34・逆行少女と激戦
ティアラ=スピネル視点になります
炸裂するいくつもの魔術。目も疑うような高魔術が息をするように〈彼〉と私たちの間を飛び交っていた。
(嘘でしょ…⁉︎これでもまだ届かないの…?)
長詠唱の末にエドワードが放った風魔術も、少年の圧倒的な力の前には〝ちょっと大きな障害〟程度にしかならなかったらしい。
ぐっと足に力を入れ直し、私は再び前で戦っている彼らの援護に回ることにした。幸いにも私は〈聖魔術〉と〈癒魔術〉が得意なため、怪我をする彼らの援護をすることができるのだ。
(このままじゃダメ。いくらこちらに星宝持ちが四人いたとしても、おそらく彼には届かない。となると後は消耗戦……!)
一体どうしてこんなことになってしまったのか。
つい一時間前突如として現れた彼―〈星宝・アメジスト〉を持つ少年が、私たちに〈星宝・ダイヤモンド〉の居場所を聞いてきたことが始まりになる。
『ねぇ。星宝ダイヤモンド、この国にいるんでしょ。居場所吐いてくんない?なんでかリッちゃんがこっちに来ちゃっているらしいんだよねぇ〜。悪いんだけど、さっさとダイヤモンドを見つけたいの。ふふっ、そんでリッちゃんに構ってもらうんだ〜』
視線だけで人が殺せそうなほどの勢いで聞いてきたと言うのに、後半になるにつれて…いや『リッちゃん』という言葉を言っただけで少年は頬を緩めた。最後のセリフに至ってはチョコレートに蜂蜜をかけたような甘さだ。神秘的な輝きを誇るアメジストが溶けてしまいそうである。
(いや、本当に『リッちゃん』って誰なの!彼女か何か⁉︎)
だったらこちとらとんだ迷惑を被っているわけだ。もしもその『リッちゃん』に会うことがあれば一発くらい平手打ちを許されるだろう。無論、叩くのは顔である。
それに〈星宝・ダイヤモンド〉の居場所なんて、世界レベルの秘密を聞いているのに何で途中から話が変わっているのか。おかしくはないか。
「くぁ…ッ⁉︎」
「!〈治癒〉!」
回想していたせいで反応が遅れてしまったが、どうやらカイル様が炎魔術に当たってしまったらしい。
ジワリと焦げた右腕を狙って治癒をすれば、まるで何もなかった様に傷が治っていく。
さすが全魔術使いというべきか。炎魔術が得意なシリウス様には水魔術。風魔術が得意なエドワードには地魔術。光魔術が得意なカイル様には闇魔術、地魔術が得意なオリバー様には風魔術と全てを使い分けている。
一気に四人の星宝持ちが戦っているというのに、敵は僅かな疲労を見せるばかりでとても相手になっているようではない。
(…、もし……)
もしも、ここに〈彼女〉がいたのなら。こんなに苦戦を要することもなかったのだろうか。
前で戦う想い人と同じ髪色の義妹を思い出して、私は頭を振った。
いつもいつも頼ってばかりなのだ。それなのにこれ以上を求めてしまってはいけない。それに、シリウス様から様子がおかしいと言う話は聞いていた。
あの妹はいつもそうだ。
自分一人で全てを溜め込んで、自己満足と笑いながら色んな人を救っていく。
でも彼女の本当の姿はとても歪で、穴だらけで。
彼女と触れ合った人なら、みんな分かっている。彼女は強い。でもそれは本物の強さなんかじゃない。ただ与えられ続ける痛みに耐えていたら、感覚が麻痺してしまった感じに似ている。
そんな不安定さも、自分を偽っていることも。大きな何かを背負い、隠し続けていることも。みんな分かっている。みんな分かっていて、アリシアのそばにいる。
だからもっと頼ればいい。弱くだってきっとみんなアリシアが好きだ。そう、私だって。
(…昔助けてもらったから、とかそんなんじゃなくて。ただ純粋にアリシアに……)
笑っていて欲しい。
「〈暴風〉」
エドワードの叫び声と共に、耽っていた思考の波から顔を上げた。
「……っ!」
さすが。
そうとしか言いようのない異常な魔力の感覚に肌がビリビリと痺れていくのを感じた。竜巻にも似た大きな風の刃がいくつも少年へと向かっていく。
無我夢中になっていて気がつかなかったが、いつの間にか戦況は回復していた。
地に足をついて私たちをあしらっていた少年は危険を察知したのか、〈風魔術〉で空に浮かんでいた。
少年の長い紫の髪が空に靡くのを見ていると、どうにも彼が超越した存在に思えてならなかった。
「へぇ。まだやる気なんだ~。結構根性あるんだねぇ」
少年はその無数の風刃を見ても呑気にそう言った。
(届いて…ッ‼︎)
冷や汗を流して行末を見つめる四人と同じように、私も空を見上げて祈るばかりだ。
しかし世界というのはどこまでも非情だった。
「ふふっ。いいねぇ〜。こういう諦めの悪い子、俺結構好きだよ。……だって壊しがいがある」
少年はニヤリと笑ってすぐ目の前に迫った風刃へと手をかざした。
息を止める私たちに反して、少年の紫の瞳はこの世のものとは思えないほど美しく輝きを放った。
「〈削除〉」
私たちに聞こえるほどの大きさで少年は言い、それと同時に決死の思いで作り上げた大魔術は後もなく消え去っていった。
未練がましく縋ってしまう空には、キラキラと可視化された魔力だけが散り散りと残っているばかりだ。
「うそ、でしょ…」
これが夢ならば早く覚めてほしい。
……いや、覚めるのはもう少し後でも構わない。今だけはこの苦痛に耐えよう。だから、どうかこれが〈悪い夢〉であってほしい。
「……っぁ」
それでも。頭が理解を拒んでも、体は本能に忠実だった。
ガタガタと震え出し、超越したその存在に強烈な恐怖が湧き上がる。いつの間にか膝から崩れていた私の体から、どんどん体温がなくなっていく。
「あぁ〜あ。やっぱりコレって魔力消費量が半端じゃないや。ごっそり無くなっちゃった」
そんな私の恐怖を知ってか知らずか、少年はさして凝ってもいないだろう肩をグルグルと回している。
(敵わない…)
間違いなく。私たちじゃ。
街の賑わいを遠くに聞きながら、私は太陽を背に微笑む少年の紫から視線が逸らせなかった。
誤字報告ありがとうございました<(_ _)>
作者自身、多すぎてちょっと吃驚しています。
ここで一つお伝えします。
星霊王という言葉は誤字ではありません。
精霊王が一般的ですが、これは星宝と同じ様に作品内での造語となっておりますのでご理解ください。
名の由来は作中で取り上げる予定です。
ここまで読んでくださった皆様に心からの感謝申し上げます。
作者自身これからも精進させていただきますので、本作を楽しんでいただけたら嬉しいです。
(5.18)




