31・執事様と建国祭(2)
どこまでも透き通るような青空の下、多くの人が笑顔で騒いでいた。
色とりどりの屋台からはいい香りが漂って久しくしっかり食事をしていないアリシアの空腹を刺激した。簡易ステージではどこかの楽団が軽快な音楽を奏で、広間では人々が踊っている。
(すごい…賑わっている……)
確かにこの時期は街が明るかった気がするが、まともに来たのは今日が初めてだった。
(みんな楽しそう…私も、何か食べる…?)
「…っ⁉︎」
「あっ」
とりあえず一通りの屋台を見てみようと思ったところで、どうやら走っていたらしい少年と運悪くぶつかってしまった。
(うっ…痛い。ぼーっとしていたら受け身とるの忘れてた)
「だ、大丈夫か⁉︎」
アリシアとぶつかってしまったことに気がついた少年が、床に座ってしまっているアリシアに手を差し出した。
「う、うん…」
久しく感じていなかった鈍い痛みに少年から手を借りて立ち上がる。
差し出された手は剣だこでゴツゴツしており、また少年は顔も見えないほど深くフードを被っていた。
「すまない、ちょっと急いでいたから。…どこか、怪我はない?」
「だ、大丈夫。私こそ不注意で」
ワンピースについた砂を払いながら「あなたも大丈夫だった?」と少年に聞いた。
「あぁ、俺は鍛えているからな!大丈夫だ」
「そう…」
(私も鍛えていたんだけどな…。はぁ、本当だめだ)
少年の何気ない言葉にアリシアは俯いた。ずっと塞ぎ込んでいたせいで少し何か考えるだけで思考が負の方へと進んでしまう。
グッと拳を強く握って激情を抑え込もうと試す。
「…ふむ。もし、少女」
そんなアリシアの様子に何かを感じたらしい少年が、アリシアに呼びかけた。
「…?」
「俺は今一人なんだ。もしよかったら一緒にまわってくれないか?」
「え…?」
少年の言っていることがわからず、アリシアは思わず首を傾げた。
「暗い気持ちの時は笑うのが一番だ!ぜひ一緒に回ろう!…それとも連れでもいたか?」
「う、ううん…。連れはいない、けど…」
(これってナンパ?いや。でも、そんな様子には見えない…)
まぁ一人でも二人でも変わらないだろう、アリシアはそう考えて頷いた。
「…うん、いいよ」
「おぉ!本当か⁉︎それじゃあ早速いこう!君…えーっと…」
急に眉を下げて悩み始めた少年に、アリシアは何かを察して口を開いた。
「あぁ。アリシア。私の名前はアリシアだよ」
「そうか!アリシア。俺はリオンだ!では何処か見たいところはあるか?アリシア」
少年…リオンからの問いに、アリシアは無言で首を振った。
「そうか!では、いろいろまわってみよう!俺も追っ手…じゃなかった。えー、仲間から逃げるために一生懸命でよく見られていないんだ」
(追っ手…?逃げる…⁇この人、何かやらかしたの?)
思わず半目で少年を見てしまったが、どう頑張ってもお人好しな明るい少年にしか思えない。
(まぁ、いいか。追っ手でも何でも)
今はもう、どうでもいいや。
アリシアは青い空を見上げてそう思うと、元気に先を進んでいく少年に続いた。