12・執事様と裏首領
「…って訳で~辺境伯の方は私のこと勘付き始めているみたいだから、上手いことやっておいてね♪」
良い香りのするお茶を一口含みながら、アリシアは向かいに座る男―ディアンにそう告げた。
「はぁ……。お前なぁ…俺ら〝裏組〟を便利屋かなんかと勘違いしちゃいねェか…?」
厳つい顔つきに盛り上がった筋肉、服の間から見え隠れするのは多くの戦の後傷。…アリシアと言葉を交わしている彼は、数えきれないほどの死線を潜り抜けてきたローズィリス王国の元〈英雄〉にして、現裏の支配者の首領―その人だ。
「あっはは~まさか~!便利屋だったら真正面から斬り掛かったりしないよ~。あ…お茶お代わり」
「ヘイヘイ…ってちげーよ、シア‼お前、契約は全部守ってもらうからな?」
二人の出会いは、ベルモルト辺境伯の悪事が隣国まで響いてしまっていることを知ったアリシアがこの〝裏屋敷〟こと裏組の城へ単騎突入してきたことから始まる。
魔術も〈星宝〉も一切使うことなく、アリシアは剣技と体術だけで百はいる裏城の重鎮たちを沈めていったのだ。そして、その力を見たディアンが『辺境伯の悪事について手伝う代わりに、国家転覆を狙う阿呆どもの証拠集めに一役買ってくれ』と契約を依頼。そして少女はそれを受理し…今に至るわけである。
「だいじょーぶだよ。コッチの証拠集めも粗方終わっているし。全部予定どおり」
まぁ、侯爵家まで関わっているのは予想外だったけど。と注がれたお茶を啜りながら赤髪の少女は言った。
「……はぁぁああ……心底食えねぇ奴だな、シアは」
「ははは、大国の首領に言われると私も鼻が高いってもんだね」
にっと悪戯っ子のように笑うアリシアに、ディアンは苦笑を零す。
「…なあ、やっぱりウチの国来ねェか?」
「行かないよ。私は主と萌えのためにしか動かないから」
「はぁ……お前がいればこの国も安泰になるってのに…惜しいなぁ……」
もうお決まりとなった会話をしながら、ディアンは恨めしそうにアリシアを眺めた。対して、目の前の美丈夫に目もくれないアリシアは、涼しい顔でローズィリス特産の紅茶を味わっている。
「うーん…私は主しか興味ないからなぁ~?だってさ~。主って、顔だけじゃなくて性格もソコソコ良いんだよ~?この前なんてね…」
シリウスの話になると始める〝最推し語り〟の気配を感じ、ディアンは被せる様にしてツッコむ。
「あんだけ俺に語っといて性格はソコソコかよッ‼そこは世界一☆とかいうところじゃねーのかッ⁉あと、今はそんな話してねーよ⁉」
「え?だって、あんなに爽やかな顔して真っ黒黒なんだよ?この前もケーキを十三個食べただけで‥」
「だからちげーっつーの!あと、十三個は普通に食いすぎだ‼」
心底疲れたようにゲッソリとしながら、ディアンは続ける。
「ま、王城に乗り込むとき同行してくれるんなら、今回は諦めるけどよ…」
「今回じゃなくて、これから先も諦めるべきだね。隣国から公爵令嬢を誘拐するなんて戦争案件だよ?」
視線はずっと机に並べられたサンドウィッチへ注ぎながら、頭半分でアリシアは応じた。
「…………は?公爵?ってか、公爵令嬢…?お前、子息だろ?」
「あり?言ってなかったっけ?私〈女〉だって」
彼女の発言に呆れと困惑を露にしながら、ディアンはアリシアに問いかける。
…対してアリシアは、沢山の中から選び取ったベーコンレタスサンドを銜え、パチクリと瞳を瞬かせた。
「はぁぁああああ⁉⁉⁉」
数秒の間を空けて、ディアンの絶叫が応接間に響いた。
「えー?ずっと一人称〝私〟だったじゃん!しかも一か月以上の付き合いだよ~?普通気付くよねー?」
「気づけねェよッ!お前、顔の半分覆っているし、いつもその黒装束だし。ちっせーから体もちゃんと出来ていねーし」
「うーん…?そう言われると気付きにくいかも?―って!そうだった!例の物の回収は済んでいる?アッチの計画実行日、四日後なんだけど…」
未だショックを受けているディアンを放ってアリシアは一人、今日の本題へ入る。
「…ぁ、あぁ…ちゃんと〈悪魔の薬〉の回収は済んだぜ。…ほれ、証拠だ」
「おー!おけおけ~!じゃ、これは貰っていくね~!」
少しずつ立ち直ってきたディアンから書類を受け取り、アリシアは紅茶を飲み干し立ち上がる。
「明日も早いし、今日はもう帰るよ~。じゃあ、コッチは予定通り一週間後に王城で」
「あぁ…一気に型を付けよう」
「ん!じゃあ、また。今日もお世話になったね♪ばいばーい!」
開け放った窓に身を乗り出して、三階の窓から赤髪の客人が部屋から消える。カーテンがはためいたその一瞬に、少女はまるで夢か幻のように帰っていった。
―本当、嵐のようなヤツだ。
急に静かになった部屋に物寂しさを感じながら、胸の奥の熱情を逃がすように息を吐く。
「…はぁ……まさかアイツ…女だったとは……」
二十一にもなって胸が高鳴るのは可笑しいと分かっている…分かっているからこそ……
「―今日はもう、寝るか…」
この気持ちには蓋をして。
俺たちはただの仕事仲間。それも一週間後の掃除で全部終わるような、脆い関係。
―いや、それでも…そうだとしても……
「………やっぱ…もうちょい証拠、集めとくかねェ…」
…それでも良い、と思う自分に苦笑しながらディアンは朧な月を見上げた。




