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19・執事様の居場所と物語の始まり

★大幅に変更いたしました(2021/3/ 1)


「アリィっ!」


義妹の言葉に感動したティアラが、彼女の血がつくことも厭わずに強く抱きしめる。冷え切った身体が少女の温もりで包まれるのと同時に、汗に混ざった花の香りがふわりとアリシアの鼻をくすぐった。


息苦しささえ感じる程強く抱きしめてくるティアラの肩越しに、二人を笑顔で見つめる幾つかの宝石に気が付いた。

アリシアがはっと息をのむのと同時に、赤眼を細めたシリウスがゆったりと口を開いた。


「うん。約束しよう、アリシア。僕たちはずっと一緒だ」

「…っ。は、い……っ」


不思議なくらいスッと軽くなる胸に、別の涙が溢れてくる。

嬉しそうに抱きついているティアラのせいで涙を拭うことはできないが、それでも今までで一番満たされた時間のように感じた。

だから、アリシアは今しかないと思った。


「……みんな、心配かけて、ごめんなさい」


覚悟を決める様に一層強くティアラを抱きしめ返して、アリシアはみんなに届くようにしっかりと口を開いた。不安に揺れながらも、その声はよく透き通って響く。


「一日のうちに二回も迎えにきてもらうなんて、従者失格だし、みんなも危険な目に合わせちゃって……」


要領の得ない言葉が、ただポツリポツリと口からこぼれては落ちて行く。

みんながしっかりと聞いて、受け止めてくれようとしているからこそ緊張して、どんどん空回りしてしまう。


「二度としない…なんて約束は出来ないし、まだみんなに言わなきゃいけないこと沢山、あるんだけど……」


(私が、一番伝えたいこと……言わなきゃ…っ)


段々下がってしまった視線を強制的に上に、彼らへと向けて、アリシアは涙の滲むサファイアで不格好な笑顔をつくった。


「…来てくれて、ありがとう。う、嬉しかった……っ」


勝手に出てきて暴走して、迷惑極まりない従者だけれど、それで素直に嬉しいと思ってしまった。

あの時壁を壊して助けに来てくれたシリウスが、アリシアには本物のヒーローのように見えたのだ。ゲームの世界だから、と軽い気持ちで従者を目指した彼女だったが、今はもう自分の意志で彼らの側にいたいと願ってしまう。


(もうとっくに、絆されてたみたい……)


本当はずっと分かっていたのにな、って心の中で苦笑すれば、こちらを見たまま固まっている友人たちが目に入った。

その異様な光景にアリシアはシリアスな空気を忘れて、思わずキョトンとサファイアを瞬かせた。


「…ぁ、う……ぁ……」


言葉になっていない声を真っ赤な顔で溢すエドワードやカイル。


「おぉ!破壊力抜群っスね!」

「うん…美人さん」


何故かアリシアに感心しているオリバーと保護者ズ。


「………あ、うん。なるほど、これは危険かも」

「うん。あの顔はアウトかな」


何かを危惧して苦笑しながら思考するシリウスとセオドール。


「……?」


それぞれブツブツと言っているため声は届かず、アリシアはただ首を傾げた。

エドワードとカイルは素直に心配だし、オリバーやレインたちは何に感心しているのか皆目見当もつかない。シリウスやセオドールたちはきっと何か重大なことを考えているのだろう。雰囲気が重そうだ。


そこまで変な発言をしたかと振り返ってみるが、どこにも変な台詞は無かったはずだ。

そこまで考えてアリシアはハッとした。


もしかしたら、エドワードやカイルは急にお礼を言われて照れているのかもしれない。オリバーや保護者達はお礼を言えたことに対して褒めていて…、シリウスやセオドールは謝ってほしかったのだろうか。

そう考えるとどうにも上手く説明がいく。


これからはもっと気を付けてから発言をしよう、とまだ各々ブツブツ言っているのを眺めながら、そう決意した。


それと同時に、何故かずっと鼻を抑えて自分の世界に入っていたティアラが周りの様子を眺めて何か気が付いたように眉を下げた。


「アリィ?そんな顔して笑っちゃメよ?」

「え?どうかしたの」


困ったように注意するティアラにアリシアは再び意味が分からなくなってしまった。


「うーーーん……?…もしかしたら、知らない方がいいかもしれないわね」

「はぁ…」


(顔…?そんなに変な顔したかな…?)


