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37・王太子と激戦(2)

どおおおおん


強い光の中耳に入ったのは暴風の吹き荒れる音と、何かの衝突する音だった。


(一体……なに、が…?)


こんなに騒いでしまっては城下まで届いてしまうな、なんて頭半分で考えながら光の収まった戦場へ瞬時に視線を巡らせる。

土煙と先の発光の影響でぼやける視界は、グルグルと回っており魔力量低下故か気分は最悪だった。


「げほっ…ごはっ…」


少し経って落ち着いた視界に入ったのは、剣を支えにしながらも濃密な魔力で魔術式を練っている少年の姿と、先の衝撃で床に伏している仲間の姿だった。


(まだ、立ち上がるのか…)


やはりこの少年は強い。

ずっと分かっていたことだが、こうして時を共にすると改めて痛感する。

本当は僕なんてもう立ち上がることすらギリギリで、彼のように魔力を垂れ流しにするなんてとても出来やしなかった。


(これが本物の強者…)


ぐらつく身体を抑えながら目の前の少年を見ていると、不意に目が合った。

薄暗く、しかししっかりと強い意志を秘めた紫の宝石。


「―っ!」


その瞳の奥に強い〝想い〟を感じ取った僕は、背中に電流が流れたかのような感覚に陥った。


(彼はきっと…生きてきた世界が全く違う……)


生と死の狭間。そこでなんとか生にくらいついてきたかのような野生じみた瞳。

身体が泡立っていくのが分かっていても、その瞳から逸らすことなど出来やしなかった。


「―俺、言ったよねぇ…?リっちゃんが来ているから早く終わらせたいって。なのに、どうしてこう反抗ばかりするのかなぁ?こっちは王太子サマを殺さない様にって手加減するだけでも大変なのに…そんな面倒かけないでよ」


―ぞくり

先までの衝撃が雷に姿を変えて全身を一気に貫いた。

長く伸びた紫の髪が自然の風に攫われて、瓦礫の山と化した戦場に靡く。

白黒にしか見えない世界の中で、それはいっそ感動を覚えるほどの神秘で崇高な景色の様に思えた。


「――終わりにしよう」


少年の甘めのテノールが風と共に耳に届いた。

動かなくてはと思うのにどうしても体は地に張り付いたように動かない。


(動け、動け、動け動け動け……ッ!ここまで戦ったんだッ!大切な人を、守らなくちゃ…ッ!!!)


それでもいつの間にか辺り一面に広まった少年の魔力のせいで、身体は錘が付いたように動かない。

そう、まるで。ココ一面が少年のテリトリーになって仕舞ったかのようだった。


(―いや、なっているんだ。ここはもう、彼の―独壇場)


「くッ……!」


今更気づいてしまっても、もう抵抗する術はなかった。

圧倒的実力の差。

それを縮めるにはもう遅すぎたのだ。


(はは……。なんて、こんな……)


同じ星宝持ちなのに、こんなにも違うのか。

魔力も魔術の質も、戦いの術さえも。

何かもが少年に遠く及ばない。

…いや、少年と張り合おうとする方がおかしいのかもしれない。

ずっと死線を潜り抜けてきた少年と、鍛錬はしてきたが城の中しか知らない僕。

その差を認めてしまえば、もう張り合う気にもなれなかった。


(……ごめん、ごめん…みんな…)


カタンと地に剣が落ちる音が遠くで聞こえた。

拾う気にもなれずにぼんやりと魔術式が編まれていくのを眺めていた。


しかしふと僕は視界の端で動く影に気がついた。


(エディ…?)


それは床に突っ伏して起き上がれないまま彼を止めようと強い意志を持って這う赤髪の少年。


(どうして……)


なぜこんなにも絶対的な実力差の前でまだ抗おうと思うのか。

なぜまだその瞳の奥に『負けない』と強い意志を持っていられるのか。


(あぁ、似てる…。彼女に…)


それは表面的な問題ではなく、彼女の本質ーボロボロになっても夢を諦めない強い意志の存在をそこに感じた。


ーシル。あなたは色々と抱え込みすぎです。あなたが優秀で強いことは知っていますが、もっと仲間を頼るべきだと思います…。…例えば、そう!シルが大きな壁にぶつかって、一人じゃ乗り越えられない時とか!


不意に思い出した彼女の言葉に、胸がじんと熱くなる。いつのまにか冷たくなっていた指の先が熱を帯びていくのを感じる。


(彼女はあの後、なんと言ったのだったか…)


もう朧げになってしまった記憶を手探りに探す。

そして一つの答えに当たった。


ーぜひ、私を呼んでください!


(アリシア…)


今までもたくさんのものを与えてくれて、自分はボロボロにも関わらず多くの人に愛を振りまいていた彼女。

もう助けられるだけじゃ嫌だと、ずっと思っているのに。


(こんな時まで君に助けられてしまうんだね…)


自分が惨めになる。

大切だと思っている少女に頼らないとまだ何もできない無力な自分が。

次は守ると誓ったのにそれを守れない自分が。


いつの間にか少年の編む魔術式は完成に近づいていた。

丁寧に丁寧に編み込まれた魔術式からは、さまざまな属性と濃い魔力を感じる。


あれが放たれて仕舞えばもう、戦っているこの王城も王都の町も、全て吹き飛んでしまうだろう。


(これが最後…だから)


すっと息を呑む。

砂だらけのそれは酷く飲み込みにくかった。

それはまるで今から言おうとしている言葉を引き留めているようにも感じたが、それでも構わずに僕は叫んだ。


「アリシアっっっ!!!」


魔術式が完成する。

顔面に迫るのは大きな魔力の塊。

白いその塊にピキリとひびが入り、途端目も開けられないほどの衝撃を受けた。吹き荒れる暴風と焼けこげるような熱。そして体の奥の方から凍ってしまう様な冷たさに、体の自由を奪っていく影の手。


しかし、不思議と恐怖は無かった。





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