深山幽谷」
瞬間、爆発的な速さで2人は踏み込んだ。
ガチン、と大きく響かせて交わった刃はあたりに火花を散らしながら刹那を争う。
その風圧だけでも見守っていたシリウス達は思わず目を閉じ、飛ばされないよう体に力を入れる。
青い閃光と紫の閃光が火花を散らす。
生を争っているというのにその情景はいっそ異常なほど美しかった。
圧倒的な実力差。
けれどこれはアリシア1人の戦いなどでは決してなかった。
ずっと戦っていたシリウス、オリバー、カイル、エドワードそしてティアラ。
彼らがいたからアリシアは少年を追い詰めることができた。
そんな事実が、どうしようもなくアリシアを駆り立てた。
途方もなく幸福に感じた。
剣を握る掌に力を込める。
勝てるかどうかなんて本当にわからなかった。
けれど彼女は左目を使うつもりなど毛頭なかった。
星宝もれっきとした彼女の実力。
そんなことは分かっていたが、アリシアは使わずとも『勝てる』気がしてた。
少し前から練り始めていた魔術式が完成に近づいていく。
わざわざ上空まで言って時間を稼いだのは他でもない、『これ』を完成させるためだ。
剣技の間から自身へ向かってくる炎矢をよけながら、アリシアは一気に距離を詰めた。
それこそ互いの息がかかるほどの距離でー
「〈明けない夜〉」
少女はありったけの魔力を少年へと放った。
「な――ッ!」
至近距離で互いの瞳の色がやけに鮮明に見える。
大きく見開いた紫の瞳に彼女のサファイアがきらりと輝くのが見えた。
「終わりです」
その一言で術は発動した。
黒い…しかし確かな光を帯びた輝きが少年を包み込むように広がっていく。
なんとか対応しようとするも、それはまるで実態がないようにすり抜けて少年へと向かっていく。
黒いモヤに包まれた少年は抗うように藻がいたが、ふとガクンと膝をついた。
「ーーーっ」
もう一度苦し紛れに立ち上がろうとした少年に最後の力を絞り、術を強める。
そして遂に力尽きたのか少年は肢体を投げ出して床に伏せた。
先まで刃の混じり合っていた戦場は今や閑散とした静寂に満ちている。
地に倒れた少年を一瞥してアリシアは紅い剣を消滅させる。
ふっと夕方の王城に風が通り過ぎた。




