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3・執事様と家族(2)

アリシアの訓練場乱入事件は、公爵邸で大きな話題となった。

部屋から出てこず、何より人とかかわることを恐れていたはずの少女が今では真剣な眼差しで木刀を振っている。

刺々しい雰囲気だったはずの少女は、まるで大人の女性のような口調で色んな人に明るく接してくれるらしい。


「エディー--っ!」


今日も今日とて、公爵邸の訓練場にアリシアのソプラノが響いた。

今日は何なのだろう、とすれ違った使用人が彼女の姿を見て、納得した。


アリシアは白い訓練着を纏っていた。

今までの訓練ではエドワードが着ていたものをリメイクしていたのだが、どうやら彼女専用のものが出来たらしい。

いつになく笑顔の彼女はその姿に目を見開いているエドワードのもとへと駆けていった。


「どう?似合っている?」


転生してからというもの、子供らしい口調を意識し始めたアリシアはちょっとはしゃいだままエドワードに尋ねた。


「……まぁ、悪くないんじゃない」


ちょっとだけ視線を外しながら、そう言ったエドワードの耳は赤く染まっている。

その姿にちょっとだけ笑いを零して、アリシアは訓練を始めようと木刀を手に取った。


「……ねぇ、その前髪やっぱり邪魔じゃないの」


何故か少しだけ寂しそうな顔をしたエドワードがポツリと呟いた。

アリシアは心の中でまたか、と苦笑しながら口を開く。

エドワードは何故かアリシアが顔を隠していることをしつこく言ってくるのだ。これはアリシアもびっくりしたことなのだが、どうやら少し前まではちゃんと両目で過ごしていたらしい。


「ずっと言っているけど、不便はないよ。それに、こっちの方が安心するの。だからこのままが好き」

「……でも、貴族令嬢で顔を隠している人なんていないよ。アリィだって……」

「うん、分かっている。でも、もうちょっとだけこのままでいたいの」


近いうちに絶対、どうにかする方法を見つけるから。

とアリシアは心に決めて、憮然としているエドワードの手を取った。


「ねぇ、訓練始めよう」


そう言ってにこりと笑えば、家族に甘いエドワードに敵うすべなどなかった。



▽▽▽▽



それからというもの、アリシアの日々は概ね順調だった。

一つ良かったことを上げるとすれば、思った以上に剣術が楽しいということだろうか。自分の努力次第で強くなれる、というのは辛いことも多いけれどゲーム感覚でできて楽しかった。もとより辛いことへの耐性が高いアリシアである。そう簡単なことで根を上げるような甘い人生を過ごしてはいなかった。



そして時は現在。

朝練習が終わりエドワードと朝食をとろうと食堂へ向かったところ、アリシアとエドワードはその人たちと出会ったのだ。

簡単な自己紹介をしながら進める朝食。その間始終アリシアは混乱していた。この世界が乙女ゲームであり、自分が悪役令嬢であること。

その情報の多さに戸惑っていると、いつの間にかアリシアはティアラと二人バラ園で茶を飲むことになっていた。


アリシアは向かいに座っているヒロインの姿をチラと覗き見ながら考えていた。


(ど、どうしよう……。この世界が乙女ゲームだったなんて気が付かなかったわ……。ティアラちゃんを虐めるつもりも、恋路を邪魔しようとも思わないけど……でもまた娼婦になるか殺されるなんて、いやだなぁ……)


バラの花が綺麗に咲き誇っている。

初夏の日差しに照らされるそれらは瑞々しく輝いていた。

アリシアの心情とは正反対に澄み渡る青空が目に痛かった。


「えーっと……ティアラお姉さま……?」


なにも話題など思いつかないアリシアは、この茶会が始まってからずっと俯いているティアラへ声をかけた。

プラチナブロンドの髪が陽の光によってさまざまに輝く。今は伏せられているピンクの瞳と同じ色をしているドレスは、彼女の柔らかな雰囲気にとてもよく似合っていた。それこそ宛ら妖精のようだ。


「…あの?」


何の反応もないことに違和感を覚えたアリシアが更に声をかけてみる。

それによってようやく顔を上げたティアラは、何とも言えない暗い顔をしてただ紅茶の水面を眺めていた。


「だ、大丈夫ですか?あの、もしかしてその紅茶お嫌いだったとか」


あまりの顔色の悪さに尋ねたアリシアは、ゆるゆると首を振るティアラの姿に疑念を持った。

まだスピネル家に来て半日足らずだ。誰もティアラを害そうと考える人はいないだろうし、そもそも今に至るまでずっと人の目があった。何もおかしいことなどなかったはずなのだ。


「えっと、体調が悪いようでしたら部屋まで案内しましょうか?」


心配するアリシアの言葉に、ティアラはもう一度緩く首を振った。

どう見ても大丈夫ではなさそうなその様子に、アリシアは腰をあげて「やはり心配なので使用人を呼んできます」と言った。

その時だった。


「待って」


茶会が始まって初めて、ティアラは口を開いた。

鈴のように転がるその可愛らしい声に、アリシアは思わず足を踏み出すのもやめて立ち止まった。


「どうか、しました……?」


着替えるのが面倒だ、という理由で未だ訓練着のズボンを纏ったままのアリシアの姿をティアラはその桃色の瞳に映した。

それと同時に眉が軽く寄せられ、顔色は一層悪くなる。


「ねぇ、貴女は……転生者、なの?」


バラ園を風が通り過ぎた。

大きく瞳を見開くアリシアと、険しい顔で彼女を見るティアラの姿が青空に切り取られたようだった。




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