そもそも顔など半分しか見えないのだから大丈夫だろう、と頭の中で一人納得する。だって彼らの奇行は全てアリシアの発言のせいなのだろうから。


「…うん。とりあえず」


ようやっと精神的ダメージから復活したらしいシリウスが、切り替えるように顔を上げ微笑んだ。

ティアラから視線を上げて前を向けば、シリウスだけでなく全員が復活して微笑んでいる。


未だ展開についていけていないアリシアは、パチパチと瞳を瞬かせて続くシリウスの言葉を待つ。


「帰ろうか」

「ーーーー!」


シリウスの言葉を聞いた途端、アリシアは身体に電流が流れたかのような錯覚に陥った。ビリビリして動かない。けれどジワジワと胸が熱を帯びていく。


(かえ、る……帰る……うん、そうだね…)


視線の先には星宝を輝かせて手を差し伸べる仲間たち。


(そっか、ここが、ここが私の居場所なんだ―)


「はいっ、帰り、ましょうっ!」


いつか、私と彼らを隔てる(ひみつ)がなくなることを願って。

アリシアは彼らの手を取った。






▽▽▽▽▽






長閑な春の日差しが、昨日から入寮した小綺麗な部屋へ降り注ぐ。

サクラという東方の名花である桃色の花が、夜半過ぎまで勉強していた教科書に乗っかった。


「…っ、ぅ……う、ん…?」


少女の長く伸びた赤髪を悪戯に風が攫って行く。

ティアラの誘拐事件から五年の月日が経った今では、アリシアはもう立派な少女になっていた。


無防備に眠る姿からは前世の影響からか僅かな色気が感じられ、普段はさらしで押さえられている胸元には豊満な双丘が型作られていた。

令嬢らしく伸びた赤髪は腰まであり、シリウス達には劣るものの伸びた身長はつい先日百五十を超えた。


更には、見目だけでなく魔術も大分発達したのだ。

この五年間、シリウスの公務で海外へ行けば海賊と遭遇し、休日に冒険者の活動を始めれば黒龍に遭遇していたアリシアは二つの属性を変化させることに成功した。そらに魔力量も中の上から上の中へと増加し、星宝魔法の使用回数も大幅に増えた。


つまり、アリシアは急激な成長を迎えたのだ。


「うぅー…。あ、さ……?」


未だボーっとする頭を何とか動かしながら、アリシアは目の前に置かれている時計を眺めた。


「えぇぇえええええええええええーーーーー⁉⁉‼」


時計が差しているのは七時二十分。

今日は魔術学校の入学式当日であり、式は八時開始である。


「やっ、ヤバッ!急がなきゃ!」


入学初日から遅刻なんて笑えない、とアリシアは青くなって机から立ち上がる。その勢いで木製の椅子が倒れたことを気にもせず、男子用の制服を身に纏っていく。


可能な限り早く服を着替え、鏡の前に立つ。

そしてアリシアは二つのサファイアを大きく見開いた。


「えぇえええええーーーー⁉なんで!?」


そう、鏡に映ったのは蒼の双眼。

いつも片方を隠しているアリシアにとってその光景は異様でしかなかった。

魔力量が増えたことによりレイデスの加護を全面的に受けられるようになったアリシアは、通常ダイアモンドの瞳をサファイアに変えて生活するようになった。

そして、ならばもう前髪はいらないだろうと…


「あ、そっか。昨日の夜、切ったんだっけ?」


ついに転生して八年間、ともに生活していた前髪に別れを告げることにしたのだった。

正直に言って、今の自身には何かが足りないような違和感しか感じない。


客観的に見ても美しい容姿をしていることは重々承知しているのだが、アリシアはどうにも自身の容姿を褒めようとは思えなかった。

ゲームの中のアリシアは丸々太ってしまっていてとても見れたものではなかったが、アリシアはどこか…そう、歩く卑猥物の様な印象を受けてしまう。

少し吊り上がった青眼も、小ぶりな鼻も、紅い唇も、どのパーツも整っていて美しいのだが、ティアラのような愛らしさはない。

この世界に来て男性としてふるまうことも多かったため、女性の仕草をするときにどうしても前世の影響を受けてしまうせいか、どうにも昼間に見てはいけないような気がしてしまうのだ。

