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番外編・スピネル姉弟と母の日

アリシア、エドワード共に11歳です。

ちょっと暗いです。

明るいのをお求めな方は次のページへGO!


「「「「お母様、いつもありがとうございます!」」」」


スピネル公爵家の朝食の席で、私たち四人兄妹は赤いカーネーションを手に母へと言うた。


「まぁ!素敵なお花ね。ありがとう。セオドール、ティアラ、アリシア、エドワード」


花を受け取ったフィアラ義母様は大切そうに花を抱え、ふわりと微笑んだ。


「いえいえ~。これくらいなんてことないですよ」

「そうですそうです!お母様にはいつもお世話になっていますから!」

「うんうん!いつも助かっています」

「本当に」


和やかにそう言うと、四人は用意していたパーティの席に彼女を案内した。

そこからは和やかな団欒の時間だ。仕事で出てしまっているルーカスを抜かし、家族五人和気あいあいと話していた。


そんな中、ふと私は六年前の今日を思い出していた。


▽▽▽



「なんでお義母様にカーネーションを渡すの⁉渡すべきはお母様だわ」


この日、フィアラお義母様にカーネーションを渡そうするエディと、私たちの生みの親であるアメリアお母様にカーネーションを渡したい私で喧嘩をしていた。


「どうしてはこっちの台詞だ。今のお母様はフィアラ義母様だろ。今日は日頃の感謝を伝える日なんだ!」

「それでも、フィアラ義母様は私たちの母様じゃないわ!」


どうしても食い違ってしまう意見に、喧嘩はどんどんヒートアップして行く。いつもは仲のいい使用人でさえデリケート過ぎる話題に仲裁に入れないでいた。


「そういう話じゃないんだぞ!」

「―っ!エディなんて、もう知らないッッ!!」


私はエディにそう言い放つと同時に窓から飛び出した。ドレスのまま、右手にカーネーションを握っただけの格好で。






「はぁ…はぁ…はぁ、ッ」


私は夢中で駆けていた。この頃はまだ体力も付いていなくて、何度も立ち止まりながら、でもエディがいる手前引き返すこともできないと、ただ走り続けた。


馬車が通る用の道を身体強化の魔術で走り飛ばし、近道をするために大きな川も飛び越えた。

まだ東にあった太陽が頂点に登ったところで、私は目的の場所に辿り着いた。


「お、かあ…さま…っ」


そこはアメリアお母様のお墓がある、海を臨く崖の上だった。

綺麗な白い大理石でできたその墓だけがポツンと綺麗な花畑の中で浮かんでいた。


「聞いて…?エディったら、薄情なのよ…」


満身創痍だった私は崩れ落ちるようにポツンと立ったお墓に膝を着いた。


「お母様は、お母様よ…。いつまでだって、私を産んでくれたのは、あなたなんだから…」


ぎゅっと墓石を抱いても、腕の中から伝わるのは硬く冷たい感覚だった。

別にフィアラお義母様が嫌いなわけじゃない。それどころか私を実の娘のように可愛がってくれる彼女が好きでもある。

だが、私が『母』と呼びたいのは、エドワードの愚痴を言いたいのは、紛れもなくアメリアお母様だった。

例え僅かな記憶しかないとしても、いつだって私を助けてくれたのは彼女だ。

レイデスに出会えたのも彼女のおかげだ。


「おかあさまぁ…」


私、変わってしまったよ。

辛い前世を思い出してしまったよ。ここがゲームの世界だって分かっちゃったよ。それでね、男装をすることにしたよ。破滅したとしてもシリウス様に会うことにしたよ。


でもね、本当は怖いんだ。

私、ちゃんと変われている?ワガママやめたよ。暴言もやめたよ。これで破滅しない?大丈夫かな。


私、前世もちゃんと乗り越えられているよね。まだちょっと夜が怖いのは、前世のせいじゃないよね。ううん…、誰かに身体に触れられるたびに驚いてしまうのは、まだ私が弱い証拠なのかな。


(お母様…)


聞いて欲しいことがたくさんあるんだ。

頑張ってねって、頭を撫でて欲しいんだ。苦しいんだ。私、家族って分からないから、ちゃんとできているのか、分からないから。


抱きしめて欲しいんだ。


「ふっ、うぅ…っ…」


いつの間にか流れ出した涙が、生ぬるくなった墓石を濡らして行く。


変わらないものなんてない。

その言葉が深く、深く胸に沈んでいく。


そばに居て欲しかった。ぎゅっと抱きしめて、その澄んだエメラルドに私を映して欲しい。


『愛している』


そう言って折れそうなほどに細い腕に私を閉じ込めて欲しい。


でも、もうとっくにわかっている。

こんなこと願っても意味なんてなくて。今のお母様はフィアラ義母様なんだって。

エディはとっくに自分の気持ちに区切りをつけたんだと。

未だタラタラと引きずっている私が子供なだけなんだって。


それでもいい、赤いこの花が上を向いて咲いている内は泣かせてもらおう。


そう思って私は再び名前の彫られたその石に顔を埋めた。



▽▽▽



「……」


あの事件からもう六年か、と賑わいの冷めたテラスから月を眺めて私は心の中で呟いた。

今の私はもう男装も様になっていて、シルとの仲も良好。破滅する未来も見えない。

きっと前世だって乗り越えられている。


(でも…)


でもね。お母様。私の手は多くの血で汚れてしまったよ。

こんな私をあなたが見たら泣いてしまうかな。それとも何やっているんだ、って怒ってくれる?


