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9・執事様の出会いと王宮のお茶会


「~~♪~~~♪」


一人の少年が、鼻歌を歌いながら綺麗にセッティングされたお茶会の会場を縫い歩いていく。

初夏ーこの時期になると至るところで茶会や夜会が開かれ始める。

そんな中で、お茶を飲むより剣を振り回し、刺繍をするより乗馬を習ってきた一人の公爵令嬢が茶会の準備を手伝いながらニヤリと微笑んだ。


(今年は合法的に茶会を休める!ううん、もしかしたらこの先ずっと裏で過ごせるかもしれないわ!)


「ふふふ~」


どうにも緩んでしまう頬を叱咤しながら、少女は麗しの令嬢が集まる一刻後に想いを馳せた……。


**


「きゃぁ~!シリウス王太子殿下だわ~!」

「カイル様にオリバー様もいらっしゃるわ!!」

「まぁ!なんて素敵なんでしょう!お帰りになったのね!」


茶会が始まって少し経った頃。

にこやかに会話をしていた御令嬢たちが、一斉に城の方向へと視線を向けた。そして美少年三人組ーこと、シリウス、カイル、オリバーを目にした瞬間、愛らしい乙女たちの目つきが変わる。


(ほへぇ~話には聞くけど、ここまでとは~)


肉食獣になった令嬢の姿はそれはそれは滑稽なものがある。まだ二桁にも満たない幼子だと言うのに、その身に宿す黒い感情は親と同じく健在だ。


「これは……主たちご愁傷様だな」


手にグラスが並んだ盆を持ちながら、ポツリとアリシアは呟いた。

しかし、アリシアとて他人事ではない。

片目を前髪で覆っているミステリアスな雰囲気と、顔半分だけでもわかる美しい顔立ち。立ち姿は凛々しく、完璧な執事然とした姿は清潔さと色香を与える。

本来"影"である執事に多くの令嬢令息が目を奪われ思わず、溜息をこぼした。


…しかし、そんなことを全く知らないアリシアはーー


(うをぉぉぉぉおおお!アレって悪役令嬢(私)と敵対する(予定)の侯爵令嬢じゃん!!最終的にアリシアを破滅まで追い込む一人!うっわぁ~生イリアス様だぁ~~っ!)


存在する乙女ゲームのキャラクターに胸をときめかせていた。


(あっ!あの子可愛い!ゲームの登場人物かな?……んん?あんな綺麗な水縹色見たことないぞ?)


…訂正。胸をときめかせていた、というよりナンパする寸前のオジさんのようだ。


「………っ!?!」


水縹の柔らかい髪に真紅の瞳を持った美少女を目で追っている内に、見てはいけない現場を見てしまったらしい。

戸惑った表情の水縹の令嬢が、幾人かの御令嬢たちに囲まれて会場を去っていくのが見えた。


(なぁーーっ!?虐め!?水縹(みずはなだ)ちゃんを集団で取り囲んで人のいない方へ連れて行くだなんてー!)


『こうしてはいられない!』とばかりにアリシアは彼女たちの後を追った。


**


「アンタねぇ!ちょっと見た目がいいからって、いい気になってんじゃないわよ!!」


会場から抜けることが誰にもバレないよう注意しながら、アリシアは連れ去られた水縹ちゃん(アリシア命名)を探していた。


「そうよ!侯爵令嬢だからって偉ぶって…っ!!」

「本当、最低っ!流石は"出涸らし令嬢"ね!妹に全部吸い取られた残り物!!」


その言葉の数々にアリシアは絶句した。

どうしてここまで彼女を傷つけられるのだろう。見ていた限り彼女は何もやっていない。パーティーに来て、普通に挨拶をして…そして今、彼女は無情な言葉に胸を引き裂かれている。


「………っ!」


この状況で、どうして黙っていることが出来ようか。

アリシアは一つの決意を胸に、立ち上がった。


「……これはこれは皆様、お揃いで。会場から麗しの令嬢方がいなくなられたと思ったら、こんな所にいたのですね」


さも偶然出会ってしまったかのように装い、集団の先頭に立っていた厚化粧の令嬢へお辞儀をする。


「お美しい御令嬢。こんな閑散とした場所よりも、あちらのバラ園はいかがです?華やかな貴方様には赤薔薇が似合うと思うのですが…」


ここへ乱入する前に取っておいた赤薔薇を彼女の髪に飾り、手の甲へキスを落とす。ー平常心、平常心。コイツがいくら()()()()()()()()()()を虐めたとしても、このヤロウはお客様。丁重に扱わなくては主に響く…っ!


「……っぁ!たっ!確かに、そそそそそそうですわね!ほ、ほら皆様、あちらへ参りましょう!!」


キスを落とした瞬間真っ赤になった顔を隠すように、その令嬢と取り巻きたちは迅速に去って行った。

そのチョロさにはさすがのアリシアは苦笑をにじませた。


「ふぅ……大丈夫かい?みず…じゃなくて、可愛らしい御令嬢?」

「……っ!」


彼女たちが完全に去ったことを確認してから、蹲って震えていた彼女へ声をかける。


「…ぁ、あの……あ、ありがとう、ございました……」


今にも消え入りそうな細々とした声で、アリシアへの感謝が紡がれる。


「ねぇ、麗しの君。是非私に君の名前を知る権利をくれないかな」


いつか見た乙女ゲームのヒーローのように跪き、その小さく細やかな手を取る。


「……っ!?…あ、あの……私は……!…わ、私の名前は………リーリア、です」

「リーリア嬢…ね。リリィってお呼びしても?」

「……っ!?」


こぼれ落ちんばかりに瞳を見開き、"リリィ"と呼ばれることに驚きを露わにした水縹ちゃん…改めリーリア嬢。

あるぇ?リーリアが名前なら愛称はリリィで決まりだと思ったんだけど……?

私が疑問に思っている間にも、その小さな体に顔を隠すように俯いてリーリア嬢はコクンと小さく頷いた。


「…リリィ嬢。もし良ければ私と、お友達になってはくれませんか?」

「……え……?」

「私は貴方の美しい青の髪や、深淵の如き真紅の瞳に魅せられてしまったのです。…私の我が儘を受け入れてくださるなら、どうか私と友になってください」


精一杯の誠意を伝えるように、彼女の紅の瞳を逸らさず見つめる。

アリシアは態度で伝えた。

疚しいことなんてない。ただ、貴方ともっと過ごしたいだけなんだと。

悪意にずっと触れてきた人は、人一倍悪意に敏感になる。だからこそ、アリシアはただ誠実に向き合った。


「……でも…私は…出涸らし、だから…」

「ううん、貴方は貴方だ。出涸らしなんかじゃないし、出涸らしかどうかなんて誰も分からない。…せめてでも私には、貴方は宝石のように見える」

「………っ、ぅあ…」


先まで零れ落ちる寸前だった大きな滴が、彼女の不自然なほど細っそりした頬を伝って行った。


「…大丈夫。君はよく一人で耐えたよ。私たちはまだ子供なんだ。誰かに助けを求めるのは悪いことなんかじゃない」


ぎゅっと少女の手を握り、アリシアは自分の気持ちを素直に言葉に変えた。それは純粋に彼女を助けたい気持ちだったのか、いつかの贖罪だったのかはアリシア本人にもわからなかった。


「リリィ嬢、貴方は強い人だ」


アリシアはスラムで生き別れになった妹を思い出しながら、その枝の如き肩を優しく包み込んでいた…。



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