アリシアとバレンタインデー(前編)
時間軸は学院入学前の2月14日です。
・アリシアはまだ前髪を切っていません。
・シリウスは愛称呼びです。
「ばれんたいんでぇ…?」
「そ。バレンタインデー。いつもお世話になっている人や思い人なんかにチョコレートとかのお菓子をあげて、感謝や好意を示すのよ」
「へぇ~…。あぁ、言われてみれば。前世にも似たようなもんがあったような気がするよ」
「ま、昼間に出歩かなかったから詳しくは知らないけどね」と呟いて視線を話の原因であるチョコレートへと移した。
「それで?ティアラ姉様はそのバレンタインデーに参加するの?」
「えぇ。厨房の利用許可も下りたし、セオ兄さまやエドワードにプレゼントしようかと思って」
なるほど。どうりで滅多に来ない厨房にいるわけだ、とちょくちょくつまみ食いに来るアリシアはエプロン姿のティアラを眺めて納得した。
無いに等しいが、執事たるアリシアにも休日がある。
それは勿論、王城がブラックなのではなく、アリシア自身の希望でシリウスの傍にいるのだが。
そんな珍しい休日の早朝。
家だというのに男装をしたアリシアはエドワードから拝借した服を纏いながらティアラに問い掛けた。
「ん。セオ兄さまとエドの分…ってことは……。あれ、私の分は無いの?」
「何言っているの、アリィ。貴方も女の子なんだから、作るのよ」
「へ?何を??」
「お菓子よっ!!」
▽▽
「……何故、こんなことに…」
動きやすい男物の服の上に、ヒラヒラとレースのついたエプロンを纏うというアンバランスな恰好をしたアリシアは、目の前の材料を見て嘆く。
卵すら割ったことのないアリシアは材料を渡されても、どうすればいいのかすら分からない。
(卵の殻って硬いって聞いたことあるけど…。殴ったら割れるのかしら?)
ぼんやり卵を眺めて思案するアリシアに、ティアラは自身のお菓子を作りながら言うた。
「ほら、手が止まっているわ!お昼には渡したいんだから、テキパキと動く!」
「うぅ…はぁい」
こういう時のティアラは本当に強いんだよな…。
遠い目をしたアリシアは黙々とチョコレートクッキー作りへ勤しんだ。
▽▽
「これは……。何?」
約四時間後。
料理本指南の元チョコクッキーを完成させたアリシアは、皿の上に並べられたそれらを見てティアラと頭を抱えていた。
「まさかアリィが料理下手だっただなんて…。貴方、前世で料理しなかったの?」
カチコチの炭のようになったクッキーを突きながら、呆れ顔でティアラはアリシアへ問うた。
「いつも寮かお店についている食堂だったんだよ…。そこそこ大きい娼館だったから、使用人もいたしね」
「―そうなの…。それにしてもどうしましょう。もう直ぐ一時になるわ。約束の時間は三時だから…」
必死に考えるティアラを見て、アリシアはどうにも情けなくなった。
自身の"女子力"なるものがマイナスへとぶっちぎっていることは随分前から分かっていたが…。
それにしても、男の格好をしているし、顔は半分髪で覆われているし、いつもポニーテールで洒落っ気はないしで、もはや目も当てられない。
死ぬ間際にした後悔など全く先に立っていないようだ。
「よし!作り直すわよ!アリィ!」
「え…?」
「あと一時間…。一緒にやるからクッキーを完成させましょう!」
「―えーっと…私は別にもういいよ。ティアラちゃんだけで…」
なぜそこまでアリシアを参加させたがるのかいまいち理解できないアリシアはティアラへ困ったように眉を下げて言う。
そしてティアラは内緒話をするように音量を下げて、申し訳なさ気に呟いた。
「…実はね、アリィに内緒でシリウス様たちを家に呼んじゃったの」
「え⁉」
「だから、作りましょう?きっと大丈夫よ!」
「うぅ…シルが、家に…」
アリシアの手作りを王太子に食べさせるなんて危険が過ぎると思うが、それでも日頃お世話になっているシリウスへプレゼントする、という誘惑に心が揺らいでいた。
どうしようかと必死に頭を回すアリシアは冷蔵室で固められているチョコレートを思い浮かべて、はっとした。
「…っ、そうだッ!いいことを思いついた!!」




