26・執事様と事情聴取(3)
「は……」
衝撃に吐き出した空気が声にならずに消えていく。
「ちょ。ちょっと、どうしたの⁉すごい顔青いよっ。ちょっと、ねぇ…⁉」
遠くでメルシュが何か言っているのを視界の端に捕らえながらも、アリシアは反応することが出来なかった。
(ダイヤモンドの少女を、探している…?なんで、どうして…⁉)
心が理解を拒むのと反対に、頭はどんどん回っていく。
アリシアは夢にも思ってみなかった。自分のことを探している人がいるなんて。英雄が駆り出されるほどの大事件の中心人物が自分であるなんて。
世界を巻き込んでいる犯罪組織の狙いが自分にあるなんて。
「…っ、ぁ…」
もしも自分のせいで死んでしまった人がいたら?家族を失ってしまった人がいたら?人生を壊されてしまった人がいたら?
そんな悪い予想ばかりがアリシアの頭の中を巡っていく。
「息!息を吐いてっ!ねぇ、ルシア‼」
「おい、シア。吸うんじゃねェ!吐くんだ!」
今までずっと空気になっていたディアンさえも顔を青くして何かを叫んでいる。でも視界が暗くなってきているアリシアには何も伝わらなかった。
(苦しい、苦しい…あれ、息が出来ない…。呼吸、しているはずなのに)
あまりの苦しさに座っていた椅子から崩れ落ちて床に蹲る。首に手を当てて呼吸を促そうにも上手く行かない。
(もしかして、私、死ぬ…?ララに殺された時、みたい、に…)
ずっと忘れていたあの時の感覚も何故か今になって鮮明に思い出される。熱を持った腹部。浅くなる呼吸。薄くなる意識と感覚の消えていく手足。
何故自分がこんな状況に陥っているのかも分からないまま、アリシアは自身の身に起きていることに翻弄されていた。
『アリシアっ‼』
もう大分意識がなくなりかけてきた中、アリシアの頭に直接声が届いた。それはアリシアの全てを知っていると言っても過言ではない人物。
「―――ッ」
急にアリシアを取り巻いていた空気がフッと止まって、強制的に呼吸の流れを変えさせられた。アリシアが困惑している中、少女の前に一人の青年が現れた。
『いいか?息を吐くんだ。ゆっくり』
「…ぅ……はぁ…っ。……はぁ、はぁ…」
青年に諭されるままアリシアは止まっていた空気を動かすように深呼吸を繰り返す。
少しして呼吸の整ったアリシアは何度か瞬きをして目の前にいる青年を見つめた。
「レイ、デス…。ありがとう」
『別に、お主は我の契約者だからな。助けるのは当然だ』
そう言ってアリシアの頭を撫でるレイデス。兄の様なその仕草に、アリシアの波だった心が落ち着いていくのを感じる。
それに安心したのか、アリシアはそのまま意識を失った。ガクッと倒れたアリシアをレイデスが易々と横抱きにして立ち上がる。