初心な男子ならば顔を真っ赤に染めて視線を外してしまうだろう。


やはり前髪が恋しい。

今更、誰かに素顔を見せるのは恥ずかしくて仕方ない。


中途半端に制服を着たアリシアは鏡の前で自身と睨めっこして、ふと魔術式を展開した。


「〈幻影擬態(イリュージョン)〉」


〈闇〉魔術の属性変化―〈擬態〉魔術を使って、アリシアは再び鏡を見る。

そこには先のような妖艶な少女ではなく、以前と同じような顔の半分を赤髪で隠したエドワード似な短髪の少年がいた。


「よし、これでオッケーっと」


自身の魔術の腕に満足して、アリシアは再び登校の準備を始める。

何があってもずれないようにと何重にもしたさらしを巻き、シャツを着ていく。最期に制服の上からセーターを着れば完成だ。

針が四十を指すのを一瞥して、枕にしていたワークを適当にバッグへと突っ込んでいく。

バッグをちゃんと閉めることもないまま、もう一度だけ姿見でおかしなところがないか確認して、部屋の扉を開けた。

シリウスと共有の居間であるソファーやテーブル、チェス盤などが置かれている場所を横切り、奥にある執務室へと続く扉を開ける。


「おっ、遅れましたー!!」

「おはよう、忘れ物は無い?」


出会ってから早五年。魔術学院に入学する年―十五歳となったシリウスが、他の側近二人と共に準備完了の状態で執務室のソファで紅茶を飲んでいた。

あと二年もすればゲームが始まるからか、彼の容姿はもうゲームの彼そっくりに整っており、保護者的な感情か最近は胸が切なくなることが増えた気がする。


「おはようございます、シル。今日は入学式とオリエンテーションだけなので、大丈夫だと思いますよ」


適当にバッグに放り込んできてしまった数学の教科書の存在を頭の隅に追いやりながら、アリシアはキリッと答える。


それは良かった、と世話の焼ける従者に微笑みながら、シルことシリウスは立ち上がった。

本来ならば公爵令嬢と王太子として、婚約者でもない二人が愛称で呼び合うなどありえないこと…さらに言えば、従者と主という関係ならば前代未聞の行為である…なのだが、二年ほど前にお忍びで城下の町へいったとき以来、その呼び方が定着してしまっている。勿論、プライベートな時のみだが。


「それじゃあ、アリシアも来たし、そろそろ行こうか」

「そうだな…。シルは入学生代表だし、ちょっと時間がまずいかもしれない」

「あっ、そうだよね!急がないと」


シリウスのことを"シル"と呼んでいるのは、アリシアだけでなく、カイル、オリバーもだ。更に言えば、アリシアとカイル、オリバーはため口で話せるほどの仲にもなっている。また、カイルのことは"イル"、オリバーのことは"ノル"と愛称で呼んでいる。


そして、ゲームの容姿に似てきているのはシリウスだけでなく、他の二人も同じだった。

今まではアリシアとあまり身長差がなかったカイルは、グンと背が伸び、元のインテリな雰囲気も相まって、大人のような落ち着いた印象を受ける。

対してオリバーは、やんちゃで明るいのイメージはそのまま、鍛錬や日々の稽古のお陰でしっかりした筋肉も付き、大人の騎士顔負けの実力を誇っていた。


「それじゃあ、いざ!夢の魔術学校生活、始まりっスよ~!」


手早くお茶を片付けたオリバーがニッと笑いながら場を盛り上げる。


「おー!」


いつものことながら、アリシアがオリバーに便乗して笑う。


「そういえば、色々叫び声が聞こえたけど、大丈夫っスか?」

「あぁ…。あれは…」

「どうせ苦手な数学でもやっていて、寝坊したんだろ?」

「えっ⁉なんでイル分かったの」

「そんぐらい簡単にわかるだろ」

「そうだね、アリシアの行動って基本的にわかりやすいから」

「えぇ⁉」


ガーン、と音がしそうな程青くなるアリシアに、カイルとオリバー、シリウスが面白そうに笑う。

本来、こんなことはありえないはずだった。


何故なら、アリシアはシリウスのニつ下―現在十三歳である。

さらに言えば、魔術学校の普通入学基準年齢は十五歳。

そう、アリシアは特待生として〈シリウス付き執事・()()()〉の名のもと入学を果たしたのだ。


(勉強…頑張らないとなぁ……)


地獄のような特待生枠入試を思い出して遠い目をするアリシアに、唯一、彼女を見ていたシリウスだけが気が付き微笑を零したのだった。


こうして悪役令嬢アリシア=スピネルは、特待生として執事として、ゲームとは全く異なる形で運命の場へと足を踏み込むのだった。



今話で七歳編は終了となります。

ここまで応援してくださった皆様、誠にありがとうございました。


次回からは『魔術学校編』!

十三歳になったアリシアの受難はまだまだ続きますよ!

(その前に何話か小話を挟みます)

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