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アリシアとバレンタインデー(後編)



「「「…………」」」


三時ちょうど。

公爵邸に着いた美少年三人は目の前の異常な光景に声をなくしていた。


「こ、これが…バレンタイン、スか…」


なんたるかを知らないオリバーにもその光景は異常に見えたのだろう、驚きと呆れが混ざったような顔で、ソレをチョイと摘まみ上げた。


「……ふむ。甘い香りがするっス」

「…っ、ぁ。お、オリバー…そ、それは……」


真っ青な顔で衝撃を受け止めようとしているカイルはソレをじっと見つけるオリバーを引き止めていた。

しかし、まるで気にした風もないオリバーはパクリとソレを食べる。


「…ん。これ、チョコっスね!めっちゃうまいっス!」


パッと顔を上げたオリバーが青を通り越して真っ白な顔をしているカイルと、どこか楽しそうな顔をしているシリウスに笑いかける。


「え、ちょ…?え、チョコッ!?」


まだまだたくさんいる、どうしてもチョコに見えないそれを指差して不健康な顔色したカイルが叫ぶ。


「ほら、カイルっちも食ってみるっス!」

「うむぅ!?やめっ…!」


真っ白な顔で拒絶するカイルに構うことなく、オリバーはそこにいたチョコを一つ摘んでカイルの口へと放り込んだ。

倒れそうなほど白い顔をしていたが、ソレを咀嚼していくほど色が戻ってくる。


「……本当だ。これ、チョコレートですね」


しかもおいしい、とカイルは付け加えて言う。

てんやわんやする二人の傍観に徹していたシリウスも、ソレを一つ口へと放り込む。パリッとした触感の中にトロリとしたチョコレートが口へ流れ出す。

技巧や素材でいったら流石に王宮のものが上ではあるが、手作りの温かさや素朴な感じがとても美味しく感じられる。


「ふふっ」


チョコレートを一つ食べ終えたシリウスは、ふと気が付いて笑みをこぼした。彼の視線の先には綺麗に整えられた薔薇の庭園…と、そこから覗く長い赤髪。

どうにも口元が綻ぶのを感じながらシリウスはゆったりと口を開いた。


「ありがとう。美味しいよ、シア」

「「え?」」

「……っ」


シリウスの言葉を聞いて彼と同じ方を見た二人は、ビクリと大きく揺れた赤髪を見た。


「…あ、あはは……。こんにちは。シル、カイル、オリバー」


いつもは仕舞っている長い赤髪をハーフアップに纏めたアリシアは、気まずそうに苦笑しながら薔薇の庭園から出てくる。それは現状のせいか、ブラウスとスカートという女の子らしい恰好をしているせいなのかは定かではない。

しかし、そんなアリシアを見たカイルとオリバーが顔を見合わせ、シリウスの笑みが一層深くなったように見えるのは気のせいではないだろう。

庭園から抜け出し、シリウス達の前に立ったアリシアに、シリウスが問いかけた。


「これは君の魔術だよね?」

「………ハイ」


これ、と同時のタイミングでシリウスはそこに立っている熊の形をしたチョコレートを指した。その近くには兎や鳥、愛らしいライオンや凛々しい狼なんてものもいる。

しかもアリシアの闇魔術がかけられた公爵邸はパステルカラーに彩られており、その様子はさながら愉快なテーマパークだ。しかもそんな中でチョコレートで作られた動物が踊ったり楽器を奏でている。

またチョコレートで出来ているのは動物だけでなく、庭園の中央の噴水や薔薇などの植物もだ。

公爵邸に入った途端こうなったのだから、オカルトが苦手なカイルが真っ青になったのも頷けるだろう。


そんなファンシーな空間を作り出した本人であるアリシアは、肩身が狭そうに頬を書きながら口を開いた。


「えーっと…まず、驚かせちゃってごめんなさい。楽しんでもらえたら、と思ったんだけど…」


料理を作り直すにも時間がぎりぎりだったアリシアとティアラは、アリシアの案でチョコレートを大量生産していた。ティアラがチョコレートを溶かし、アリシアが魔術で形を作っていく。

