32・執事様と建国祭(3)
「「「「おおおお!!!」」」」
大道芸に盛り上がる人々の中で、フードを被った少年とそんな少年の手綱を引くように連れそう赤髪の少女の姿があった。
「すごいな‼︎今の見たか⁉︎」
フードのせいで顔は見えないが、おそらく興奮で顔を赤くしたであろう少年がアリシアを振り返る。
「あぁ、うん。見ていたよ。すごかったね」
「あぁ!まさかあんな位置からボールをキャッチするとは…!」
興奮し切った少年の様子に『魔術があるんだからいくらでもできるでしょ』という言葉を飲み込んで、アリシアは熱の冷めぬ街を眺めた。
「…」
(シルたちは今何をしているんだろう…)
確か王城で来賓を迎えているとかなんとか言っていた気がする。一応身分を隠している不審者であるアリシアはそこに参加することもせず、こうして休暇を貪っているわけだが。
(確か、ティアラ姉さんやエディもそこに参加しているんだっけ…)
ここ一週間近くぼんやりと過ごしていたせいで、なんでだかはもう忘れてしまったが。
彼の役に立てずここにいる自分の姿に、蓋をしたはずの黒いモヤが溢れて心を曇らせた。
ー今は全てを忘れて楽しんでしまおう!
彼と行動を始めてすぐ、フードの奥から僅かに覗いた青い瞳を輝かせた少年が言ったその言葉が、なぜかアリシアの心に残っていた。
先とは違うモヤモヤを感じたアリシアは、そうそうに頭を切り替えることにした。
(祭りもそろそろ昼休憩ね…)
そう思って見渡せば、確かに〈一時休止中〉と旗を立てた色とりどりのテントが目に入った。
「…ム?どうしたんだ、アリシア。もしかしてお腹が減ったのかい?」
盛大な拍手の中幕を閉じた簡易ステージの上で、ライオンに手を添えながら大きなボールに乗ったピエロが笑顔で手を振っている。
(お腹…?)
そういえば暫くそんな感覚を味わっていなかったせいで、そういうことに疎くなってしまった気がする。
アリシアは思わず自身の腹に手を当てながら自問した。
(別に、空いてはいないと思う…)
ひどく曖昧なものではあるが、アリシアはそう考えると否定するため顔を上げた。しかし、アリシアが口を開くより早く、どこか嬉しそうな空気を纏ったリオンがアリシアの手を取った。
「よし、じゃあ屋台へ向かおう!そろそろいろんな店が料理を作っているよ」
「え…、いや。私は別に…」
「ほら行くよ!アリシア‼︎」
ひらりと靡いた少年のフードから僅かにのぞいた瞳は、やはり少女と同じサファイア色だった。
(綺麗ね)
人並みを這うように進んでいく彼に手を引かれながら、アリシアは自身と違う輝きを誇る青眼を思っていた。
小細工を売っている店に、二人の姿が反射して映った。いかにも楽しそうに先をいく少年と、そんな彼に導かれる長い赤髪の少女。
(やっぱり、今の私は…)
今度はアクセサリー店だろうか、露店の色々なところに鏡が設置され、少女の輝きのない瞳が映り込む。未だ見たことがないほど輝きのないその瞳に、思わず足を緩めてマジマジと鏡を見てしまった。
カラフルなリボンに目もくれず、ただ驚くほどに変わってしまっている自分の姿に唖然としていた。
眠れないせいでできた隈は目元で如何なく存在を発揮し、食欲が湧かなかったせいで顔色も悪く以前よりも幾分痩せているようだ。
トレーニングにも力が入らないせいで、体に張りがないように思えた。
(今の私は、何もできない…)
鏡の中にいるアリシアは、かつてのように戦っていた彼女ではなく、なにもできない無力な少女そのものだった。
(本当は前に進みたいのに…。進まなきゃいけないのに…)
リオンに引っ張られる感覚で現実に戻ったアリシアはハッとして、まるで今の自分から逃げるように鏡から目を逸らした。