「ははは…」


あの日以来、お母様のお墓には行かなくなった。

心の中で思い続けてはいるけれど、こんな私をお母様に見せたくない、と言うのが本音だ。


だからこうして、私は心の中でお母様に謝罪を繰り返す。あなたが命懸けで産んでくれた子供が、私なんかでごめんなさい、と。


「アリシア」


何度目かわからないため息をこぼした時だった。

後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。


「エディ」


そこにいたのはエメラルドの瞳を輝かせた同じ顔の少年だった。


「どうしたの」


確かパーティが終わってから書物を読むからと部屋に戻ったはずだ。だからこそ、居間であるこの大きな部屋は灯りもついていないまま、私の好き勝手になっていたわけだが。


「いや…。六年前のこと、思い出しちゃって…」

「え?」


エディが唐突に言ったその言葉に私は目を瞬いた。

さすが双子と言うべきなのか。私ですら滅多に思い出さないあの日を、全く同じタイミングで思い出すとは。


「あの、さ…。遅過ぎるかもしれないけど、あの時はごめん」


言いにくそうにエディは頭をかきながらそう言った。


「どうして」


そんな彼を前にして私の口から滑り落ちたのは愚直な疑問な言葉だった。


「え、だって。あの時アリシアを傷つけただろ。夕方になって帰ってきたアリシア、泣き腫らした目で泥だらけで…。でも俺、何もできなくて」


たしかに私が帰った後、エディもティアラ姉もセオ兄様もみんな驚いた顔をしていた。それでもみんな気を遣って何も聞かないでいてくれたんだ。


「ううん…。悪いのは私よ、エディ。私のわがままであなたたちを傷つけてしまった」


どうしてもかの女性と同じエメラルドを見つめていられなくなり、少しだけ空へと視線を外した私は言う。


「そんなことない!アリシアは、アリィは、間違ってなんかいなかった!」

「もういいよ、エディ。六年も前の話を繰り返したって仕方ない。こうして今日祝えた、その事実だけが大切なんじゃない?」


改めてしっかりと彼に背を向ければ、視界いっぱいに映るのは光に溢れた王都の町並みだ。

魔術が発達したこの世界の夜景も、もう見慣れてきた。転生したばかりの頃はひどく驚き、感動したものだった。魔道具の溢れた街は夜でも人が多くいることが遠目でもわかった。

それでも公爵邸というだけある広大な敷地を誇るこの家は街から大分離れており、賑わいは届いてこない。


そんな静かなバルコニーの静寂を、エディの悲鳴にも似た叫びが切り裂いた。


「じゃあ、なんでアリィはお母様のお墓に行かなくなったんだ!」


彼の叫びを理解するのに、少しばかり時間がかかった。後ろから拭いてきた風が赤髪を攫い、前へと流して行く。


「え…」

「あんなに毎月行っていたのに、あれ以来アリィは行かなくなった‼︎…でも、アリィはきっとお母様を嫌いになったとか、そんなんじゃなくて」


言っている本人であるエディも何が何だか分からないのだろう。悔しそうにギュッと拳を握り、クシャリを顔を歪めた。


「なぁ、どうして」


ーどうして逃げるんだ


自分の写しのような顔が、愛しい女性と同じ色をした瞳が、私の心を鋭く見つめてくる。


(……敵わないなぁ…)


なぜ私が逃げていることがバレたのか。

『どうしようも無いことだった』、『悪いと思っている』。そんな言葉で蓋をしていた心を無理矢理こじ開けてくる。


ドロリとした自分の汚れが、体を侵食していく錯覚に落ちる。それでもなんとか開いた口から出た声はとても平坦で、闇にでも攫われそうな自分とは反対のようなものだった。


「それでも。エディは、悪くないよ」


ー悪いのはいつも私だ。


もっと違う私であったのなら、きっと綺麗になれた。これ以上汚れてしまうこともなかった。

しっかりと彼の瞳を見て私は言う。しかしそんな私に何かを感じたらしい少年は、距離を一瞬で詰めて私をグッと抱きしめた。


「…っ、逃げないで。……置いて、行かないでよ…」


全てを一人で抱えて堕ちていかないで。


現状が理解できずに瞬きをする私を強く抱きしめて、エディは私の耳元でそう呟いた。

それは言葉のままに闇の中で光に縋るような弱々しい声で。


(そう、か…)


そこで私はやっと気がついた。

私が、私の『逃げ』がエディを深く傷つけていたことに。


「ごめん、ごめんね…。エディ、エドワード…」


同じように強く抱きしめた私は、できる限りの誠意を込めてエディに言う。


「…約束する。いつか、絶対に全部を話すから。だから…」

「うん…待ってる。アリィが全部話してくれるの、待ってるから…」


ー『だから、負けないで』






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