そして完成した大量のチョコレートを公爵邸全体に魔術を掛けると同時に動かしたのだ。


「ごめんね、みんな。私、どうしても料理が上手にできなくて…」


おおよその流れを伝え終えたアリシアは改めて三人に謝罪を告げる。

やはりいつも食べているアリシアのイメージ通りだったのか、三人は微笑んで言う。


「ううん、気にしないでよ。これはこれでとても面白いしさ」

「そうっスよ!どれも綺麗な形で美味しそうス!」

「‥まぁ、驚いたけど、普通においしいし」

「あ、ありがとう‥!」


口々に言ってくれる感想に、嬉しくなりながらアリシアはハッと気が付いたようにシリウスの手を取った。


「バレンタインの会場はあっちです!」


▽▽▽▽


「あっ!来た来た!アリシアー!!」


薔薇の庭園を抜けた先―芝生の広間になっている場所で、ティアラやエドワード、セオドールがチョコレートフォンデュやケーキを囲っている。

花柄のワンピースにフリルのエプロンを身に着けたティアラは、まるで妖精のような愛らしさを持っていた。

まだ冬の残りを感じる寂しげな芝生の上には、多くのチョコレートで出来た動物や植物が陽気に歩いている。


「ティアラ姉様!みんなを連れて来たよ!」

「うん、いらっしゃい。三人とも」


ティアラがふわりと花が綻びるように笑うのを横目に見ながら、アリシアはカラフルに飾り付けられた簡易テーブルへと三人を案内していく。

大きな木の机の上に赤色のランチョンマットをひき、その上に食事が並べられている。ティアラが作ったそれらは、どれも美味しそうな甘い香りを放っている。


「え…っと、改めて、いつもありがとう。みんな。今日は楽しんで行ってね」


小恥ずかしさを感じ、視線を斜め下に下げながらも、アリシアは菫のような笑みを作りティアラの元へと駆けていった。


▽▽▽


それから順調にスイーツ・パーティーは進み…。

陽が西へと傾きだしたころ、茶葉のお代わりを取りに本邸へ戻っていたアリシアは偶然視界に入ったソレを見つけた。


「あっ…これ、私の失敗しちゃったクッキー。一緒に魔術にかけちゃったのね」


会場から少し外れた庭の隅に蹲っていた炭のようなクッキーをアリシアはそっと掬い上げた。他のお菓子のような明るさや陽気さは一切なく、ただ悲しそうに膝を抱えている。


「…私にも、ティアラ姉様みたいな器用さがあったらな…」


ポツリと思わずこぼれたのはアリシアの紛うことなき本音だった。

今日一日ティアラと共にお菓子を作り、会場の用意をしていたアリシアは、二人の間にあるどうしようもない隔たりを掴んしていたのだ。


それに、器用さだけではない。

もっと女の子らしさがあったなら、とアリシアは眉を下げた。

今更だ。分かっているものの、こう目の当たりにしてしまうとどうにも羨ましくなってしまう。

主人‥いや、親友たちくらい喜ばせたいのに。


「はぁ……」


ジメーっと鬱々した黒クッキーを眺め、やっぱり無理だろう、とアリシアは溜息を零した。

女子力どうこうの問題以前に、アリシアの作ったそれは本当に食べ物なのだろうか。

半目になりそれと見つめ合っていたアリシアに、後ろから声が欠けられた。


「そんなところでどうしたの、アリシア」

「うぇッ…⁉シル…っ⁉」


自慢の反射神経を最大限に生かしたアリシアは、瞬間的にクッキーを背に庇い、シリウスへと向き直った。


「い、いえッ!なんでもないです!その、あの…。しっ、失敗しちゃったヤツが混ざっていただけですから!」


シリウスに見つかってしまう前に、こっそり自室へクッキーを転移させようと魔力を練る。

しかし、術が完成するよりも早く何かを察したシリウスがアリシアの手首を掴んだ。


「…っ、あ!」

「――これ、クッキー……?」


掴んだアリシアの掌からそっと持ち上げたシリウスは、まじまじとソレを見てポツリと問いかけた。

対してアリシアは分かってこそもらえたものの疑問形で会ったことが恥ずかしくてたまらない。ボンッと音が鳴るような勢いで顔を真っ赤にして、俯いた。


「…アリシア?」

「ぅ、あの…それ、えっと……違くて…その…」


要領を得ない言葉ばかりが自然と口から零れ落ちていく。

シリウスの視線から逃げる様につま先を眺めて、言い訳を探していた。


「―アリシアが作ったの?」

「ふぇ⁉いや、ちが…っ!いや、違くないんですけど…そのッ!」


どうにかこの状況を打破しようと反射的に顔を上げたアリシアは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるシリウスが目に入った。

あまり見たことのないその笑みに、アリシアは頬が引きつるのを感じる。


「ぇ…あの、シル…?」


どうにも嫌な予感がぬぐえない。

なにかとてつもなく嫌なことがおきるような気がしてならない。


そう思って警戒しながらシリウスに話しかけるアリシアを、シリウスは無視してクッキーを見つめた。

そして―。


ぱくっ


ただ茫然と見つめているアリシアをスルーしながら、シリウスはじゃりじゃりと何故か不思議な音を立てるクッキーを咀嚼し、嚥下する。


「え…?」


どうしても現実が呑み込めないアリシアは、もう空になったシリウスの右手と口元を交互に見つめる。

頭では状況が把握出来ているのに、まるで小説を読んでいるように他人事に思えてならない。


「ん。美味しいよ」

「なっ、なっ…なぁ……っ!」


ケロリとそんなことを言うシリウスに、漸く理解が追い付く。


そんなものが美味しいわけない、とか。そもそも食べて平気なのか、とか。

色々言いたいことはあるけれど、何よりも真っ先に叫んでいた。


「だ、ダメです!シル!ぺっしてください!そんなの食べちゃ…っ!」


真っ赤な顔から一転、真っ青になった顔を必死の形相へと変え、アリシアはシリウスの肩を掴む。

もう手遅れだ、なんて分かっていても分かりたくない。


「アリシア」


混乱に混乱を極めた頭に、シリウスが幼児を諭すような声音で静かに呼びかけた。


「…っ、シル」


どうしよう、と意志とは関係なく揺らんでいく視界の中で、ルビーの瞳を眺める。瞬きをしたら落ちてしまうのではないかと思うほど涙を瞳一杯にためたアリシアに、シリウスは一つ微笑んで言う。


「ありがとう」


いつもそばにいてくれて。沢山のものをくれて。喜びを教えてくれて。

直ぐに事件を起こすし、大変なことはたくさんあるけれど、それでも一緒に居られて幸せだ、と。シリウスは一つ一つしみこませるように、アリシアへ告げる。


今度は別の意味で潤んでしまった瞳を、ブラウスの袖でグッと拭って、アリシアも震える声を絞り出した。


「……っ、ぅ。わ、私こそ…いつも、ありがとうございます」


まだ冬の香りが残る風が、赤く染まった庭園を駆け抜けた。

この寂しさが解けた先に、物語の始まりがあるのだと直感的に感じる。


グズグズと涙の止まらない瞳を必死に止めようと拭うアリシアの頭に、ポンと手を置いたシリウスはまるで愛おしいものを見る様に瞳を細めた。


アリシアがなんとか落ち着いた頃に、ティアラの明るい声が響く。


「アリィー!シリウス様ー!」


どうやらもうみんなが家に帰るらしい。

そう言えば茶葉を渡すのを忘れていた、とハッと現実に戻ってきたアリシアにシリウスが手を差し伸べる。


「ほら、行こう?アリシア」


紅から紺へと移り行く空に浮かぶ一番星のような星宝は本当に幻想的で。

小説の王子様のような仕草に胸を打たれながら、アリシアは微笑んで手を取った。


「はいっ!」





誠にっ!すみませんでしたーーーー!!<(_ _)>

人生初?のスランプに陥ってしまったため、どうしても上手く書けず…。

バレンタインなのに三月に跨ぐという最低な行為をしてしまいました…。

もう今はひな祭り一色ですのにね…。(え?それももう終わる??)

クリスマスもですけど、これからは行事小話はもっと早く準備しなきゃダメですね(手遅れ感)


さて、そろそろ本編に戻ることになります。

小話は気が向いたら投稿しようと思うのですが、年明けの抱負にも書きましたので、本編の方を頑張らせていただきます!

これからは最低でも週一、週二を定期にしていこう(願望)と考えていますので、お付き合いの程よろしくお願いします!


また、以前の話を長い間読んでいない方は大幅に変更されているところがあるので、お暇なときにでも振り返っていただくことをお勧めします。



それでは、次話でお会いしましょう。

御閲覧、ありがとうございました。

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